20.「警部の独り言」
まさか、あの時の少年たちの1人が王家の末裔で、1人が政治家の先生になって、1人が犯罪者になるとは夢にも思っていなかった。
やはり俺には生来の刑事の勘なんてものには縁もゆかりもないのだろう。
安村誠はそう自嘲した。
あの時の5人の少年のうち、1人と再会したのは家で付けたテレビだった。
フルネームは今この時まで知らなかったが、コウという少し皮肉屋で、シンに引っ張られていた少年はこの国の第一党の党首となり、俺の憧れのスターを告発、真っ向勝負していた。
その時食べていたカップラーメンを鼻と口から噴射してえらく咳き込んだのは忘れることはできないだろう。
俺も駐在から警部まで異例の昇格を果たして立派になった気でいたが、振れ幅の大きさには天地の差があるように見えた。
俺は当時弟のように可愛がっていた少年の1人と、若い頃の自分を投影した、憧れだったスターとのどちらに肩入れもできず、ニュースで流れる彼らを毎晩固唾を飲んで見守っていた。
やはりと言うべきなのか、コウは「彼」に敗れた。
テレビの前でうめき声を上げる俺に娘と当時の妻が驚いて駆け寄って来たのを覚えている。
そのあと一ヶ月ほどは、コウによる「彼」の疑惑に関しての捏造が罪に問われるか、コウの私生活や家族構成など明らかに彼をバッシングする内容が一ヶ月ほど流れ、俺は辟易した。
コウがこの15年ほどでどれだけ変わってしまったとしても、他人の罪を捏造して蹴落とすようなことを考える男に成長するだろうか。
もちろん彼はつい先日まで立派な政治家先生だったわけで、その力学で曲がってしまってもおかしくないことは理解しているつもりだった。
ただ、彼らの語り口や笑顔、奏でていた「退廃音楽」ことロックンロールを思い出すと、信じられないような気持ちになった。
コウに関する報道が途切れ、半年と少し経ったある日、俺はコウに会いに行こうと思い立った。
今から考えたら仕事に邁進しすぎて、妻と娘に逃げられたことも一つの遠因だったのかもしれない。
とにかく会いたかった。
自分の見る目が濁っていないか、あの時の思い出は綺麗なまま生きているのか。
慰めたいなんてことは表向きで、俺はそれだけを確かめたくてコウの実家である坂本家を調べ、休みの日にダークグレーのスーツで向かった。
大きな門と柵の前に車を停め、インターホンを押す。
女性の声で返答があり、俺は坂本江さんに会いたいと伝えた。
少しの沈黙があった後、女は小さな声で、すぐ参りますのでお待ちください、と言った。
3分ほど待つと、和装で小柄な女性が現れた。
大きな目、高めの鼻、小さな口。目以外のパーツや身体の全てが小柄なことがさらに大きな目を引き立たせていた。
特段顔が似ているわけでもないが、一目見てこの女はコウの妹だろうと思った。美人というわけではないが、かわいらしい女性だと、素直に感じた。
「坂本江の妹で、清華と申します。本日は兄にどういったご用件でしょうか。申し訳ないのですが、兄はもう一般人でして、取材などは遠慮していただいておりますが。」
可愛らしい外見とは裏腹に、強い語調で清華は言う。
よほど報道のやつらに酷い目に遭わされたに違いない。瞳にはこの女性に似つかわしくない苛立ちや憎しみに似た炎が小さく灯っていた。
「取材ではありません。名乗るのが遅れましたが、私、安村誠というものです。江さんが学生の時の友人です。個人的にお会いしにきました。」
そういうと清華は、またも似つかわしくない、嘲笑に似たような笑みを小さく浮かべた。
「ずいぶんと歳の離れたお友達ですのね。まあいいです、それを信じたとして兄は今どこに行ったのかこちらでも分かりかねている状況でして、こちらからお繋ぎすることはできません。もし会いたければ、電話やメールなどの方で連絡していただいた方がよいかと思います。もし知っていれば、の話ですが。」
失礼します、と小さく言うと、坂本清華は似合わない笑みを顔に貼り付けたまま、門を閉じた。
十中八九、彼女はコウの居場所を知り、隠しているのだと直感した。
ただ果たして今、坂本江と無理矢理に会うことに何の意味があるだろうか。
傷ついた人間やその家族に、自己満足を思い切りぶつけられるほど、俺は図太い人間ではないのだなと感じ、気づけば苦笑していた。
それから一年ほど経ったころだろうか。
相変わらずコウの話題は世の中からすっかり消えてしまったようだった。
「彼」がトップになってからというもの、おかしな法律が乱発、軍や警察のトップも刷新されたことで、俺たちの仕事も様変わりした。
軍の堂上大臣は、「彼」が政権をとってすぐに基地の執務室で首を吊ったので、諫死だという者、自殺に見せかけた「彼」による暗殺だという者、色々いたが、兎にも角にも俺の青春のスターであった「彼」への憧れはほとんど完全に失われてしまった。
俺はといえば、ホームレスや老人を理由なくしょっぴいたり、脅して青年たちを国軍に無理矢理ぶち込むことが自分の本来の職務だとはどうしても思えず、また無理矢理に思い込むこともできなかった。
この仕事をしようと決めた時の自分に、また少年たちに偉そうに語った正義に、恥じるようなことはしたくなかった。
辞めようかとも思ったが、上司に慰留され、特に降格もなく連行の任務に充てられることもなくなった。
しかし、名ばかりの刑事に回ってくる仕事といえば、膨大な書類の整理や、交通整理、酔っ払いや喧嘩、たまの大きな事件への、何の権限もない応援くらいのものだった。
妻子にも逃げられ、お飾りになった自分が何をするべきなのかわからなくなっていた時に俺の目を覚ましたのは、同僚との昼飯時に聞いた犯罪者の名前だった。
「やっさんと代わってもらいたいよ、今回のヤマ。女みたいな名前したやつが、よりによって建設大臣の腹心を半殺しにして逃げやがって、しかもあとで死んじまったってんだからね。やっさんもいらん意地張ってないで頭下げて戻って来ておくれよ、ね。頼むよ。」
昔からの同僚で、今は課長になった山辺が言う。
他の奴から言われれば腹が立つかもしれないと思ったが、この口数の多い眼鏡の男は付き合いの長さを差し引いても気に障ったことのない珍しい男だった。
「へぇ、このご時世にすごい奴がいるもんだな。俺だって何か間違ってたらそっち側に回ってたかもしれないな、少なくともこんな世の中じゃあな…」
俺が答えると山辺は少し慌てたように話を遮る。
「やっさん、バカなこと言っちゃいけねえ。あんな女みたいな名前の土方と、やっさんを一緒にしちゃいけねえよ。なんだったっけな、名前が出てこねえ。昼みてえな夜みてえなさ。」
俺はなぜか確信と共に席から立ち上がった。
まだ手をつけていなかった俺と山辺の定食の味噌汁が半分以上こぼれてしまった。
「おいおい、やっさん、どうしたんだよいきなり、びちょびちょじゃないのよ、本当何なんだい。」
「アサじゃないのか。」
「は?何言ってんだよ、怖いよこの人はほんとう。」
「違う!その犯人の名前だ、アサじゃなかったか。」
「……ああ、そうだ、思い出したよ、アサ!大野晁だ。ただやっさん、なんで犯人の名前知ってんの?」
山辺に軽く事情を説明すると、山辺は大きく驚いたのち、2人で定食の残りをかき込み店を出た。
今回の事件の本部に連れて行って話をしてもらうといい、俺たちは署のエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターの中で、俺は動揺と高揚に入り混じって何か消えていたものが胸にもう一度灯るのを感じていた。
坂本江、大野晁、5人の少年たち、「彼」、堂上大臣。
そこに何の因果があるのかは俺にも見出せなかったが頭の中で羅列して、取り残されたくない、突然そう思った瞬間、気づいたら笑みを浮かべている自分に少し怖くなった。




