表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された令嬢ですが、偽聖女の嘘まで聞こえます  作者: 景都 (けいと)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/71

第42話 調査団の編成

皇帝代理の勅令が、帝都に響いた。


「星脈異常の実態を調査するため、封印調査団を編成する。各公爵家は調査に必要な人員と資材を供出せよ」


 リーナは議会の傍聴席でその宣告を聞いていた。皇帝レオハルト三世は表に出ず、宰相が代理で読み上げている。宰相の核紋に鑑譜眼を向ける必要はなかった。勅令そのものは本物だ。皇帝が事態を無視できなくなったということ。


 問題は、調査団の主導権を誰が握るかだった。


* * *


 議場の控え室。ルシアンがリーナの元に来た。


 周囲に人はいない。ルシアンの口調が「俺」に切り替わった。


「調査団の編成会議が明日ある。シュヴァルツベルク家から俺が出る」


「当然ですわね。星脈の変動データを最も多く持っているのは、交易網を持つシュヴァルツベルク家ですもの」


「お前を同行させたい」


 リーナはルシアンを見た。碧眼が真っ直ぐにリーナを見返している。


「鑑譜眼がなければ、現地の報告が本当かどうか判断できない。ヴァレンシュタイン家の報告官が嘘をついているなら、現地でも同じ手を使う可能性がある」


「わたしが調査団に加わる名目は?」


「シュヴァルツベルク家が雇用した鑑定師。交易品の品質鑑定という建前で、書類は整えてある」


 リーナは口元に薄い笑みを浮かべた。


「用意がよろしいですわね」


「昨日のうちに準備した」


 その声に、鑑譜眼を使うまでもなく嘘がないことはわかった。この男は、リーナが同行すると決める前から動いている。


* * *


 翌日の編成会議は、予想通り荒れた。


 帝国議事堂の小会議室。長机を挟んで、各公爵家の代理人が並んでいる。


 ヴァレンシュタイン家からは、騎士団の副官が出席していた。ディートリヒ本人ではない。議会での追及を受けている騎士団長が、さらに封印問題にまで首を突っ込めば火に油を注ぐことになる。


「封印調査は、従来通りヴァレンシュタイン家の管轄で行うべきです。封印研究の専門知識を持つのは我が家のみ。他家が介入しても、正確な調査は不可能でしょう」


 副官の声は落ち着いていた。しかしリーナの瞳が金色に光った瞬間、その言葉の裏から不協和音が聞こえた。「他家が介入しても正確な調査は不可能」は嘘ではない。ただし、データを独占しているから他家には調査能力がない——自分たちが作り出した独占体制を、さも自然な前提のように語っている。


 ルシアンが口を開いた。公的な場。口調は「私」だ。


「ヴァレンシュタイン家の専門知識は尊重いたします。しかし、調査の費用はどちらが負担するのでしょうか」


 会議室の空気が変わった。


「封印遺構の調査には、現地への人員派遣、宿営設備、護衛の騎士、魔導具の消耗品。シュヴァルツベルク家の試算では、全調査地を巡回する場合、金貨にして八百枚以上が必要です」


 副官の顔色が僅かに変わった。


「ヴァレンシュタイン家が調査を主導するのであれば、当然、費用もヴァレンシュタイン家が負担なさるのでしょう。騎士団の予算は先日の議会で追及を受けたばかり。まさか帝国の国庫から拠出するとは仰らないでしょうね」


 沈黙が落ちた。


 ルシアンは表情一つ変えない。冷血公子の異名に相応しい、氷のような碧眼。


「シュヴァルツベルク家は、合同調査団の費用の半額を負担する用意があります。ただし条件として、調査の全行程にシュヴァルツベルク家の代理人を同行させること。及び、調査結果の全データを各公爵家に開示すること」


 副官は口をつぐんだ。費用を出す側の条件を突っぱねるだけの財政的余裕が、今のヴァレンシュタイン家にはない。騎士団の軍事費が議会で精査されている最中なのだ。


 リーナは傍聴席から、ルシアンの核紋を聴いた。冷静で澄んだ旋律。嘘はない。ただし、計算はある。この男は最初から、財務で相手の喉元を押さえる気だったのだ。


 会議は、合同調査団の編成で決着した。


* * *


 出発前夜。


 クレスタフェルデ伯爵邸の玄関広間。リーナは旅支度を整え、荷物の最終確認をしていた。辺境への長旅になる。鑑譜眼の補助具であるイヤーカフ、防寒用の外套、報告書の写し。


 玄関の扉が叩かれた。使用人が応対する前に、リーナが扉を開けた。


 ルシアンが立っていた。


 夜気を纏い、黒い外套を羽織った姿。手には——もう一枚の外套を持っている。深い紺色で、内側に毛皮の裏地が見える。


「辺境は寒い。帝都の外套では足りない」


 口調は「俺」。玄関先に他の人間はいなかった。


「これを使え。シュヴァルツベルク家の辺境交易所で使っていたものだ」


 リーナは外套を受け取った。裏地の毛皮は上質で、指先に温もりが伝わる。


「わざわざ届けに来てくださったのですか」


「ついでだ。明日の出発時刻の最終確認もある」


 リーナの瞳が微かに光った。鑑譜眼が——意図せず反応した。


 「ついで」に不協和音はない。ただし、核紋全体に広がっている澄んだ和音は——「ついで」で説明できるものではなかった。


 リーナは外套を胸に抱いた。耳の端が、赤くなっている。


「……ありがとうございます」


「出発は明朝、鐘が六つ鳴った時だ。遅れるなよ」


「遅れませんわ」


 ルシアンが踵を返した。黒い外套が夜風に揺れる。三歩ほど歩いたところで、足が止まった。


「リーナ」


 振り返らずに呼んだ。


「体を壊すな」


 それだけ言って、ルシアンは闇の中に消えた。


 リーナは外套を抱いたまま、しばらく玄関先に立っていた。鑑譜眼は切れている。それでも聴こえるのは——気のせいだと、わかっていても。


 耳が赤い。頬も少しだけ。


* * *


 翌朝。鐘が六つ鳴る前に、リーナは伯爵邸の門前に立っていた。


 調査団の馬車が三台。護衛の騎士が八名。調査員が合計十二名。そしてルシアンが、先頭の馬車の傍に立っていた。


「クレスタフェルデ嬢、予定通りですね。第一調査地は帝都北部のヴァイセンベルク封印遺構です」


「承知しましたわ」


 リーナは馬車に乗り込んだ。昨夜受け取った紺色の外套を羽織っている。辺境の冷たい空気が、まだ遠い。


 馬車が動き出した。帝都の石畳を離れ、街道を北に向かう。


 ルシアンが対面の席で書類を広げながら、淡々と報告した。


「調査地は5箇所。最終目的地は——辺境自治区グリュンハイム」


「グリュンハイム」


 リーナは目を細めた。


「あそこだけ、地震の被害がなかったと聞いていますわ」


「ああ。各地の星脈が軋んでいた中で、グリュンハイムだけは被害報告がゼロだった。奇跡の地と呼ばれている」


 馬車の窓から、帝都の尖塔が遠ざかっていく。


 辺境自治区グリュンハイム。あの場所に、何が待っているのか。リーナにはまだわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ