第24話:お小遣いの使い道。勇者たち、ママに最高級の美容オイルを贈りたい!
水の精霊プルと、その仲間である風や光の精霊たちが里に居着いてからというもの、隠れ里『聖母の箱庭』の家事効率は、人知を超えた次元へと到達していた。
かつては半日仕事だった大物の洗濯も、精霊たちの「クリーニング・ラッシュ」にかかれば、お茶を一杯啜っている間に、眩いばかりの輝きを放って物干し竿に整列している。
「あらあら、もう終わっちゃったわ。精霊さんたちが手伝ってくれるから、最近は午前中に時間が余っちゃうわねぇ」
サツキは縁側に腰を下ろし、ふぅと息をついた。
庭では、出しっぱなしの靴下を片付け終えたアリアが、サツキの隣に陣取ろうと駆け寄ってくる。だが、彼女の足が、サツキの「手のひら」を見た瞬間に止まった。
「……っ!? マ、ママ……その手、どうしたの!?」
「え? あぁ、これ? ちょっと乾燥しちゃったのかしらね。お掃除とお料理で、少し荒れちゃったみたい」
サツキが苦笑いしながら見せた手のひらは、日々の家事の勲章とも言える、少しだけ赤みを帯びた「お母さんの手」だった。
それを見たアリアの瞳に、大粒の涙が溜まる。
「ママぁああ! ごめんね、私たちが脱ぎっぱなしにしたり、お代わりをいっぱい頼んだりするから……ママの綺麗な手が、戦場帰りみたいになっちゃってるよぉおお!」
「……衝撃。……ママの、……皮膚組織、……油分、……欠乏。……緊急事態。……回復、……最優先」
ルナがどこからともなく現れ、サツキの手を魔導鑑定の瞳で凝視する。
「お母様! これは由々しき事態ですわ! 世界を救った私たちが、お母様の手荒れ一つ防げないなんて、聖女の名が廃りますわ!」
セシルが聖印を掲げ、今すぐ「極致治癒」をかけようとするが、サツキは「あらあら、ただの乾燥よ。ハンドクリームでも塗れば治るわ」と笑って受け流した。
だが、娘たちの決意は固かった。
その日の午後、三人は里の奥にある「作戦会議室(ただの物置)」に集まった。
彼女たちの前には、第5話でサツキから手渡された、刺繍入りの「お小遣い袋」が並べられている。
「いい、二人とも。今まで『お手伝いポイント』でコツコツ貯めてきたこの銅貨と銀貨……今こそ、ママのために使う時だよ!」
アリアが鼻息荒く宣言する。
「……同意。……私の、……隠し財産、……全投入。……王都で、……一番の、……美容、……エッセンス、……抽出、……する」
「ええ、お母様には世界で最も高価な美容液が相応しいですわ! 私、王都の最高級商人に『お母様専用の特注品』を作らせるよう、聖なる圧力を行使して参りますわ!」
三人は、本来なら自分の新しい装備や可愛いリボンを買うべきお小遣いを全て握りしめ、凄まじい気迫で町へと繰り出した。
王都の繁華街。
宝石店に突入したセシルは、「この真珠を粉にしてクリームに入れなさい! お代はこれですわ!」と、銀貨の山(と、聖女の威圧)をカウンターに叩きつけた。
香料店では、ルナが「……場所、……貸せ。……最高級の、……バラの、……抽出、……私が、……直接、……魔法で、……やる」と店主を追い出し、一滴で金貨一枚分はする伝説の精油を自作し始める。
アリアは、「ママが寝る時に手が冷えないように」と、最高級のシルクを織り込んだナイトケア用の手袋を、職人に泣きついてその場で縫い上げさせた。
数時間後。三人は、これ以上ないほど豪華な「ママへの恩返しセット」を抱えて里に戻った。
だが、玄関を開けると、そこにはすでに先客がいた。
「きゅうっ(ふん、お姉ちゃんたち。遅かったね)」
シロがサツキの膝の上で、勝ち誇ったように喉を鳴らしている。
サツキの手の横には、小さな小瓶が置いてあった。
「あら、みんなおかえりなさい。見て、シロちゃんとプルちゃんたちが、私にプレゼントをくれたのよ」
それは、水の精霊たちが集めてきた「月の雫の朝露」に、シロが自分の「黄金の抜け毛(聖遺物)」を漬け込んで作った、自家製の美容オイルだった。
(お姉ちゃんたち。お金で買えるものなんて、ママは気を遣っちゃうだけだよ。……まぁ、僕の抜け毛が入ってるから、これが世界で一番効くのは確定だけどね!)
「な、何よその怪しいオイル! ママ、こっちを使って! 私が特注したシルクの手袋だよ!」
「……ママ。……私の、……魔導、……エッセンス。……細胞、……活性化、……保証する」
「お母様、こちらを! 真珠の粉末入りの、世界に一つだけのクリームですわ!」
三人が競うように豪華な品々を差し出す。
だが、サツキはそれらの高価な品々を前に、申し訳なさそうに、けれど最高に温かい笑顔で首を振った。
「ありがとう。みんな、私のためにそんなに頑張ってくれたのね。……でもね、ママ、これよりも……今夜、みんなで食べる『ちょっと良いお肉』の方が嬉しいわ」
「「「……えっ?」」」
「お小遣い、こんなに高いものに使っちゃって。……ママはね、自分の肌がツヤツヤになるよりも、あなたたちと一緒に美味しいものを食べて、脂で口の周りを光らせながら笑い合っている時が、一番元気になれるのよ。……だから、これは明日、返品して……そのお金で、みんなで焼肉パーティーをしましょう?」
サツキの、あまりにも「おかん」らしい、家族中心の価値観。
自分を着飾るよりも、子供たちの胃袋を満たしたいという、底なしの慈愛。
「……ママぁああああ! やっぱりママは最高だよぉおお!」
アリアがサツキに泣きつき、ルナとセシルも「お母様の仰る通りですわ……!」と、自分たちの独占欲を反省して寄り添った。
結局、翌日の晩餐は、里の全員(騎士団やガリたちも含む)を巻き込んだ、豪華な焼肉パーティーとなった。
サツキは、高価なオイルを塗るまでもなく、肉を頬張る娘たちの笑顔を眺めながら、幸せそうに頬を赤らめていた。
「ふふ、やっぱり美味しいものを食べるのが、一番の美容法ねぇ」
(きゅう……。結局、お姉ちゃんたちのお金は、全部ママの胃袋……じゃなくて、みんなの幸せに消えちゃったね。……でも、まぁ、僕のオイルだけはこっそり塗ってあげるからね、ママ)
脂でツヤツヤになった口元を拭いながら、隠れ里の夜は更けていく。
高価な美容液よりも、サツキの肌を一番輝かせるのは、間違いなくこの「騒がしくて温かい家族の食卓」なのであった。




