22.「刑事が一匹」
新内が帰った後、俺はぼうっとしながらタバコに火をつけ続け、なくなるとコンビニで三箱ほど追加しながらも坂本江関連のテレビ映像を見続けていた。
大里や岡崎も直帰すると大里から連絡があった。
どうやら大野の関係者には繋がれて、明日一緒に会ってくれとのことだった。
本来は進展に喜ぶべきなのだろうが、新内に言われたことが頭に引っかかり、素直に喜んでいられなかった。
日付も跨いだ数時間が経った。
安村は椅子の背もたれに寄りかかり、画面を見続けていたが、全て無駄なことのように思われた。
とっくにコウや記者の発言は一字一句残らず正確に記憶してしまっていたし、これ以上画面の中に手がかりが残されているようには思えなかった。
とうとうコウのニュースが終わっても巻き戻すことをやめ、続く過去のニュースを無心で眺めていた。
するとコウのニュースから3つ後、1人の顔を見た瞬間に背中に電流が走った。
そこにいたんだな、4人目。
眠気に支配されていた脳が全力で動き始める感覚が心地よかった。
その見出しに躍るのは「彼」の名前。
それに続くのは、新総理、旧王家と会食。
「まさか旧王家の末裔とはな、参ったぜ。」
動く見知った笑顔の下には、光太郎氏の息子、心氏とテロップが入っている。
「シン、城島心、か。また会っちまったな。」
ここまで来ると5人目も必ず現れるであろうという確信めいたものが安村には生まれはじめた。
政界にいた坂本江、中井俊。
王家の末裔、城島心。
犯罪者として追われている大野晁。
この4人がどう繋がっているのかはいまだに皆目検討もついていない。
しかし、大野を誰かが匿っていたとしたら。
いや、そんな簡単なことなのか、あの元少年たちはそんなわかりやすい人間だったか。
頭を駆け巡る考えを一旦振り払い、報告書を書きながら山辺らが来るのを待ちはじめた。
定刻20分前、岡崎と大里が現れた。
「やっさんやたらに早いじゃねえか、真相に近づくと興奮しすぎちまうのはあんたの悪い癖だぜ。」
大里はそう言うと、安村が自分より早く来るのを見越していたかのように安村に缶コーヒーを手渡す。
岡崎はそれをにこやかに見ていた。
岡崎は30台前半で独身だ。丸顔で美人とまでは言わないが、明るくてころころ笑って人見知りしないために同僚や上司から人気がある。
「こちらも手がかりありだ、大里。俺が言っていた大野晁と坂本江の残り3人の少年時代の親友。1人は元内閣官房審議官の中井俊。1人は旧王家の末裔、城島心だ。」
岡崎の顔から笑顔が消え、大里は低い唸り声を上げて腕組みをした。
「どこまで関係あるのかわからねえが、そんなビッグネームがポンポン出てくるのは只事じゃあねえな。こっちの話も聞かせてやるか、な、岡崎よ。」
岡崎は安村の話に動揺していたが、無理矢理切り替えて真顔に戻り話し始める。
「は、はい。大野晁が営んでいた会社の元従業員の宮沢という男を見つけ出し、連絡を取ることができました。しかもただの従業員ではなく、住み込みで大野やその妻に世話になっていたとか。今日の昼、仕事の休憩中に会ってもらえるようにアポ取ってあります。」
次は俺が腕組みをする番だった。
今日アサがどんな男になっていて、どんな理由で罪を犯したのかが分かることに、喜びが半分と、なぜか怖さも少しあった。
「了解、よくやってくれた。まずは山辺が来るのを待って全て報告。そのあと岡崎は新内と一緒に坂本家を張り込んでほしい。可能性は薄いかもしれないがやる価値はある。」
「わかりました。宮沢さんには安村さんがお会いになりますか?」
「ああ、俺と大里で会おう。そのあと旧王家にも行かなけりゃな。」
俺がそういうと、大里は渋い顔をして唸るように話す。
「旧王家まで絡んでくると、お偉方たちは首を突っ込みたくなくなるだろうが、どう動くだろうな。」
確かにそうだ。「彼」やその部下、旧王家などはタブーであるというのが今の警察の暗黙の了解だった。触らぬ神に祟りなしということなのだろう。
「関係ねえ、俺たちが気にするのは事件だけだ。周りの薄汚い連中じゃねえ、そうだろ?」
大里に笑いかけると、大里も黄色い歯を見せて笑った。
山辺が来ると、俺たちはそれぞれ報告をした。
山辺は頭を抱えてはいたが、か細い声でわかった、上に報告しておくと呟き部屋を後にしようとした。
「やっさん、大里、くれぐれも無茶だけはするな。無闇に政界や旧王家に首を突っ込まないようにだけするんだ。上が動くならまだしも、俺たちだけがバカ見ることなんてあっちゃいけないからな、頼むぞ。」
そう言い残すと大きなため息をひとつつき、お偉方の部屋へ向かっていった。
そのあと岡崎と、目を合わせようとしない新内に坂本邸の監視を任せると、大里の運転で岡崎に伝えられた喫茶店へ向かった。
これで宮沢と会って、もし、大野晁は稀代の大悪人だ、坂本も城島も中井も大野の共犯だ、なんて言われたら。
俺は何度も頭を通り過ぎる最悪の考えを無理矢理脳内から葬り去る。
車を近くの有料駐車場に停めると、大里と2人で喫茶店まで少し歩いた。
間も無く辿り着こうかという時、喫茶店の古びた立て看板の横に立つ背の高い細身の男が目に入った。
男もほぼ同時にこちらに気づいたようで、小走りで駆け寄ってくる。
「もしかして、警察の方ですか。」
俺はすぐに返答はせず、一瞬大里の顔を確認する。
大里は少し頷くと、小さく咳払いをして返答した。
「あなたが宮沢さんですか。こちらが安村警部、僕が大里と申します。お時間とらせて申し訳ないのですが、是非大野晁のお話をお聞きしたい。」
「はい、宮沢浩文と申します。岡崎さんという方から話は伺っています。むしろこちらも是非話させていただきたかったので好都合です。」
宮沢は普段から明るいのであろうと推察されるタイプの男だが、なぜかその奥に怒りが隠されているように感じられた。
「それでは一旦入りましょうか。」
大里はくしゃっとした犬のように人懐っこく見える笑顔を浮かべると、安村と宮沢を店内に誘導し、テーブルに着かせた。
こういった初対面の相手に緊張をさせない、懐に入り込むような技術に関しては、俺は大里の足元にも及んでいない自覚があった。
俺はとりあえず呼び鈴を鳴らし、宮沢に了解を取ったのち、アイスコーヒーを2つとミルクセーキを1つ頼んだ。
コーヒーが昔から苦手で、若い頃はよく山辺や大里にバカにされたものだった。
しかし、どうせ同じ金を払って頼むなら、苦手なものを格好をつけて無理矢理飲むより、好きな甘いものを飲んだ方がよほど健全だ、というのが俺の持論だった。
その注文と安村の見た目のギャップが面白かったのか、ほんの少しで宮沢の口角が上がるのを見て、安村は宮沢の怒りはアサに向いているものではないと確信した。
これから恨みのある相手、もしくは好きではない相手をここぞとばかりに訴えてやろう、といった空気は全く感じられなかったからだ。
「大野晁とはどういうご関係でしたか。」
俺はこれを好機と思い口を開く。
「アサさんは自分が雇ってもらっていた社長、といえばそれまでですが、アサさんにも奥さんにもとにかく良くしてもらいました。言うなれば歳は近いけど、まるで親父とお袋でした。レイくんは俺たちにとっても弟のようでした。」
アサに妻子がいたのは既に警察が調べ上げていたので特段驚きはない。
宮沢の、話しながら懐かしむような目と、目の奥にある消えない憤りを見ると、本当にアサやその家族を大切に思っていたことがひしひしと感じられた。
少し驚いている自分に、どこかで自分の中にも新内と同じくアサを極悪人なのではないかと疑っている部分があったのだと嫌でも気付かされた。
「失礼ですが、宮沢さんと大野はなぜそのような雇用関係を超えた関係になられたのでしょうか。」
俺は宮沢の目をしっかりと見ながら言った。
大野晁の真実に近づくかもしれない言葉を、挙動を、一つたりとも聴き逃したり見逃したくなかった。
「刑事さんたちならよく聞くようなありふれた話かもしれませんが、恥ずかしながら僕はどうしようもない青春時代を送ってきてしまいまして。未成年の時にはお二人のお仲間の世話になったこともあります。」
話の内容とは裏腹に、穏やかな笑顔と口調を保ちながら宮沢は話を続ける。
「もちろん仕事もなく、たまにありついてもすぐ辞めて、どうしようもない生活をしていました。そこにアサさんが、、アサやんが声をかけてくれた。」
宮沢は少し声を震わせる。
宮沢は少し声を震わせ始める。正直な男なのだろう、そしてアサの呼び方が変わったあたりから、やはり生半可な関係値ではなかったのだろうこともはっきりと感じられた。
「アサやんがあの時、どうしようもない自分に声かけてくれてなかったら、あのままだったらと思うと……考えたくもありません。他にも職場の上司をぶん殴っちゃった奴、どうしようもない不良、、アサやんと宵さんは本当に俺たちのことを可愛がってくれたし、住ませてくれて、食べさせてくれて…。ねえ、安浦さん。アサやんはただの人殺しなんかじゃないんだ。それを言うなら宵さんやマサトを殺したのはあいつらみたいなもんなんだ、アサやんをどうにか助けてやってくれませんか、それか無理なら今からでも俺だってことにできませんか、お願いしますよ、なんとかしてよ。」
宮沢はそうまくしたてながら、大粒の涙を流して土下座までして見せようとした。
大里が驚いて止めたことで先に戻ったが、宮沢の嗚咽は止まらなかった。
俺はアサと宮沢の絆に感じ入ると同時に、俺の見てきたアサがそのまま成長していたのだと確信し、喜びに似た感情が湧き上がっていた。
やはりあいつは変わってなんかいなかったのだ。
しかし、聞き逃せないこともあった。
「宵さんってのは、大野晁の亡くなった妻の大野宵さんのことですね。マサトってのはお友達ですか。あいつらに殺されたと仰いましたが、あいつらとは誰で、なぜ殺されたと言われるのですか。」
「……宵さんは元々身体が弱かった。アサやんは宵さんの薬代とか病院代もめちゃくちゃ払って、その上で俺たちの世話までしてくれてたんだ。だから国からの工事の下請けの仕事が来た時、みんなにもっといい暮らしさせられるって喜んでた。なのにあいつら、国のクズどもがあまりにも中抜きするとかで、アサやんは文句言ったんだ。」
最近では当たり前のようによく聞く話だ。
腐った官僚が私腹を肥やしたり、前からもあったことだがさらに常識かのように聞くようになった。
宮沢はアイスコーヒーをストローで思い切り吸い込んで大きく息を吐いたのちに話を続けた。
「そしたらあいつら、周りの業者にも圧力かけて他の仕事まで全部止めやがった。周りもあんなに仲良くしてたアサやんのことをまるで知らないやつみたいに無視したんだ。金も入ってこない、何もない中で、アサやんは俺たちに気にすんな、給料減ったらごめんなって変わらず飯食わしてくれた。そしたら他の国の現場に日雇いで出てたマサト…仲間が突然事故死、アサやんはなんにもできなくなっちまって…それでも変わらずだ。」
宮沢は一度止まりかけた涙がまた溢れ出してきたようだった。気づけば大里も一緒に嗚咽している。
「……それでも宵さんがアサやんの代わりに昼も夜も働いて、仕事中亡くなると、アサやんは飯も食わずにただ呆然としてた。葬儀が終わると俺たちに頭を下げて、1人ずつ金を渡してきた。俺たちは断って、まだ頑張ろうって言ったけど…ごめんなって何度も言われたら断れなかった。」
宮沢はそう言い終わると、俺と大里の目を交互に見つめた。
「その後のことは岡崎さんに聞くまで知らなかった。でも刑事さん、今の話は誓って全部本当だよ、だからなんとかアサやんを…俺たちの社長を助けてやってほしい。」




