10.「アサ」
インターホンの声の主は、刈りたてより少し伸びてきたのであろうという丸坊主の少年だった。幼さがあり年下のように見えるが、顔のパーツひとつひとつは女性的にも見える。
眼力が異常に強いというのか、圧倒されるような大きい眼の、中でも黒目が異様にキラキラと輝いているのが特徴的だ。
一回見ると忘れることはないと断言できる様な顔だった。
迷惑な来訪者であるシンが自分が住む家も含む大きな敷地の主の息子であると気づくと恐縮し切った様子で俺たちを家の中に迎え入れた。
シンにあとで聞いたところによると、シンと父親の元へ新しく赴任した大野さんが息子を連れて挨拶に来た際に顔を合わせたのだという。
だからシンの顔や声を知っていたし、父親からもこの大邸宅と広大な敷地の主の話はしっかり聞かされていたのだろう。
それゆえの慌てようではあるが、はじめのインターホンでの雑な対応とのコントラストがこの少年の人間味を表しているようでついつい笑ってしまう。自分がまだ名乗っていないことすら気づいていないようだ。
少年は畏って、普段使わないであろうと想像が容易な言葉遣いで、こちらへどうぞなどと言って居間のこたつへ案内される。
「これがこたつか!初めて見た!」
シンは謎の興奮をしている。あの洋館のような大豪邸からするとたしかにこたつなんてものは城島家では見ることのないものだろう。
電源の入っていないはじめてのこたつにシンが潜り込んだ後に、大急ぎで菓子などを運んできた少年と一緒に俺もこたつに収まる。
「そういえばちゃんと名前聞いてなかったね、この前お父さんと一緒に会った時に聞いた様な気もするけどはっきり覚えてなくて。改めていいかな?」
少年はやっちまった、と表情で語ると急いで自己紹介を始める。
「おれ、、僕は大野アサと、、申します。中学二年。アサは晁って字でアサって読みます。女みたいだけど死んだおか、母親が夜明けって意味があるんだって言ってました。」
緊張しているのか、言葉も辿々しく、名前の説明もこたつの机のところに指で字を書く様にして身振り手振りで必死の自己紹介だが、名前の由来の部分はどこか誇らしげに、はっきりと清々しい表情だった。
「そうだ、アサ!思い出したよ。同い年なんだよね。それでバンドなんだけど、楽器は何がいいかな。いや、先走りすぎか。どんな音楽が好きなの?ルカヌス?キング?日本だと下宿ストレイト、ミシガンとか?アジサイ?」
シンは自分が先走っている自覚はあるらしいが、本人の自覚よりさらに一歩先を走ってしまっているのに気づいていないらしい。
「シン、そんなまくしたてるように聞かないで普通はそれより先に音楽興味あるか、バンドは好きかとか徐々に聞いてくもんじゃないのか?」
この突然の訪問を込みにすると、これですら唐突、先走りすぎであると言ってから自省する。
「あ、音楽、、そんなには詳しくないけど、テレビでやってるような歌手とかバンドは知ってるよ、、てます。」
つくづく敬語というものを使ったことがないのだろうアサのたどたどしい言葉にシンが吹き出す。
「同い年なんだから慣れない敬語なんて使わなくていいよ、あと坊ちゃんもなし。うちがお父さんの雇い主かもしれないけど、それは僕には関係ないし。君はアサ、僕はシン。ついでにこれがコウ。同い年で今日友達になった。それでいいだろ?」
なぜついでのこれ呼ばわりされたのかはわからないが、シンのこういう家柄や恵まれた要素をひけらかしたり鼻にかけたりしないのは美点といえるだろうし、シンのこういうところが俺も好きだった。
アサはというと、目をぱちくりさせながら黙り込んだ。今のシンの言葉を読み間違えまいというように必死に脳内で反芻しているようで、ぶつぶつ独り言を言っている。本当に表情に全て出るやつだ。
こう見ると同い年というより数個年下の下級生のようにも見え、初対面で失礼ながら弟のようにも思えるのは彼の素直さが成せる技だろう。
シンとは全く別のベクトルでアサという少年を俺はこの数分だけで好きになっていた。
「俺がアサで、シンで、コウ、、、友達、、」
ひとしきり考え込むアサを眺めながらシンの方に目を向けると、シンはシンでバンドの話がしたくてたまらなくてうずうずしているというのが伝わる。つくづくわかりやすい奴らだ。
「よし、何枚かなら買ってもらったレコードもあります、よかったら二階の俺の部屋に行きま、、行こうよ、コウと、、シン。」




