表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された令嬢ですが、偽聖女の嘘まで聞こえます  作者: 景都 (けいと)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/97

第78話 合流への道

遠征計画の最終策定は、シュヴァルツベルク家の帝都別邸で行われた。


 大きなテーブルの上に、ファルヴェスティア大陸の地図が広げられている。聖域山脈の稜線が中央を横断し、三箇所の封印地点が赤い印で示されていた。帝都の地下。辺境のグリュンハイム。そして、聖域山脈の中心——三つの封印が交差する核心部。


 リーナは地図の前に立ち、鑑譜眼の観測結果を書き込んだ羊皮紙を広げた。


「現在の劣化速度から逆算すると、核心部に到達するまでの猶予は三週間ですわ。それ以上かかれば、三箇所の封印が連鎖崩壊を起こします」


 ルシアンが地図の上のルートを指で辿った。


「帝都から聖域山脈まで、馬車で10日。山岳部は徒歩になる。天候次第では——」


「十二日で到達する必要がありますわ」


「厳しいな」


「厳しいですの。だからこそ、効率的に動かなければなりません」


 リーナは地図の東端を指した。迷宮都市カスカーラの位置。


「カイトとミーリアへの依頼書は、ルシアン様の闇属性のネットワークで送りました。返答はまだですけれど——」


「あの二人が来るとは限らない」


 ルシアンが碧眼でリーナを見た。冷静な声。公的な場での口調。


「辺境の聖女は、フィオーレ王国の庇護下にある。帝国の遠征に加わる義理はない。迷宮都市の冒険者に至っては、帝国どころか国家に属さない存在だ」


「来ますわ」


 リーナは断言した。


 ルシアンが片眉を上げた。


「根拠は」


「鑑譜眼ですの」


 リーナは微笑んだ。紫の瞳が、一瞬だけ淡い金色に光った。


「ミーリアの旋律を、わたくしは二度聴いています。グリュンハイムでお会いした時と、星脈の祭壇で共鳴した時。あの方の核紋には、『守りたい』という旋律が深く刻まれていますわ。大陸の封印が崩壊すると聞いて、動かないような方ではありませんの」


「もう一人は」


「カイトの旋律は——」


 リーナは少し間を置いた。カスカーラの酒場で感じた、あの異質な核紋の記憶が蘇る。


「空のようで、空ではない。複雑な旋律でしたわ。けれど、あの方の奥にある義理堅さは本物でした。嘘は聴こえませんでした」


「鑑譜眼で人を信じるのか」


「嘘が聴こえなかったことを信じるのですわ。それはわたくしにとって、何よりも確かな根拠ですの」


 ルシアンが沈黙した。数秒。そして肩の力を抜いた。


「分かった。お前がそう言うなら、来ると仮定して計画を組む」


「ありがとうございますわ」


* * *


 午後。遠征隊の編成を進めていると、護衛の一人が書簡を持って入室した。


「ルシアン様。グリュンハイムの工房から、至急の返書です」


 ルシアンが封を切った。一読し、テーブルの上にリーナの前に滑らせた。


 リーナが読む。


 丁寧な筆跡。少し震えのある、柔らかい文字。


『リーナ様。お手紙、確かに拝受いたしました。封印劣化の件、深刻に受け止めております。フィオーレ王国の許可は、ユーリウス卿が取り計らってくださいました。聖域山脈の合流地点にて、お会いできますことを楽しみにしております。——ミーリア・ローゼンクロイツ』


 リーナの唇が綻んだ。


「ほら。来るでしょうと申し上げましたわ」


「一人はな」


「もう一人も来ますわ」


 リーナは断言した。ルシアンが呆れたように首を振った。


「お前の確信の根拠が鑑譜眼だと言われると、反論しにくい」


「そういう能力ですの。嘘を暴くだけではなく、真実を信じるための眼でもありますわ」


 リーナは紫の瞳でルシアンを見た。


「ルシアン様の旋律にも嘘がないと、わたくしは知っていますわ。だからこうしてお隣にいるのですもの」


 ルシアンの碧眼が一瞬だけ揺れた。視線を地図に落とす。


「……話を戻すぞ」


「はい。戻しましょう」


 リーナは地図に視線を戻した。


「ルシアン様。合流地点は聖域山脈の南麓がよろしいかと。ミーリアはフィオーレ王国から北上し、カイトはカスカーラから西進する。わたくしたちは帝都から南下。三方向からの合流ですわ」


「迷宮都市の冒険者にも、護衛はいるのか」


「カイトは一人で十分ですわ。あの方の核紋は——特殊ですもの」


 リーナはカスカーラの酒場での記憶を辿った。灰色の瞳の少年。空の核紋に、何かを喰らった痕跡。あの異質な旋律は、他の誰とも似ていなかった。


「ルシアン様。カイトの返事がまだ来ていないのが少し気になりますわ」


「あの手の人間は、返事を寄越さずに突然現れる。心配するな」


「心配ではございませんの。ただ、段取りを整えたいだけですの」


「段取りが好きだな」


「段取りが好きなのではなく、段取りがなければ嘘が紛れ込む隙が生まれるのです。わたくし、嘘は嫌いですの」


 ルシアンが地図の合流地点に印をつけた。聖域山脈の南麓、古い街道の分岐点。


「護衛8名。物資は20日分。封印観測器具一式。星脈鉄の予備素材。——揃ったか」


「もう一つ」


 リーナは左耳のイヤーカフに触れた。星脈鉄の銀白色が指先に冷たい。


「わたくしの鑑譜眼の補助具の調整が必要ですわ。聖域山脈は星脈の密度が桁違いに高い。今の設定のままでは、旋律の洪水に飲まれかねません」


「鍛冶師を手配する」


「明日中にお願いいたしますわ。出発まであと三日。調整に二日は必要ですの」


 リーナは地図の中央——聖域山脈の最高峰を見つめた。


 百年前、大聖女アリーシアがあの場所で命を捧げた。三つの封印を一人で施し、そのまま帰らなかった。


 今度は、三人で行く。


「リーナ」


 ルシアンの声が変わっていた。使用人が退室し、二人きりになったことを、リーナは気配で悟った。


「お前は、本当にあの山に行くのか」


「何を今更ですの」


「封印の核心部は、人が踏み入れた記録がない。大聖女は帰ってこなかった。危険の度合いが、今までとは違う」


「知っていますわ」


 リーナはルシアンの碧眼を見つめた。鑑譜眼は使わなかった。使わなくても、彼の声の奥にある旋律は聴こえていた。


「わたくしが行かなければ、封印の旋律を読める者はいませんわ。三人が揃わなければ、修復は不可能。誰かが欠ければ、大陸が終わる」


「俺がいる」


「ルシアン様が一緒ですもの。何も心配しておりませんの」


 リーナは微笑んだ。意図的に軽い口調で。


 ルシアンは何も言わなかった。ただ、碧眼がリーナの顔から離れなかった。


 窓の外で、夕暮れが帝都を染め始めていた。聖域山脈の稜線が茜色に浮かび上がり、頂が最後の陽光を受けて白く輝いている。


 三日後、あの山に向かう。大聖女が命を捧げた場所へ。


 リーナのイヤーカフが、また振動した。封印の旋律が、一音ずつ崩れていく音が聴こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ