第25話:ママ、夏バテ(?)でダウン。勇者たちの壊滅的な「看病作戦」
隠れ里『聖母の箱庭』の朝は、本来ならば、炊きたてのご飯の香りと、まな板を叩くリズミカルな音で始まるはずだった。
しかし、その日の朝、里を包んでいたのは不気味なほどの「静寂」であった。
「……おかしい。……ママ。……起床時間、……十五分、……超過。……生存確認、……急務」
賢者ルナが、寝癖のついた頭を抑えながら、ふらふらとサツキの寝室の襖を開けた。
そこには、いつもなら割烹着をきりりと締めているはずのサツキが、布団の中で顔を少し赤くして、力なく微笑んでいる姿があった。
「あらあら……ルナちゃん。おはよう。……ごめんなさいね、今日はなんだか、体が少し重たいみたいで。……昨日、みんなとお肉をいっぱい食べたから、知恵熱が出ちゃったのかしらねぇ」
サツキのその、か細い声。
それが、隠れ里における「世界の終焉」の合図であった。
「マ、ママぁあああああ! 死んじゃダメだぁあああああ!!」
廊下で聞き耳を立てていたアリアが、烈火のごとき勢いで室内にスライディングしてきた。
「ママが倒れた! 大変だ、大変だ! ルナ、セシル! 今すぐ世界中から伝説の薬草を、いや、魔王の残党から『生命の宝珠』を強奪してくるんだぁあ!」
「お黙りなさい、アリアさん! お母様に必要なのは静寂と、私の聖なる祈りですわ! ……お母様、今すぐこの部屋を『絶対無菌結界』で包み、病魔を根こそぎ浄化して差し上げますわ!」
セシルが聖印を掲げると、部屋全体が直視できないほどの黄金の輝きに包まれた。
サツキは「あらあら、眩しいわねぇ……これじゃあ眠れないわ」と苦笑いするが、パニックに陥った娘たちの耳には届かない。
「……ママ。……特製、……栄養剤、……調合、……開始。……材料、……ドラゴンの心臓、……不死鳥の涙、……里の、……人参。……これを、……煮詰めて、……強制投与」
ルナが瞳を怪しく光らせ、不気味に発光する液体をフラスコで振り始める。
そんな中、サツキの額にそっと飛び乗ったのはシロであった。
(きゅう……。お姉ちゃんたちは騒がしいだけだね。……ママ、僕の鼻先と肉球、冷たくて気持ちいいでしょ? 僕が冷やし枕になってあげるからね)
シロがひんやりとした鼻先をサツキの額に寄せると、サツキは「あらあら、シロちゃん……気持ちいいわぁ」と、ようやく少しだけ目を閉じた。
だが、真の悲劇はここから始まった。
サツキが「少しお腹が空いたわねぇ……何か温かいものでも……」と漏らした瞬間、勇者三人のスイッチが入ったのだ。
「「「ママのために、最高のおかゆを作る!!」」」
最強の戦力たちが、意気揚々と台所へ突撃した。
しかし、彼女たちのこれまでの「お手伝い」は、あくまでサツキの指示ありき。自力での調理スキルは、お世辞にも「安全」とは言えなかった。
「お米は私が研ぐよ! 任せて、神速の摩擦で一瞬だよ!」
アリアがボウルの中の米を、秒間数百回の往復で研ぎ始めた。
数秒後、そこにあったのは「研がれた米」ではなく、摩擦熱で半練り状態になった「謎の白い粉(餅の原型)」であった。
「……火加減、……重要。……私の、……魔導炎、……一瞬で、……沸騰させる。……エクスプロージョン・クッキング」
ルナが鍋の底に向けて放ったのは、本来なら城壁を粉砕する破壊魔法。
ドォォォォォン!! という轟音と共に、台所から黒煙が立ち上る。
「まぁ! 焦げ臭いですわ! お母様の召し上がるものに焦げなどあってはなりません! 私が聖水で洗浄して差し上げますわ!」
セシルが「清らかなる水(聖水)」を、爆発した鍋の中へ惜しみなく注ぎ込む。
結果として出来上がったのは、ドロドロの炭と聖水が混ざり合った、この世の物とは思えない「暗黒物質」であった。
黒煙は里中に広がり、外郭を守っていた騎士団たちが「里が強襲されている!?」と武器を手になだれ込んでくる始末。
「あらあら……。これじゃあ、寝てる場合じゃないわねぇ」
台所からの絶叫と爆発音に、サツキの「おかんスイッチ」が強制的に入った。
サツキはふらつく足取りで台所へ向かい、そこで炭を顔につけて途方に暮れている娘たちを見つけた。
「コラッ!! みんな、何してるの! お台所が真っ黒じゃない!」
「マ、ママ!? 起きてきちゃダメだよ!」
「いいから、そこをどきなさい。……もう、せっかくのいいお米が台無しよ。アリアちゃん、床を拭きなさい。ルナちゃんは換気。セシルちゃんは、その怪しいお水を片付けて」
サツキは割烹着をきりりと締めると、いつの間にか熱などどこかへ吹き飛んだかのような手つきで、余ったご飯を鍋に入れた。
サツキが鰹節で出汁を取り、ふんわりと卵を落とすと、里中に「救済」とも言える優しい香りが広がった。
「はい、お待たせ。卵がゆよ。……ほら、あなたたちもお腹空いてるでしょう? 一緒に食べましょう」
「う、うわぁあああん! ママのおかゆだぁあああ! 美味しいよぉおおお!!」
看病していたはずの勇者たちが、サツキが作ったおかゆを泣きながら頬張るという、本末転倒な光景。
「……ママ。……やっぱり、……最強。……人参、……入ってない。……最高」
「お母様の愛が……五臓六腑に染み渡りますわ……! あぁ、もう一生病気なんてなさらないでくださいまし!」
サツキは、おかゆを食べる娘たちの頭を一人ずつ撫でながら、満足げに微笑んだ。
「ふふ、みんなが騒がしいから、元気が湧いてきちゃったわ。……でも、後でお片付けは手伝ってもらうからね?」
「「「はいっ!!」」」
(きゅう、きゅうっ。……結局、ママが一番元気だね。……でも、僕の添い寝が一番効いたんだからね、ママ!)
シロがサツキの足元で、自慢げに尻尾を振る。
夏バテの熱すらも「おかんの責任感」でねじ伏せてしまう、隠れ里の聖母サツキ。
魔王を倒した勇者たちを子供扱いで叱り飛ばすその背中は、今日も今日とて、世界で一番頼もしいのであった。




