第15話:ママ専用の離宮? 聖女、報奨金で「天国」を作ろうとする
翌朝、隠れ里『聖母の箱庭』の住人たちは、裏山の山頂から放たれる、直視できないほどの眩い輝きによって目を覚ますこととなった。
「あらあら……。お外がずいぶん賑やかね。シロちゃん、今日は朝日からして、なんだか特別な感じがするわ」
サツキがパジャマのまま縁側に出て目を細めると、そこには昨夜までは存在しなかったはずの、巨大な建造物がそびえ立っていた。
それは、セシルが徹夜で神聖魔法を編み上げ、魔王討伐の報奨金を惜しみなく注ぎ込んで建設した、総クリスタル張りの『永久浄化離宮』であった。
「……っ!? な、何あれ、趣味が悪い! ママ、あんなの里の景観を壊してるよ!」
アリアが寝癖もそのままに飛び出してきた。その後ろからは、ルナが眠そうに目をこすりながら、無機質な批判を投じる。
「……却下。……あそこ、……光の屈折、……異常。……ママが、……日焼けする。……欠陥、……要塞」
「皆様、おはようございます。そしてお母様……ついに完成いたしましたわ!」
山頂から、神々しい純白の法衣を纏ったセシルが、まるでお迎えの天使のように滑空して降りてきた。その背後には、神聖魔法のエフェクトで勝手に花びらが舞っている。
「お母様! あちらが、私が構築いたしました『聖母のための至高の揺り籠』ですわ! 内部は完全無菌、一粒の埃も、一切の湿気も、そして不浄な下界の音すらも遮断いたします! さあ、あのギシギシ鳴る古民家など捨てて、あちらで永遠の安らぎを得てくださいまし!」
セシルが恭しく手を取ろうとするが、サツキは困ったように眉を下げ、山頂のクリスタル城をじっと見つめた。
「あらあら、セシルちゃん。……あんなにキラキラして、お掃除が大変そうねぇ。それに、あそこ、窓が開かないんじゃないかしら? 空気の入れ替えができないと、お布団が干せないじゃない」
「お、お布団……!? お母様、あちらは魔法によって常に最適温度が保たれておりますのよ! わざわざ太陽の下で重たい布を振り回す必要など……」
「ダメよ、セシルちゃん。お日様の匂いがしないお布団なんて、ママ、ちっとも落ち着かないわ。それに、あんなに高い場所じゃ、裏山にワラビを採りに行くのも一苦労だわ。……ママはね、今のこのお家が一番好きなのよ」
サツキの、あまりにも「主婦」として真っ当な、そして「家族の思い出」を大切にする一言。
それが、セシルが心血を注いで作り上げた『天国』を一瞬にして「不便な展示物」へと格下げしてしまった。
「お掃除が大変……。お日様の、匂い……。……あ、あああ……」
セシルがその場に膝をつき、絶望に打ちひしがれる。
彼女はサツキを「飾る」ことばかりを考え、サツキが「生活する」ことを、そして「この里の日常」を愛していることを忘れていたのだ。
「いい、セシルちゃん。ママが一番落ち着くのはね、あなたが毎日一生懸命磨いてくれた、あの古い廊下の光沢なの。新しい宝石の床より、あなたの努力が染み込んだあのお家の方が、ずっと輝いているわ」
サツキがセシルの元へ歩み寄り、その泥のついた(一晩中魔法を使っていたため)手を優しく包み込んだ。
「……お母様。私、……私は、なんて浅はかだったのでしょう。お母様を隔離して、私だけの理想を押し付けようとして……。私は、聖女失格ですわ……!」
セシルが涙を流して項垂れる。
その様子を、アリアが「……まぁ、反省したならいいけどさ」と気まずそうに見守り、ルナが「……ママ。……あそこ、……早く、……壊して。……眩しい」と、現実的な要求を出す。
「ふふ、セシルちゃん。そんなに泣かないの。……お詫びに、今日はママに『膝枕』をしてくれるかしら? あなたの膝、とっても柔らかそうで、実はずっと気になっていたのよ」
――ドォォォォン!!
セシルの脳内で、魔王を倒した時以上の衝撃波が駆け抜けた。
憧れの、敬愛する、信仰の対象であるお母様が、自分の膝に、その尊い頭を乗せる。
それは彼女にとって、神の啓示を受けるよりも、全知全能の力を得るよりも、遥かに重く、甘美な、究極の儀式であった。
「……ひ、……ひざ、……まくら……!? 私が、……お母様の、……クッションに……なる……!?」
「ええ。縁側で、あなたに膝枕をしてもらいながら、のんびりお茶を飲みたいな。……ダメかしら?」
「ダ、ダメなわけありませんわぁああああ! 喜んで! 謹んで! この命、この大腿四頭筋、全てをお母様に捧げますわぁあああ!!」
セシルは立ち上がるや否や、凄まじい魔力で山頂のクリスタル離宮を「粗大ゴミ」として一瞬で粉砕、更地に戻した。
そして、まだ朝食も済んでいないというのに、サツキを縁側へとエスコートし、自身の太ももを最高に寝心地の良い角度へと調整し始めた。
「さあ、お母様! どこからでも、どんな角度からでも、存分に私を枕になさってくださいまし!」
「あらあら、セシルちゃん。そんなに力んじゃったら、硬くて眠れないわよ。……もっと、リラックスして?」
サツキが、セシルの膝にそっと頭を預ける。
セシルは、自分の太ももにかかる「お母様の重み」と「髪の香り」に、もはや意識が遠のき、鼻血が出そうなほどの幸福感に達していた。
「……あぁ。……これが、天国。……離宮など、……いりませんでしたわ……」
「……ずるい。……私も、……反対側、……行く」
「ちょっとルナ! 私だってママの膝枕、狙ってたんだから! セシルだけ独り占めなんて許さない!」
結局、サツキを中心に、セシルが枕になり、アリアとルナが左右から縋り付くという、巨大な「甘えの塊」が縁側に形成された。
(きゅう……。お姉ちゃんたち、暑苦しいよ。……でも、セシルお姉ちゃん、なんだかすごく幸せそうな顔してるから、今日だけは譲ってあげるよ)
シロがサツキの胸元に割り込み、満足げに喉を鳴らす。
サツキは、娘たちの温もりに包まれながら、空を見上げた。
空には、セシルが壊した離宮の破片が、キラキラとダイヤモンドダストのように舞っている。
「やっぱり、ここが一番いいわねぇ」
聖女の暴走は、こうして「膝枕」という名の最強の報酬によって鎮圧された。
これ以降、セシルは「離宮建設」の野望を捨て、代わりに「いかにして自分の膝を、世界一柔らかい極上の枕に仕上げるか」という、別の意味で恐ろしい修行に励むことになるのだが……。
それはそれで、隠れ里の新しい日常の、微笑ましい一ページとなるのであった。




