第11話:押し寄せる「お疲れ」な騎士団。大司教、ハチミツ大根に敗北する
魔王亡き後の世界において、人々の心の拠り所は急速に移り変わりつつあった。
かつては神の教えを説く教会がその中心であったが、今や巷で囁かれるのは、あらゆる災厄を払い、不治の病をも癒やすという伝説の『聖母のお守り』――。
その噂は、王都の教会本部に鎮座する強欲な大司教、グレゴリオの耳にも届いていた。
「……ガハッ! ゴホッ、ゴホォッ! ええい、忌々しい……。あの里を、教会の聖地として接収せねば……教会の権威が……ガハッ!」
隠れ里『聖母の箱庭』へと続く険しい山道。
豪華な輿に乗った大司教グレゴリオは、連日の強行軍と「里を独占して一儲けしてやる」という強欲な叫びの上げすぎで、喉を完全に潰していた。
彼を護衛する精鋭騎士団もまた、連日の残業と野宿で顔色は土色、目はバキバキに充血した「極限のお疲れ状態」である。
その頃、里の中では、サツキが鼻歌まじりに「お布団の天日干し」に精を出していた。
「あらあら、今日はお日様が元気ねぇ。これならアリアちゃんたちのシーツも、お日様の匂いでいっぱいになるわ」
サツキがふかふかになった布団を叩いていると、結界の向こう側から、何やら「アヒルの断末魔」のようなガラガラ声が聞こえてきた。
「あら? シロちゃん、聞こえるかしら。なんだか外で、喉を痛めた野良犬さん……いえ、アヒルさんが鳴いているみたいだわ」
「きゅう、きゅうっ(ママ、あれはアヒルじゃなくて、欲にまみれたおじいちゃんの声だよ。……あーあ、結界が開いちゃった)」
サツキが「空気が籠もるから」と、洗濯のついでに結界を大きく開放した瞬間だった。
森の中から、ボロボロの騎士たちに担がれた豪華な輿が、なだれ込むように庭へと侵入してきた。
「ここが……ハァ、ハァ……伝説の……里……。ガハッ! ゴホォッ!」
輿の中から現れたのは、金糸の法衣を纏った小太りの老人、大司教グレゴリオだった。彼はサツキを見据え、威厳たっぷりに(喉を鳴らしながら)指を差した。
「おい、そこの……ゴホッ! 女! この地を……ガハッ、教会の……直轄地として……ゴホォッ!」
あまりに酷いガラガラ声。サツキは恐怖を感じるどころか、その「深刻な喉の荒れ」に、お母さんとしての本能が火を吹いた。
「あらまぁ! なんてお行儀の悪い……じゃなくて、なんて酷い喉なの! そんな声で叫んだら、喉が真っ赤に腫れちゃうじゃない!」
「……な、……ガハッ!?」
「いいから、黙ってそこへ座りなさい。騎士の皆さんも、そんなに肩をいからせて……。目の下にそんな隈を作って、ちゃんと寝てないんでしょう?」
サツキの「全肯定おかんオーラ」が、騎士たちの戦意を根こそぎ溶かしていく。
精鋭騎士たちは、サツキが干した「太陽の香りがするふかふかのお布団」の魔力(?)に当てられ、次々にその場にへたり込んだ。
「……あぁ。……お日様の匂いだ。……昨日は、……冷たい地面だったのに……」
「……お、お母さん……。……オレ、……もう、……戦いたくないっす……」
「はいはい、お疲れ様。今、温かい麦茶を持ってきてあげるから。……で、大司教様とおっしゃったかしら。あなたはこれ、飲みなさい」
サツキが台所から持ってきたのは、ガラスの瓶に入った黄金色の液体。
一晩じっくりと大根をハチミツに漬け込んだ、サツキ特製の『ハチミツ大根』である。
「……ガハッ、……何だ、……毒……ゴホォッ!」
「毒なわけないでしょう。お口を開けて。……はい、あーん」
サツキの「聖母の強制力」の前に、大司教は抗う術もなく口を開けた。
とろりとした液体が、焼けるように痛んでいた彼の喉を優しくコーティングしていく。
「……っ!? ……あ、……あぁ……」
その瞬間、大司教グレゴリオの表情から険しさが消えた。
喉に宿っていた「欲という名の炎症」が、サツキの愛情たっぷりの民間療法によって浄化されていく。
そこへ、狩りから戻ってきたアリアたちが到着した。
「ママ! また変な集団が庭で寝っ転がってるよ! ……って、あれ? 本部のエロ大司教じゃない。ルナ、こいつ消していい?」
「……許可。……大司教、……不浄。……ママに、……近づく、……害虫。……焼き払う」
「お待ちになって、アリアさん。お母様がせっかくハチミツ大根で慈悲を与えておられるのですから、灰にするのはお説教が終わってからにしましょう」
セシルが冷ややかな笑みを浮かべ、大司教を見下ろす。
「……あ、……あぁ。……声が、……出る。……声が、……出るぞ!」
大司教が歓喜の声を上げた。ハチミツ大根の効果は絶大だった。
彼は再び威厳を取り戻そうと立ち上がったが、サツキの「コラッ」という一言で、その膝が折れた。
「声が出るようになったら、まずはお礼を言うのが常識でしょう? それに大司教様、あなた、部下の子たちをあんなに疲れさせて……お仕事の仕方が間違っているわよ」
「……え、……あ、……は、はい……」
「こんなにいい子たちが、あなたのために一生懸命歩いてくれたのよ。まずはこの子たちに『ありがとう』と言って、ちゃんとお休みをあげなさい。……できないなら、ママ、もうハチミツ大根作ってあげないからね?」
大司教は、サツキの「正論」と「おかんの威圧感」の前に、完全に沈黙した。
彼は、これまで自分が積み上げてきた権力や欲が、この「ハチミツ大根一杯」の慈愛に勝てないことを悟ったのである。
「…も、…申し訳……ありませんでした。……お前たち、今日はここで、ぐっすり眠るが良い。……私も、少し……休ませてもらう」
強欲だった大司教は、サツキに叱られたことで、ただの「喉のケアが必要なおじいちゃん」へと浄化された。
夕暮れ時。里の庭には、サツキが振る舞った「温かいお粥」を啜り、平和な寝息を立てる騎士団と大司教の姿があった。
(きゅう、きゅうっ。……結局、どんな偉い人が来ても、ママの『あーん』一発で家族にされちゃうんだよね。……おじいちゃん、お休み)
シロがサツキの膝の上で、満足げに喉を鳴らす。
里を包むのは、沈みゆく太陽の温かさと、サツキが口ずさむ優しい子守唄。
こうして、教会本部の接収計画は、一晩の安眠と一杯のハチミツ大根によって、跡形もなく霧散したのであった。




