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婚約破棄された令嬢ですが、偽聖女の嘘まで聞こえます  作者: 景都 (けいと)


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第93話 ヴァレンシュタイン家の没落

凱旋式から三日後。帝国議会が臨時招集された。


 議題は一つ。ヴァレンシュタイン家およびエーデルシュタイン家に対する最終処分の確定だった。


 リーナは議場の証人席に座っていた。銀髪を簡素にまとめ、イヤーカフの星脈鉄が控えめに光っている。紫の瞳は静かだった。


 議場には帝国の主要貴族が集まっている。三大公爵家——シュヴァルツベルク、ローゼンクロイツ、グリフォンハートの当主が上段に座り、下段に中堅貴族が並ぶ。傍聴席は満席だった。帝国の歴史が動く瞬間を、見届けようとしている。


 ルシアンは傍聴席の最前列にいた。碧眼が議場を見渡している。公的な場なので表情は読めない。


 議長の声が広がった。


「本日の議題。ヴァレンシュタイン公爵家に対する爵位剥奪の最終決議、および関連処分の確定」


 議場が静まった。


 被告席に、ヴァレンシュタイン公爵が座っている。


 六十代の大柄な男。かつては帝国騎士団を統べる軍事の長として威厳を纏っていたが、今はその面影が薄れていた。背は丸まり、顔色は蒼白で、頬の肉が落ちている。裁判の長い日々が、この男から力を削ぎ取った。


 その隣に、ディートリヒの姿はなかった。


 先日の裁判で全ての証拠が提示された後、ディートリヒは帝都の自邸に蟄居を命じられていた。騎士団長の剥奪。爵位継承権の剥奪。かつて帝都で最も華やかな貴公子と呼ばれた男が、自邸の一室から出ることを許されていない。


 リーナは被告席を見つめた。鑑譜眼は使わなかった。もう必要ない。この男の嘘は全て暴き終えている。


* * *


「証人、リーナ・クレスタフェルデに確認を求める」


 議長に促され、リーナが立ち上がった。


「裁判において提示された証拠の総括を。鑑譜眼による検証結果を、改めて議場に報告されたい」


 リーナは一礼した。


「かしこまりました」


 議場に向き直る。数百の視線がリーナに集中した。


「百年前の大崩落。ヴァレンシュタイン家が封印研究の過程で起こした人為的事故です。当時の当主ギルベルト・ヴァレンシュタインが封印の核に干渉し、星脈の暴走を引き起こしました」


 リーナの声は淡々としていた。


「大聖女アリーシアが命を捧げて封印を修復しましたが、ヴァレンシュタイン家はこの事実を隠蔽。自らが封印の管理者として帝国に不可欠な存在であると偽り、百年間にわたって封印の管理権を独占してまいりました」


 議場の空気が重くなった。


「隠蔽のために行われた工作は多岐にわたります。聖女制度の歪曲。エーデルシュタイン家との共謀による偽聖女の擁立。冒険者ギルドへの不正資金提供。封印研究の記録の改竄」


 リーナは一拍、置いた。


「百年の間に積み重ねられた嘘は、わたくしの鑑譜眼で聴き取った限りで——百を超えますわ」


 議場がざわめいた。


「百年分の嘘ですわ。一年に一つとしても、百を超えますの」


 ヴァレンシュタイン公爵が唇を震わせた。何か言おうとしたが、声が出なかった。


 議長が槌を打った。


「静粛に。——証人の報告に対し、被告からの反論はあるか」


 公爵は沈黙した。反論の余地はなかった。裁判で全ての証拠が提示され、公爵自身の核紋の残響からも嘘が暴かれている。弁護の余地は、とうに尽きていた。


* * *


 採決は全会一致だった。


 ヴァレンシュタイン公爵家——爵位剥奪。領地没収。封印管理権の帝国直轄移管。百年にわたり帝国を裏から支配してきた名門の、終焉。


 公爵は椅子から立ち上がれなかった。護衛の兵士に支えられ、議場を退出していく背中を、リーナは見送った。


 廊下を引きずられるように歩く老人の姿。その核紋から微かに漏れる旋律を、リーナの耳は聴いていた。鑑譜眼を使わなくても聴こえた。疲弊と諦念の音。百年分の嘘を背負い続けた一族の、最後の音色だった。


 続いて、エーデルシュタイン家への処分が読み上げられた。


「エーデルシュタイン公爵家。宮廷魔導院の運営権を剥奪。偽聖女工作の首謀者として、当主エーデルシュタイン公爵に十年の蟄居を命ず」


 エーデルシュタイン公爵は被告席で歯を食いしばっていた。隣に座るべき長女フローラの姿はない。裁判の途中で「体調不良」を理由に出廷を拒否し、以来姿を見せていなかった。ディートリヒが失脚した瞬間に離反したのだ。嘘つき同士の結末として、これほど似合う展開もない。


「偽聖女クラリッサ・エーデルシュタインは、聖女の称号を返上。聖光の儀での出力偽装に使用した魔導具『聖光の器』は没収・破壊」


 クラリッサの名が読み上げられた時、議場の空気が変わった。偽聖女。百年間、帝国の守護者として祀り上げられてきた聖女が、偽物だったという事実は、貴族だけでなく帝国全土に衝撃を与えていた。


 リーナは瞳を伏せた。


 クラリッサの旋律を思い出した。裁判の場で鑑譜眼で視た時、彼女の核紋には複雑な不協和音が鳴っていた。偽装への罪悪感。家門への従属。自分が偽物であることへの苦しみ。悪意だけで偽聖女になったわけではない。しかし、嘘は嘘だった。


* * *


 議会が閉会した後、リーナは議場の廊下を歩いていた。


 ルシアンが隣にいる。二人きりになった瞬間、ルシアンの口調が切り替わった。


「終わったな」


「ええ。百年の嘘が、ようやく終わりましたわ」


「お前の功績だ」


「わたくし一人ではないわ。裁判の証拠を集めたのはルシアンの情報網だし、封印を修復したのは三人の力」


「そうだな。だが、嘘を聴いたのはお前だ」


 リーナは廊下の窓から外を見た。帝都の街並みが広がっている。冬の午後の陽光が、石造りの建物を白く照らしていた。


「百年分の嘘を聴いた時、思ったの」


「何をだ」


「嘘は、重なると旋律が変わる。一つの嘘は単音だけれど、百の嘘が重なると——交響曲のように複雑になるのよ。不協和音の交響曲」


 リーナは窓枠に指先を置いた。


「壮大で、複雑で、どこか物悲しかった。嘘をつき続けることに、彼らも疲れていたのかもしれないわね」


「同情か」


「いいえ。ただの所感」


 ルシアンが窓の外を見た。碧眼に帝都の風景が映っている。


「次は何をする」


「さあ。嘘を暴く仕事はまだあちこちに。でもその前に——」


 リーナは歩き出した。


「皇帝陛下からの打診に、お返事をしなければ」


「帝国聖女の称号か」


「ええ」


 ルシアンの足音が後ろからついてくる。


「断るつもりか」


 リーナは振り返らずに微笑んだ。


「わたくしの旋律がどう答えるか——ルシアンにはもうお分かりですわね」


 廊下の窓から差し込む光が、リーナの銀髪を白く照らした。百年の嘘が崩れた帝都に、冬の陽光が静かに降り注いでいた。

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