23.「旧王家関連特別捜査官」
宮沢を見送ると、俺と大里は無言のまま、店を出た目の前にある喫煙所で同時にタバコに火をつけた。
一分ほどの沈黙が続いたのちに、大里が口を開く。
「やっさんすまねえ、俺もやっさんが昔可愛がってた子供らが今犯罪者とその仲間になってると思いたくなくて躍起になってんじゃねえかって、心のどこかで思ってた。許してくれ。」
そんなもの自分の中で処理すれば謝る必要もないのに、大里の昔から変わらない度を超えた正直さに俺は思わず笑みを浮かべてしまう。
「……宮沢の話聞いてさ、大野晁が極悪人だとはやっぱり俺にも思えねえな。」
会ったこともない大里の気持ちすら塗り替えるほどに、宮沢の話は大野晁という人間の性格や生き方をくっきりと表していた。
「それでも疑いがあれば逮捕する。あとはこの国の司法の手に委ねる。それが俺たちのやることで、相手が悪人だろうが違おうが何も変わらない。そうだろ里さん。」
俺は自分で言いながらも本当にこの国、はまだ信用に値して、大野晁を裁けるような立場にあるものなのかと訴えてくる何かを無理矢理かき消した。
2人の間に再びしばしの静寂が訪れたころ、安村の携帯が着信音を鳴らす。
「山辺か、どうした?」
電話の奥から山辺の深いため息が聞こえた。
直接顔を見ていなくてもどんな表情だか想像がつき、顔が綻んでしまう。
「やっさんよ、どうしたもこうしたもねえよ。お偉いさん方みんな旧王家にビビって逃げちまいやがった。俺たちゃ今日からお飾りの昇任で旧王家関連特別捜査官だってよ、バカバカしい。」
諦めたように山辺は言うが、安村も元々旧王家に関わる可能性のある事件に警察が真剣に対峙するとは思っていなかったので予想通りではあった。
しかしここまで逃げ腰かと苦笑いがこぼれた。
「了解、せいぜい好きなようにやらせてもらう。ケツ拭くのは任せたよ、山辺課長閣下。」
「あん、もうこれ以上拭きすぎたら切れ痔になっちまいそうだ、お手柔らかに頼むよ。安村班長殿。」
ニヤニヤしながら電話を切ると、目の前の大里も同じ笑みを浮かべていた。
「これから俺たちは、旧王家なんとか特別捜査官とかなんとかいうのになったらしい、好き勝手やらしてもらおう、里さん。」
「どっちにしろ好き勝手やるのは変わらないのによく言うぜ。まあいい、肩書きがなんだってあんたと山さんが俺たちのボスだ、それは変わらない。」
「物分かりのいい同期を持つってのはありがたい。まあこれで大義名分もできたことだ。岡崎たちに連絡してくれ、これから俺たちは旧王家、城島家に向かう。」
「そのなんちゃら特別なんちゃらになりたての初の命令に背くのもなんだが、やっさんすまねえ、朝言って覚えてねえとは思うが、今日は娘の誕生日なんだ。今日だと俺はお供できねえ、申し訳ない。」
一瞬、なにが娘の誕生日だと思った。しかしすぐに考えを改めた。
大里は家族のために働いているのだ。俺はそれを失った。むしろ俺の方が間違っている。
「そうだったな、こちらこそすまない里さん。ただ役職が変わったこの新たなチームでの任務は、ちゃんと拝命したのちに全員で始めるべきだ。明日、署から正式に全員で出動しよう。今日はまだ早いが解散だ、ケーキやらプレゼントやら用意しなきゃならないんだろ?奥さんにどやされちまう。どうせここから休みだっていつになるかわからないしな。」
そう言うと、大里は満面の笑みを浮かべた。
「あんた変わったのかもな、やっさん。昔なら聞きゃしなかった。」
そういう大里に無理やり数千円を足しにしてくれと受け取らせると、2人はその場で解散した。
まだ夕方だった。
何もしないことにはこの2年ほどで慣れていたはずだったが、この案件がスタートして以来、休むことが頭から抜け落ちていた。
昔よく行っていた幸歓ももうとっくに潰れてしまっていた。
どこかの店にでも寄ろうかと考えたが、そんな気力も湧いては来なかった。
コンビニでカップラーメンとおにぎりを2つ、それにタバコのカートンを買う。
家に帰ってテレビをつけても、昔と違って何も面白く感じない。自分の感性のせいもあるだろうが、規制によってなのか、事実昔より内容がつまらなくなっているのだろうと感じる。
しかし、完全な1人よりはBGM代わりにでもつけずにはいられなかった。1人だと実感したくなかったのかもしれない。
貧相ないつも通りの食卓で、安村はテレビの画面を何の気持ちもなく眺めながら、今日の宮沢の話、大野のこと、城島、坂本、中井のこと、山辺との電話、大里の家族のこと、新内との言い争いなどを逡巡させていた。
急に娘の声が聞きたくなった。
妻の連絡先はまだ残っている。携帯を操作してその名前に辿り着くと、電話番号を押す。
発信とキャンセルの文字が並んでいた。
意を決して発信ボタンを押そうとするが、直前で踏みとどまってキャンセルを押す。
座っているソファの端に携帯を投げ捨てた。俺が寂しいだけで、俺から連絡が来てあちらが本当に喜ぶのか。俺の寂しさをぶつけるだけだ。
娘の誕生日はいつだったか考えたが思い出せなかった。ほら見ろ、土台お前は大里のような博愛の人どころか、父親にもなれちゃいなかったんだと自分を嘲笑する。
子供が生まれたという妻と母の病院からの電話を、そうかおめでとう、とだけ言って切った張り込み中の雪の日が突然フラッシュバックした。あの時の他人事のようなおめでとうは、母からとんでもない大目玉を食らったものだ。
冬、雪の日。あれは何月だったろう。
もう少しで思い出せそうな気もしたが、辛くなる前に安村は考えるのをやめた。
明日は下手したらシンやアサと会うことになる。奴ら一体どんな人間になっているだろうか。
そう考えると気づいたら口元が綻んでいる自分に気づく。
ダメだ、父兄参観でもあるまいし。
明日俺はあいつらに手錠かけなきゃいけないかもしれないんだ。悪かもわからないあいつらに。
そう思って鏡を見ると、いつもの仏頂面がこちらを見つめていて安村は安堵した。
今日はもう眠ろう。この件が落着して、もし気持ちが決まったら妻と娘に連絡する気にもなれるかもしれない。
いや、夢で会えれば十分か。無理矢理思考を止め布団に潜り込む。
その後は考えを巡らす暇もなく、安村は深い眠りに落ちていた。




