15.「現在地」
「こんな抽象的なスローガンじゃ何もわからないな、まずはナナちゃんの話を聞いてほしい。」
自分で失笑しながらシンは奈々子に話を振る。
奈々子は、シンの国を変えようというセリフに呆然としていたものの、気を取り直したように真面目な表情に戻る。
「はい、単刀直入に申します。私がシン様にお仕えした理由にも繋がるのですが、終身刑とされた兄の庄司、正吾、弟の雄七を助命いただきたい。私の望みはそれしかありません。」
終身刑。そう簡単に科される罰ではない。
奈々子の兄弟を思う気持ちに嘘はないのだろうが、その罪を犯した兄弟を救うことは果たして正しいことだろうか。
「終身刑ってのは穏やかじゃない。お兄さんたちは何やらかして捕まったのか教えてくれないか。」
俺は率直な疑問を投げかけると、奈々子は鋭い目で俺のことを睨みつける。
その目はすぐ潤むと、絞り出すような声で言った。
「お兄ちゃんたちは何もしてない、、何もしてないのに捕まえたのはあなたたち政治家じゃないんですか。」
佐藤がいつのまにか奈々子の元へ行き、軽く頭に手を置くと奈々子は佐藤の腹のあたりにしがみつき顔を埋めた。
「ナナちゃん、コウはあの法律に関わっていない。制定される時にまだもしコウが政治家だったら絶対に反対しただろう。」
シンが優しげな口調でそう言うと、その後暫しの沈黙があり、奈々子は佐藤から顔を離すと、
「取り乱しました。申し訳ありません。」
と一言だけ述べて下を向いてしまった。
その法律?何のことだ。
2年間引きこもってテレビやネットもせずに外界を遮断していた俺には恥ずかしながらなんの知識もなかった。
「なんのことだって顔をしてるな、コウ。「彼」は海外に備えるとかいう名目で、徴兵を始めた。国家強靭法だ。」
徴兵。その単語で記憶が甦る。「彼」が推し進めようとしていたことじゃないか。わかっていたはずじゃないか。ただ、いざそうなっていると聞かされるとやはり衝撃が走った。
「今はまだ第一段階。今年から18歳以上、30歳未満の若い男を施設に入れて兵役に就かせる。一定のカネを払ったもの、長男、身体が不自由なもの。公務員。それ以外全てだ。」
「待て、そんなことが許されるはずがない。選挙を通るはずがない。東阿は民主国家のはずだろう。」
「コウ、君が「彼」にボロボロにされた2年前の選挙を覚えてるか。コウがその前の選挙結果の不正、「彼」の軍国化計画。その2つを国民に伝えようとしたあの選挙だ。」
忘れたくても忘れられるはずがない。俺がどん底まで叩きつけられて、国民の敵扱いされたあの選挙のことを。
「あれから東阿で年に一度の選挙は行われていないし、これからも行われることはないだろう。そのあと通過する法案は、徴兵制やら増税、姥捨山みたいなのとか、そんなのだ。それに徴兵制拡大、武器工場、通りかけてるのはそんなのばっかりだ。」
なぜ清華、勇らは教えてくれなかったのだろう。
もうまるでどこか遠い国の話を聞いてるような気分で頭が混乱していた。
「あれは俺も憤りが隠せなかった。しかしだ、お嬢ちゃん。それとあんたの兄弟さんたちの逮捕と、何の関係があるってんだ?」
ここまで黙っていたアサが問いかけると、奈々子は下を向いたまま答える。
「…去年できた老人法、ご存知ですよね。働いていない70を超えた高齢者は一定の税金を支払わない限り国の施設に強制入所させられる。そして面会もできず、生きているのかもわからない。」
全てが俺の知らないことばかりで、俺は叫び出したくなった。俺があの時負けたことが、この世界を作ったのだとしたら。
「母はガンでした。働けない母を施設なんかに入れないために、兄たちは必死に働きました。私も学校をやめました。それでも…足りなかった。」
「ある日、軍の人たちが母を連れに来ました。でも新兵みたいなのが数名で、あまりやる気もなかったのか、こちらに共感してくれたのか、兄たちが追い返してくれました。」
シンだけではなく、佐藤と吉野夫妻はこの話を知っているのだろう。神妙な面持ちで聞いている。
「でも2日後です、兄さんたちが漁に出て、私と母だけの時に、隊長のような男と部下が数名来ました。私も母もとにかく必死でした。そうしたら…そしたら…」
「私が引き継ぎましょう。」
泣き始める奈々子の隣で、サングラスの奥から涙を流しているように見える佐藤がそう言い、続けた。
「この浜田奈々子の母親は、抵抗した咎でその場で撃たれて殺されました。それを知った兄2人と、奈々子の双子の弟が兵舎を襲い拘束。長男ではなかったこともあって兵役を無視していたことも重なり、後日終身刑と宣告されたとのことです。」
そんなことがあっていいはずがない。ここは民主国家、敗戦で変わった国、東阿だ。
ただこれはシン、佐藤、奈々子、吉野夫妻の顔を見る限り嘘ではないのだろう。
アサも動じずに目に怒りを宿している。
これが全て本当だとしたら、責任の一端は俺にもあるはずだ。
俺はモヤモヤをどうぶつけていいかも、奈々子に対してどういう言葉をかけていいかも分からず、そのまま黙るしかなかった。




