第4話:自分の首の代金で、お掃除道具を買いなさい
魔王討伐の熱狂がいまだ冷めやらぬ王都。
そのギルド本部では、受付嬢たちが震える手で、空前絶後の「賞金支払い書」を作成していた。
対象は、長年近隣の街道を脅かし、騎士団ですら手を焼いていた凶悪な盗賊団『黒い牙』の一味。……のはずだった。
「……あの、アリア様。この『黒い牙』のリーダー、ガリを含む十数名ですが。本当に、全員が……その、『隠れ里の運び屋』に就職した、ということで間違いないのでしょうか?」
「うん、そうだよ。ママが『お腹空いてるだけなら、働いてご飯食べなさい』ってお説教したら、みんな泣いておにぎり食べてたし。今は里の庭で、雑草抜きを競い合ってるよ」
勇者アリアは、世界を救ったその手で、ずっしりと重い皮袋を五つ、無造作に受け取った。
中身は、盗賊たちの首にかかっていた莫大な賞金――本来なら、彼らを捕縛、あるいは処刑した勇者たちの報酬となるはずの金貨である。
「よし、これでママに美味しいお菓子とか、高級な石鹸とか、いっぱい買ってもらえるよね! ルナ、セシル、帰るよ!」
「……賛成。……ママの笑顔、プライスレス。……早く、帰りたい」
「ふふ、お母様がこの金貨を見て、どんなに喜んでくださるか……楽しみですわね」
最強の三人は、王都の貴族たちが差し出す招待状も、国民たちの歓声もすべて無視して、光の速さで隠れ里へと帰還した。
里の庭では、昨日まで「アニキ!」と呼び合っていた荒くれ者たちが、サツキの指導のもと、一列に並んで黙々と石段を磨いていた。
「あらあら、みんな熱心ねぇ。そんなにピカピカにされたら、滑って転んじゃいそうだわ」
サツキが麦茶を持って縁側に出ると、男たちは一斉に直立不動になり、深々と頭を下げた。
「おふくろさん! この石段の汚れは、オレたちの心の汚れっす! 磨き抜いて、鏡のようにしてみせます!」
「ふふ、無理しちゃダメよ? ……あ、アリアちゃんたち。おかえりなさい」
アリアたちが誇らしげに、賞金袋をサツキの前に並べた。
「ママ、見て! あのおじさんたちを捕まえた(?)ご褒美、町の人からもらってきたよ! これ、全部ママにあげる!」
袋の口から溢れんばかりの金貨。それを見た盗賊リーダーのガリが、びくんと肩を震わせた。
それは、自分たちの命の値段だ。自分たちを殺し、突き出した者に支払われるはずの、血塗られた金。
ガリは覚悟を決めたように、サツキの前に膝をついた。
「……おふくろさん。申し訳ねぇ。オレたちのせいで、そんな物騒な金まで届いちまって。……好きにしてくだせぇ。オレたちを突き出すなり、煮るなり焼くなり……」
男たちの間に、重苦しい沈黙が流れる。
だが、サツキは袋の中の金貨を一つ指先でつまみ上げ、それを不思議そうに眺めた。
「あら……。アリアちゃん、これ、この子たちの『悪い心』を、町の人たちが買い取ってくれたっていうことかしら?」
「えっ……あ、うん。まあ、結果的にはそうなるかな……?」
アリアが戸惑いながら答えると、サツキは優しく微笑んで、金貨の入った五つの袋を、そのままガリの目の前に置いた。
「じゃあ、このお金は、あなたたちのものだわ。ガリさん」
「……はぁ!? な、何言ってやがるんですか、おふくろさん! これは、オレたちの首にかかってた賞金だぞ!? なんでオレたちに……」
「だって、悪い自分とお別れして、新しく生まれ変わるんでしょう? それにはいろいろと物入りだわ。……これで、新しい靴と、里の荷物を運ぶための丈夫な台車、それから……。一番大事な、お掃除道具を買いなさい」
ガリの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
自分の首を獲りに来る者が後を絶たなかった人生で、自分の「再出発」のためにその首の代金を手渡されたことなど、一度もなかった。
「……お、……おふくろぉおおおお!!」
「おふくろさん! 一生、一生ついていくっす!!」
十数人の男たちが、庭先で地面を叩いて号泣する。
彼らにとって、サツキから渡された金貨は、もはや通貨ではなく、魂を繋ぎ止める『聖遺物』となった。
(きゅう、きゅうっ。おじさんたち、鼻水が出てて汚いよ。……ママを困らせないでよね)
シロがサツキの肩で、冷ややかにしっぽを振った。その目は「僕のママに近寄りすぎないで」と鋭く光っている。
「ひ、ひぃい! シロ様、申し訳ねぇっす! 今すぐ、今すぐ鼻水を浄化して、町へ行ってきます!」
「あらあら、シロちゃん、あんまり意地悪しちゃダメよ。……ガリさん、町へ行ったらね。里に足りない『可愛い刺繍糸』と、ルナちゃんが食べられそうな『甘い人参の種』、それからみんなの新しい制服にするための丈夫な布を買ってきてくれるかしら?」
「合点承知の助っす! たとえ火の中、水の中、この命に代えても最高級の品を揃えてきます!」
男たちは、自分たちの賞金袋を「聖母からの軍資金」として抱きしめ、凄まじい気迫で町へと駆け出していった。
世界で最も忠誠心の高い物流組織、『聖母運送』の本格始動である。
それを見送ったアリアが、期待に満ちた眼差しでサツキを見上げた。
「……ねぇ、ママ。おじさんたちにはあんなにたくさんあげたのに、私は? 私にも、何かご褒美……」
「あら、アリアちゃん。あのお金は彼らの将来のためよ。……あなたには、そうね。脱ぎっぱなしの靴下をちゃんと片付けられたら、何か考えてあげるわね」
「ええっ!? 靴下片付けるだけでいいの!? ……じゃなくて、私、魔王を倒したんだよ!? 靴下よりすごいことしたよ!?」
「魔王を倒すのも立派だけど、自分の周りを綺麗にできないのは、もっと問題だわ。ほら、ルナちゃんも、本を出しっぱなしにしないの」
「……っ。……物理法則を無視して、本棚に帰還させる(魔法を使おうとする)」
「手を使わなきゃダメよ? セシルちゃんも、お洗濯物を畳むのを手伝ってくれるかしら」
「ひゃああっ! お母様との共同作業! 謹んで、喜んで拝命いたしますわ!」
勇者パーティーは、結局いつものように「ママのお手伝い」へと駆り出された。
他人に数万金貨をポンと渡しておきながら、身内には「靴下の片付け」を厳格に求める。
サツキのその一貫した「おかんスタイル」こそが、最強の乙女たちを最も安心させる鎖であることに、彼女たち自身もまだ気づいていない。
里を包むのは、夕飯の支度の音と、幸せな笑い声。
魔王のいなくなった世界で、最も平和で、最も『お説教』の絶えない一日の終わりであった。




