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婚約破棄された令嬢ですが、偽聖女の嘘まで聞こえます  作者: 景都 (けいと)


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第83話 三本柱の崩壊

裁判の第三日。


 大議場の傍聴席は、立ち見が出るほどだった。入りきれない貴族たちが廊下にまで溢れ、議場の扉が開け放たれている。壁際には帝国騎士団の兵士が並び、万一の混乱に備えていた。


 リーナは証言台に立った。


 三日連続の全力発動。こめかみの痛みは朝から引いていない。鈍い脈打つような圧迫感が、意識の端に張りついている。しかし表情には出さなかった。背筋を伸ばし、金色に変わった瞳で議場を見渡す。


「第三日の陳述を始めますわ」


 リーナの声は、初日と変わらず穏やかだった。


「昨日までの二日間で、ヴァレンシュタイン家の百年の嘘と、エーデルシュタイン家との共謀を明らかにいたしました。本日は、帝国を支配してきた構造そのものを暴きますの」


 傍聴席が静まった。蝋燭の炎が揺れる微かな音だけが議場に漂っている。


「ヴァレンシュタイン派閥は、三つの柱で帝国を支配してきました」


 リーナは三本の指を立てた。


「第一の柱。政治と軍事。ヴァレンシュタイン公爵家。帝国議会と騎士団を掌握し、封印の管理権を独占することで、『我々がいなければ大陸は滅ぶ』と帝国全体を脅しつけてきました」


 一本目の指を折った。


「これは、昨日までの陳述で証明済みですわ」


「第二の柱。宗教と権威。エーデルシュタイン公爵家」


 リーナは公爵の核紋から、さらに深い残響を引き出した。頭の奥で痛みが鋭くなる。しかし鑑譜眼の焦点はぶれない。前世の絶対音感が、精度を支えている。


「聖女制度を操り、偽の聖女を据えることで、封印の宗教的正当性を独占しました。現聖女クラリッサ・エーデルシュタインは、エーデルシュタイン家が開発した魔導具『聖光の器』により、聖光の儀の出力を偽装して就任しています」


 傍聴席から声が上がった。クラリッサの偽装については先の議会で証言済みだが、裁判の場で残響証拠とともに正式に告発されるのは初めてだった。宮廷魔導院の席に座る幹部たちが、互いの顔色を窺っている。


「なぜ偽装が必要だったのか。答えは単純ですわ。本物の聖女、すなわち星属性の持ち主が封印に触れれば、大崩落の真実が露呈するからですの。ヴァレンシュタイン家は、管理可能な偽聖女を必要とした。エーデルシュタイン家は、その需要に応じた」


 リーナの金色の瞳が公爵を射抜いた。


「この共謀の残響は、あなたの核紋に六つの不協和音として刻まれていますわ。密約の旋律。偽装の旋律。隠蔽の旋律。口止めの旋律。資金の旋律。そして、星属性の持ち主を社会から排除するための旋律」


 六つの不協和音を一つずつ数え上げるたびに、議場の空気が重くなっていった。傍聴席の貴族たちが身じろぎもせず聴き入っている。


 二本目の指を折った。


「そして第三の柱」


 大議場の空気が張り詰めた。


「外交と利権。グリフォンハート公爵家」


 傍聴席から息を呑む音が聴こえた。グリフォンハート家。冒険者ギルドとの交渉窓口を担い、連合王国との外交を司る名門。ここまでの裁判では名前すら出ていなかった家門が、三本目の柱として名指しされた。


「ヴァレンシュタイン家は、グリフォンハート家を通じて冒険者ギルドに資金を流し、ダンジョン利権を間接的に支配していました。グリフォンハート家がギルド本部への資金提供者であることは公知の事実です。しかし、その資金の一部がヴァレンシュタイン家から出ていたことは、今日まで隠されてきましたの」


 リーナは公爵の核紋をさらに深く視た。頭の奥で痛みが脈打つ。三日間の蓄積が限界に近い。しかし、あと少し。


「この資金提供の目的は三つ。ギルドの幹部人事に影響力を持つこと。ダンジョンから産出される魔導素材の流通を制御すること。そして、冒険者ギルドという帝国と連合の双方にまたがる組織を、派閥の外交チャネルとして利用すること」


 公爵の弁護団が立ち上がりかけたが、公爵自身が手で制した。


「もういい」


 その声は、初日の堂々とした声とは別人だった。掠れ、低く、何かが折れた音がした。


「グリフォンハートへの資金は」


「ヴァレンシュタイン公爵」


 リーナが遮った。穏やかに、しかし揺るぎなく。


「弁明なさいますの? 構いませんわ。ただし、あなたがこれから仰ることの全てを、わたくしの鑑譜眼は聴いていますわ。嘘を重ねるおつもりなら、不協和音の数が増えるだけですの」


 公爵の口が開き、閉じた。


 開き、また閉じた。


 沈黙が落ちた。


 大議場の二百名を超える傍聴人が、ヴァレンシュタイン公爵の沈黙を見つめていた。蝋燭の炎が揺れる音だけが、天井の高い議場に響いている。


 公爵は、何も言わなかった。


 灰色の瞳から、光が消えていた。五大公爵家の当主としての威厳が、口を開くたびに削れていくことを、彼自身が理解したのだった。嘘をつけば鑑譜眼に暴かれる。真実を語れば自らの罪を認めることになる。どちらに転んでも、もう逃げ場はなかった。


「三本柱が折れましたわ」


 リーナは三本の指を全て折り、拳を握った。


「ヴァレンシュタイン、エーデルシュタイン、グリフォンハート。百年間、帝国を支配してきた嘘の構造は、本日をもって、全て明らかになりました」


 大議場が、ざわめいた。しかし今度のざわめきは驚きではなかった。


 安堵だった。


 百年の嘘に縛られてきた帝国が、ようやくその重荷を下ろそうとしている。その空気が、議場を満たしていた。傍聴席の老侯爵が目頭を押さえ、若い騎士が隣の同僚と頷き合っている。百年間「仕方がない」と呑み込んできたものが、ようやく吐き出せる。そんな空気だった。


「明日、最終日の決議を求めますわ」


 リーナは鑑譜眼を解除した。瞳が紫に戻る。こめかみの痛みが激しく脈打っていたが、背筋は真っ直ぐだった。


 証言台を離れる時、ルシアンの碧眼と目が合った。傍聴席の最前列。公的な場にふさわしい無表情。しかしその碧眼の奥に、リーナだけが読み取れる光があった。


 リーナは小さく頷いた。ルシアンも、ほんの僅かに顎を引いた。言葉のない会話。二人の間で、それだけで通じた。


 あと一日。


 リーナは議場を出ながら、そう思った。封印管理権がヴァレンシュタイン家から離れれば、遠征隊は妨害なく聖域山脈に向かえる。


 廊下に出ると、冬の空気が頬を冷やした。議場の中は人の熱気で暖かかったが、石造りの廊下は冷えている。窓から差し込む午後の日差しが、埃の粒子を照らしていた。


 しかし、こめかみの痛みが警告している。三日間の全力発動の代償は、決して軽くはない。聖域山脈に着いた時、鑑譜眼がまともに使えなければ、封印の修復はできない。裁判で力を使い切るわけにはいかなかった。


「明日で終わらせますわ」


 リーナは呟いた。誰にともなく。


 歩きながら、左手で右手を押さえた。指先が、まだ微かに震えていた。

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