13.「幸歓」
引き戸を開けると、手前のテーブルには背を向けているが社会人だと新卒ぐらいの年齢だろうか、スーツを着た細身の女が1人と、小学校低学年ぐらいの男の子が2人と女の子が1人。
シングルマザーにしては若すぎるな、などとどうでもいいことを考える。
奥にある厨房は中がよく見え、黒縁眼鏡でザ・中年といった感じの50前後であろう小太りの男が一心不乱に鍋を振るっていた。
テンプレートのような帽子と白衣を着た、わかりやすい中華料理屋の親父といった感じだ。
その横では男の母親だろうか、店主と同じ白衣を着た60後半から70くらいの婆さんがたまった食器を洗っている。
そして同じユニフォームの30代くらいに見える従業員の女が1人、子供達のテーブルにラーメンを配膳している。
女はラーメンをテーブルに置いてから入り口の方を見て、一瞬ドキッとした顔をしたが一瞬で笑顔を作った。
おそらくテレビかネットかで俺のことを知っているのだろう。
「いらっしゃいませ、一名様ですか?」
女は化粧っ気はないが本来美人なのだろうことが窺えた。
切れ長の目に薄い真っ赤な唇。
その上に日々の疲れが靄をかけているように見えた。
俺はシンとアサがいないことを確認すると、
「すみません、もう着いてると聞いたんですけどまだ来てないみたいだ。あと2人くるんですが、座って待たせていただいてもいいですか?」
「はい、もちろんです!」
女が言い終わるかどうかのうちに、
「着いたみたいだね。勇作さん、悪いんだけど暖簾はもう下ろしてもらうことってできるかな?」
聞き覚えのある声と話し方だ。
「はい、もちろんです。じゃあやっぱり坂本先生でいらっしゃる。すぐ下げてきますんでお待ちください。相子、暖簾!」
もうただの引きこもりの俺のことを先生という人間がまだいるとは。
まあ政治家の時から、特に歳上に先生だの言われるのは気分はよくないものだが。
相子とよばれた女が外へ駆け出していくと、よく見ると右側にある半個室のような席から男がぬるっと出てくる。
「やあ、コウ。2年ぶりかな?僕も先生って呼んだ方がいい?」
相変わらず人を小馬鹿にしたような城島心がそこにいた。
俺はさっきの車内でのイライラを思い出したがグッと抑えながら、従業員には聞こえないように声量を落とし、
「お前にしては珍しいとこに呼び出すじゃねえかシン。まさか東阿の元王家は没落してこんな寂れた中華屋で御会談か?何の用で俺を呼び出した。」
シンが答える前に、いつのまにか真横に立っていた店主であろう男が口を開いた。
「坂本先生、うちはなんと言われても構いません。俺は確かに料理こしらえることしか能のないなんてことないその辺の親父ですし、店だって寂れてるのに間違いありません。ただ、大恩のあるシンぼっちゃんのことを悪く言われるのは看過できません。」
やっちまったと思った。過去のことがありシンに腹は立っていたが、関係のない店に大してなんの悪意もなかった。
しかもシンの関係者だったとは、余計なことを言ってしまった。
「、、申し訳ありません、シンとは腐れ縁で、個人的に思うところがあったものですから、全くお店やご主人に他意はなかったのですが昂って余計なことを言いました。本当に申し訳ない。」
すると分かりやすく怒りの表情を浮かべていた店主はすぐに笑顔を浮かべると、
「いいんです、シンぼっちゃんからも話を聞いてましたし、何より俺は元々坂本先生のフアンですから。遠いところでお腹も空かれてるでしょう、もしよかったら幸歓の名物料理を食べていってください。」
そういうとシンと俺を後ろから急かすように、先ほどシンが出てきた半個室に追いやる。
店主に対する罪悪感で胸は痛かったが、シンへの苛立ちはそう簡単に消えるものではなかった。
席に着くが、アサはまだいないようだった。
真正面に座るシンを少し睨むと、シンは肩をすくめるようなふざけた動きをした。
こいつはやはり昔から変わらず何の反省もしない男なんだ。
そう確信すると次こそは言ってやろうと俺は口を開こうとする。
そこに後ろから間抜けな声が響き渡った。
「おおお!コウちゃん!久しぶりじゃん!」
振り返ると鼻の下と顎に無精髭を蓄えた、半袖のアロハシャツを着た能天気そうな男。
しかしよく見ると目だけは爛々と輝いている。
おそらく20年ぶりに近いが間違いようもない、
大人になった大野晁がそこにいた。




