第8話:最強の乙女たち、ママの「恋バナ」の直撃で撃沈する
隠れ里『聖母の箱庭』に、しっとりとした夜の帳が下りていた。
夕食後の団欒の時間。縁側に集まった勇者パーティーの三人は、明日の「初めての町へのお買い物」を控え、作戦会議という名の過保護な議論に花を咲かせていた。
「いい、ルナ、セシル。町は魔王の城より危険なんだから。不届きな輩がママに鼻の下を伸ばして近づいてきたら、即座に排除だよ。物理的に!」
アリアが、愛剣の手入れをしながら鼻息荒く宣言する。
「……当然。……ママの周囲百メートル。……雄の生物、……立ち入り禁止。……結界で、……弾き飛ばす」
「ええ、アリアさんの仰る通りですわ。お母様は、その……無自覚に聖母の輝きを振りまいてしまわれますから。悪い貴族やナンパ師が列を作って押し寄せたら、町がパニックになりますもの!」
三人が「ママをどう守るか」で盛り上がる中、お茶を淹れ直してきたサツキが、くすくすと楽しそうに笑いながら輪に加わった。
「あらあら、みんな。そんなに物騒なこと言わないの。……でも、そうね。もし素敵な殿方に声をかけられたりしたら……私、ちょっとドキドキしちゃうかもしれないわ」
その瞬間。隠れ里の時間が、文字通り凍りついた。
「「「…………エッ?」」」
アリアの手から砥石が滑り落ち、ルナの魔導書がパタンと閉じ、セシルが持っていた湯呑みがカタカタと震える。
サツキは自分の頬を少しだけ染め、遠くの月を見上げながら、夢見るように続けた。
「前世ではお父さんとお見合いだったし、仕事と育児で精一杯だったもの。もし今度、また誰かと出会うなら……そうね。一緒に畑を耕して、『今日の煮物はちょっと味が濃いわね』なんて言い合えるような、穏やかで優しい人がいいわねぇ」
「ま、ままま、ママ!? さい、さい、再婚!? お父さん候補を探すつもりなの!?」
アリアがガタガタと立ち上がり、サツキの肩を掴んで揺さぶった。
「あらあら、アリアちゃん。そんなに驚かなくても。……でも、私の心配より、あなたたちこそ年頃でしょう? アリアちゃんなんて、町へ行けば格好いい騎士様に声をかけられるかもしれないわよ?」
「ふぇっ!? わ、わ、わわわ、私!? ななな、何を言ってるのママ!」
先ほどまで「不届き者を排除」と息巻いていた世界最強の剣士が、一瞬で茹でダコのようになり、座り込んだ。
「アリアちゃんは、どんな人がタイプなのかしら? やっぱり、自分より強くて凛々しい人?」
「む、無理だよ……! 私より強い男なんて、魔王くらいしかいなかったし……。それに、私の隣に座るなら、ママみたいに毎日美味しいご飯を作ってくれて、私の脱ぎっぱなしの鎧を叱ってくれる人じゃないと……あ、あれ? それってパパじゃなくて、もう一人のママ……?」
アリアの思考が迷宮入りする。サツキは次に、隣で固まっているセシルに視線を向けた。
「セシルちゃんは、意外と情熱的な人に弱いんじゃないかしら? ほら、お忍びの王子様とか」
「ひゃああっ!? お、お母様、何を仰いますの! 私は、私は神に身を捧げた身……! ……でも、もし……もしお母様が『この人なら安心ね』と認めてくださるような、私よりお掃除が上手で、お母様を誰よりも敬う殿方がいれば……その、お話くらいは……うぅ、無理ですわ! 想像しただけで心臓が爆発しますわ!」
聖女セシル、顔を覆って悶絶。サツキの「恋バナ」という名の精神攻撃(浄化)は、聖職者の盾すら容易く貫通した。
「ルナちゃんはどうかしら? 無口だけど、ルナちゃんの偏食を優しく見守ってくれるような人とか」
「…………。……却下。……男、……非効率。……ママの膝、……独占、……阻害。……私の隣、……空き、……なし。……ママが、……いるから」
ルナは平然を装っているが、持っている魔導書が上下逆さまになっている。
「ふふ、みんな可愛いわねぇ。……でもね、あなたたちは世界を救った英雄なんだもの。これからは戦うことだけじゃなくて、『自分の隣』に誰を置きたいか、ゆっくり考えてもいいのよ? ママは、あなたたちが幸せなら、どんな相手でも応援するからね」
サツキの、あまりにも慈愛に満ちた、そして一人の「女性」としての柔らかい言葉。
その直撃を受けた三人は、自分たちの内側にある「乙女心」という名の未開発領域を抉り出され、もはや言葉を失うしかなかった。
(ふふん。お姉ちゃんたち、顔真っ赤だねぇ。……ママ、結局のところ、お姉ちゃんたちの隣にふさわしい男なんて、この世にはいないんだよ。……だって、みんな『理想』以上のママを知っちゃってるんだからさ)
シロがサツキの膝の上で、勝ち誇ったように喉を鳴らした。
「あらあら、シロちゃんまで。……あ、でもそうね。もし素敵な人が現れて、里の仲間が増えたら、もっと賑やかで楽しくなるかしら」
「「「…………っ!!」」」
勇者三人の脳裏に、サツキの隣でデレデレと鼻の下を伸ばす「見知らぬ男(パパ候補)」の幻影が浮かんだ。
「ダメぇえええ! ママの隣は渡さない! 私の隣も、ママ以外の男なんて絶対に入れないんだからぁああ!」
「……ママ。……明日、……町、……中止。……全門、……閉鎖。……ママは、……外に出さない」
「お母様! 愛とは犠牲ですわ! 私たちが一生お母様の側に侍りますから、外の男など、塵芥と思ってお忘れになって!」
「あらあら、みんな。そんなに私のことが好きなの? 嬉しいわねぇ」
サツキは、必死に縋り付いてくる娘たちを、まとめてぎゅっと抱きしめた。
最強の乙女たちは、ママの腕の中で「うぅ……」と涙ぐみながら、自分たちの「隣」にいるべき存在を再確認する。
恋バナ。
それは、隠れ里の平穏を脅かす最大の危機(?)であり、彼女たちが「ママなしでは生きていけない」ことを改めて刻み込む、残酷で甘美な儀式であった。
「さあ、夜更かしは美容に悪いわよ。明日は早起きしてお買い物に行くんだから、もう寝ましょうね」
「「「……はーい……(フラフラ)」」」
ママの「女性としての魅力」と「将来の可能性」という特大の爆弾を抱えたまま、勇者たちは一睡もできない夜を迎えることとなった。
明日のお買い物。果たしてママの「理想の出会い」は現れるのか。……いや、その前に、勇者たちの過保護な防衛線が町を壊滅させないかが、最大の懸念事項であった。




