第63話 議会の証言
帝国議会の大議場は、三日前よりもさらに人で溢れていた。
傍聴席の最上段まで埋まっている。帝都の報道官、星神教の高位聖職者、連合王国側の外交使節の姿まである。
リーナは壇上に立っていた。
深い紫のドレス。左耳の星脈鉄のイヤーカフ。銀髪を簡素に編み込んだ姿は、三日前と同じだ。
しかし今日の議題は、三日前とは決定的に違う。
「報告者リーナ・クレスタフェルデ。本日の証言の主題を述べよ」
議長クロイツフェルト伯爵の声が議場に響いた。
「帝国聖女の任命条件『光属性S級』の正統性に関する疑義。そして——帝国に存在する、真の聖女候補について」
議場の空気が張り詰めた。
ヴァレンシュタイン公爵アルベルトは弁護団を増員し、灰色の瞳でリーナを睨みつけている。ディートリヒは父の隣で腕を組んで壇上を見据えていた。
リーナは深く息を吸った。
「まず、聖女条件について報告いたしますわ」
調査委員会に提出した追加資料を、議場に配布した。護衛兵が議員席を回り、資料の束を渡していく。
「百年前の帝国議会第二十三回臨時会。聖女の任命条件が『光属性S級以上』に改定されました。提出者は、当時のヴァレンシュタイン公爵アルフレート・ヴァレンシュタイン」
資料の頁をめくる音が議場に広がった。
「改定の理由は『封印の安定化に必要な属性が光属性であるため』。しかし」
リーナの声が静かに落ちた。
「封印修復委員会の内部文書には、全く異なる結論が記されています。封印の核に直接触れることができるのは、光属性ではなく星属性の持ち主であると。大聖女アリーシアが星属性だったことは、封印修復委員会の技術者たちが明確に記録しています」
議場がざわめいた。星神教の聖職者たちの表情が硬くなっている。
「なぜ、ヴァレンシュタイン家は光属性を条件にしたのか。答えは明白ですわ。星属性の持ち主が封印に触れれば、封印の核に残るヴァレンシュタイン家の実験の痕跡を感知する。大崩落が人災であったという真実が、露呈するのです」
「議長!」
ディートリヒが立ち上がった。金髪が揺れ、碧眼に怒りが燃えている。
「この女は、帝国の聖女制度そのものを愚弄している。辺境に聖女候補がいるなど——馬鹿馬鹿しい。ローゼンクロイツの三女など、光属性B級の凡才ではないか」
リーナの紫の瞳が、金色に変わった。
鑑譜眼の発動。壇上から、ディートリヒの核紋を視る。
「凡才?」
リーナの声は穏やかだった。しかしその穏やかさの中に、鋼の芯があった。
「あの方の核紋は、わたくしが聴いた中で最も美しい旋律でしたわ。光属性ではありませんの。大聖女アリーシアと同じ、星の旋律です」
「鑑譜師の妄言で政策を決めるつもりか」
「妄言ではありませんわ」
リーナは議場を見渡した。三百を超える瞳が、壇上のリーナを見つめている。
「議員の皆様。わたくしの鑑譜眼は嘘を暴きます。ですが今日は——真実を伝えに参りましたわ」
議場が静まった。
「辺境自治区グリュンハイム。わたくしはあの地で、星脈異常を鎮める力を持つ少女に出会いましたの。枯れた大地が蘇るのを、この目で見ましたわ。彼女の核紋は——」
リーナの金色の瞳が、議場全体を照らすように光った。
「大聖女アリーシアと同じ、星の旋律を奏でていました」
沈黙が落ちた。
三百人の議員が、息を呑んでいた。星神教の聖職者たちが顔を見合わせている。「星の旋律」という言葉は、この世界において百年間忘れられていた音だ。
ヴァレンシュタイン公爵アルベルトの顔が蒼白に変わっていた。
ディートリヒが口を開きかけた。しかし言葉が出てこない。
「さらに」
リーナは続けた。
「現帝国聖女クラリッサ・エーデルシュタインについて。クラリッサは光属性A級です。S級ではありません」
議場に動揺の波が広がった。エーデルシュタイン家の代理人が椅子から身を乗り出している。
「エーデルシュタイン家の魔導院が開発した魔導具『聖光の器』。この装置は光属性の出力を鑑定時に増幅し、A級の者をS級と判定させるものですわ。聖光の儀での測定は、偽装されていたのです」
議場が爆発した。
議員たちが立ち上がり、怒号と質問が飛び交う。星神教の高位聖職者が顔を真っ赤にしている。エーデルシュタイン家の代理人が弁明を叫んでいるが、議場の喧噪にかき消された。
議長が槌を打った。一度。二度。三度。
「静粛に! 静粛に!」
議場が、少しずつ静まっていった。
「報告者の証言を記録に留める。調査委員会は、聖女任命条件の改定経緯および聖光の儀の測定方法について、追加調査を行うこと。クラリッサ・エーデルシュタインの核紋鑑定を、独立した鑑定機関で再実施すること」
議長の声は冷静だった。しかしクロイツフェルト伯爵の灰色の瞳にも、衝撃が滲んでいるのをリーナは見逃さなかった。
* * *
議場を出たリーナを、ルシアンが待っていた。
回廊の柱の影。碧眼が、リーナの顔を確認するように見つめた。
「終わったか」
「ええ」
リーナの足取りが、わずかに揺れた。鑑譜眼の負荷だ。ルシアンがさりげなく腕を差し出した。リーナはその腕に手を添えた。
「議会の反応は想定通りですわ。星神教が動きます。聖女の正統性は、彼らにとっても存亡にかかわる問題ですもの」
「ああ。そして——辺境にも波紋が届くだろう」
ルシアンの碧眼が、遠くを見つめた。
「お前の証言は、帝都だけでなく辺境にも届く。辺境のあの少女のもとに」
リーナは足を止めた。帝都がミーリアの存在を知った以上、帝国は放置しない。
「守らなければなりません。あの方を」
「手は打ってある。シュヴァルツベルク家の連絡網で、辺境に先んじて情報を送った。あの少女の周りにいる人間たちが、まともな判断をすることを祈るしかないが」
リーナは頷いた。自分にできることは、ここでやった。辺境の少女を守れるのは、辺境の人間たちだ。
「あの少女のために祈るのは——わたくしの役目ではありませんわね」
「ああ。お前の役目は、ここで嘘を暴き続けることだ」
回廊の窓から差し込む夕陽が、二人の影を石畳に落としていた。
リーナの証言は、嵐の種だった。帝都に。辺境に。そして大陸全土に。
嵐が、静かに動き始めていた。




