12.「車中にて」
やることもなくベランダから外を眺めていると、約束通りにアパートの下にシンからの迎えの車はやってきた。
昔見ていたのとは違うが、暗くて大きな車だ。
ボロアパートの目の前に駐車されるのにはあまり似つかわしいとはいえないだろう、誰かに注目される前に早く乗ってボロアパートに平穏を取り戻そう。
車の運転席側に立ち会釈すると、ちょうど電話をかけてくれようとしていたのだろう、見慣れたサングラスとスーツの小太りの男が驚いた様子でこちらを見る。
すぐ後ろのドアが開かれ、即座に乗り込む。
「久しぶり、佐藤さん。また少し太ったんじゃないか?」
「覚えていてくださいましたか、コウ様。コウ様の方は少しお疲れの様子で。」
こちらを向くことはないが、昔と変わらない会話に少しニヤついているのがミラー越しにもわかる。
「ああ、疲れたとも。佐藤さんと最後会ってから2年近く何もできずに引きこもるぐらいにはね。とりあえずこの黒塗りの高級車はここには似つかわしくないんだ、早く出してよ。」
「かしこまりました、ここに似つかわしくないのは車よりあなたのような気が私にはしてしまいますけどね。」
佐藤の表情はうまく読み取れなかったが、単純そうに見えるこの男にしては意味深なことを言う。
車はゆっくりと再びエンジンをかけ、発車した。
「少しお時間いただきます、もしお疲れならお休みいただいても構いません。」
「佐藤さん、さっきもいったけど俺は時間なら腐るほどある。何日まるまる寝てたって死んでたって誰も気にしたりしないよ、疲れたりしてないさ。」
「そうですか、失礼いたしました。しかしシン様はコウ様が政治家をやめられてからというもの、ずっとコウ様のことを考えられてこう仰います。シンは国にも政治にも、国民にも疲れてしまったのだなと。あとご自身にも、と。」
なにか深いところに、ぐさりと来た。
きっとまだ自分のことをシンが忘れていないという少しの嬉しさや安堵もあった。
しかしすぐに押し寄せてきたのは苛立ち、少しの憎しみにも近い感情だった。
シンは何を偉そうに分かったような口を聞いてやがる。あいつに何がわかるんだ。
俺は失脚した二世政治家、あいつは中心を離れたとはいえ、その血筋に、歴史に、国民から未だ畏敬の目を向けられ続ける王族の正当な時期当主様だ。
そんなことはいい、それは仕方ない。
ただ俺を心配するような、わかったような口を利くあいつ自身が、俺を今こうやって地獄に叩き落とした原因であることをシンは、城島心は正しく理解しているのか?
そして俺はそいつの元へノコノコ向かうわけだ。
もしあいつが謝りもせず偉そうにしやがったら王族だろうが親友だろうが関係ない、ぶん殴って帰ってやろう。
俺は1人で逡巡してそう決めると、佐藤へはだんまりを決め込んだ。
再び口を開かざるを得なくなったのはあまりにも車が止まらないからだ。
「佐藤さん、これ本当にシンの家に向かってるのか?」
たしか都のはずれに住んでいる俺のアパートから、都の中心部に住んでいるシンの家まではどう長くても1時間やそこらで着くはずだ。
それがもう軽く2時間はかかっている。
「ああ、申し訳ありません、お伝えし忘れておりました。向かうのはシン様の屋敷ではございません。」
「だからじゃあどこに行くんだ。」
シンが外に出るにしたってあいつが行くのは都の高級なレストランやそこらだろう。
今窓から外を見ると、標識が示す地名からは明らかに都を飛び出しており、隣の海に面した県に入り込んでいる。
もちろん都の隣の県なのである程度は栄えていて大きな繁華街などもあるが、方向的にはそちらに向かっているとも思えなかった。
むしろ今はさびれてしまった観光地の方に進んでいる。
「まもなく到着しますのでお待ちを。」
そう佐藤が言ってから15分ほどで車は停まった。
「こちらのお店になります、私は車を停めて後から参りますのでお先にお入りください。シン様とアサ様はもう着いておいでです。」
コウは店の前に降ろされて周りを見渡す。
営業しているのかわからない、看板の電気が消えたり点いたりを繰り返している寿司屋。
今日の営業を終えたのか、それとももう何年も営業されていないのか、おそらく後者なのだろう。
シャッターが閉まった土産物屋や、洋服屋、飲食店、バーなどが五軒ほど立ち並んでいる。
その隣に煌々と電気を灯し、暖簾のかかった店があった。
古びた外観だが、どこか懐かしさがある。
なんの店かは書いていないが、明らかに安めの中華料理店であろうと見た目だけですぐ理解できる。
暖簾に書かれた名前は「幸歓」。
シンがおよそ会食に選びそうな店ではないが、佐藤が言うからにはそうなのだろう。
コウは人と会うこともさっきの佐藤が久しぶりなため、先ほどのシンへの苛立ちよりも緊張が勝った状態で引き戸をゆっくりと開けた。




