第三十夜 自己紹介
「どうもー! 久しぶりの登場です! エヴァーでーっす! みんな、私のこと覚えてる? 忘れているわけないよね!」
エヴァー様と挨拶が被ってしまいますが、どうも、お久しぶりですね。付き人です。
現在、私たちは光文明を通って、闇文明へ向かおうとしております。
なぜかといいますと、現在、世界の情勢がとても不安定だからですね。
私というより、エヴァー様の上司の方から、避難命令とも少し違う気がしますが、とにかくそういうものが出ておりますので、私たちはこうして一本道を通っているところです。
ちなみに私はエヴァー様の部下ではありません。
ただ、エヴァー様の上司の方には色々と御恩がありますので、その関係でこうしてエヴァー様についてきているわけです。
……まあ、エヴァー様は彼女のことを普段「クソ姉貴」と呼んでおりますけどね。
本人にはあまり言いません。
いえ、言うこともありますけど。
さて、光文明と闇文明は、少なくとも表向きにはあまり仲がよろしくありません。
そのためでしょうか、現在私たちが歩いているこの道は、まったくと言っていいほど賑わっておりません。
道そのものは一応整備されているようです。
ところどころ古くなっているものの、道幅は十分ありますし、雑草に完全に埋もれているわけでもありません。
ですが、人がいません。
本当にいません。
人一人、会いません。
商人もいませんし、旅人もいません。
荷車の音も聞こえません。
聞こえてくるのは風に揺れる木々の音と、私たちの足音くらいです。
ここしばらくは、ずっと森の中を通っています。
木、木、木。
たまに岩。
そしてまた木。
そんな景色が延々と続いております。
そうなりますと、まあ、退屈しますよね。
特にエヴァー様は、めちゃくちゃかまってちゃんなので、寂しくなってしまったのでしょう。
最初のうちは私と会話をしていたのですが、さすがに話題も尽きてきました。
私との会話にも飽き始め、ついには――
「ねえねえ、そこの人! どう思う?」
誰もいないところに話しかけ始めました。
……はい、何もいません。
「そうだよねー!」
しかし、エヴァー様には何か聞こえているようです。
そして私はというと、そんなエヴァー様に付き合っております。
「なるほど。そういう意見もありますね」
「でしょー?」
「ええ、そうですね」
「じゃあ、あなたはどう思う?」
「……はい」
私も存在しない方に向かって返事をします。
何をしているのでしょうね、私は。
しかし、このような羽目になっているのは、私の相手をする能力不足ということもあります。
主人が暇を持て余しているというのに、それを満足に相手できていないわけですからね。
付き人として、不甲斐なさを恥じるばかりです。
こんなのでも私の主人なのです。
こんなのでも。
……大事なことなので二回言いました。
ただ、実を言いますと、別に私は暇ではないのですよ。
この辺りには街どころか村もありません。
エヴァー様曰く、「昔はあった」らしいですけどね。
一体この人は何歳なのでしょうか。
凄くおば――げふん、大人なお姉さんということになりますけど。
まあ、それもさておき。
街も村もないということは、食料も自分たちで集めなければいけません。
それに、この辺りには超獣もたまに出てきます。
まあ、皆さんと違って、私たちは超獣のお肉も食べられますので、その時は食料に困ることはありません。
むしろ、ありがたいくらいです。
それでも、寝床は毎日作らなければいけません。
火を用意したり、周囲を警戒したり、食料を処理したりと、それなりにやることはあります。
結構、忙しいのですよ。
……エヴァー様は不器用なので手伝ってくれませんけどね。
いえ、正確には「手伝ってもらえない」というより、「手伝わせない」ですね。
エヴァー様にやっていただくと、余計に時間がかかりますので。
「私も手伝うよ!」
「結構です」
「なんで!?」
「エヴァー様が触ると壊れるからです」
「ひどい!」
事実です。また消し飛ばされては敵いません。
そんな感じで旅をしております。
すると突然、エヴァー様がこちらを振り返りました。
「問題です! 私はどこにいるでしょう!」
……すみません。
それはさっき言っちゃいました。
ちなみに地名で言うと、ドロモスというところらしいですね
レンガが名産らしいですよ。
道の脇を見てみますと、確かに古いレンガが土の中から顔を出している場所もあります。
昔はここにも街があったのでしょうか。
「正解は、光文明と~!」
私の話をちゃんと聞いていた人は正解です
はい、良かったですね。
それにしても、この人はなんでこんなにハイテンションなのでしょうか。
私はそこそこ疲れているのですけどね。
話が少し脱線するのですが、例えちゃんと役割をその人がこなしていても、頑張っている人の横でぐーたらしている人がいたら、ムカつきますよね。
今の私がまさにそれです。
「正解は、光文明と~……」
「はいはい」
「闇文明の間の~……」
「長いので以下略でいいです」
「えー!」
元気ですね、本当に。
まあ、元気なのは良いことです。
たぶん、知らんけど(適当)。
「これからは私たちは闇文明で、人々を歌で元気にしながら仕事をこなしていきたいと思います!」
エヴァー様はそう言いながら、森の中で元気よく胸を張ります。その豊満な膨らみがぶるんと震えます。なんでだか知りませんが非常に腹が立ちます。
周囲には誰もいません。
誰もいないのですが、本人はまったく気にしていないようです。
「闇文明と言えば唐揚げですよね! あの人の料理は絶品です! さあ、気張って行こう!」
側から見ると、可哀想な人に見えてきました。
誰もいない森の中で、ずっと一人で喋っております。
……まあ、私がいますので完全に一人というわけではありませんけどね。
しかし、こんなエヴァー様を長々と皆さんにお見せするのもアレですので、ここら辺で終わりにしたいと思います。
「またね~!」
本当に見るに耐えないですね。
◇
前回のあらすじ。
ドキドキワクワクのくじ引きだ! でも、一人は寂しいな。せめて一人くらい、知り合いがいたらいいな。さあ、そんな淡い期待を胸に運命のドロー!
……じゃなかった、ドロドロドロー!
⸻
A few moments later.
俺たちが案内されたのは、広い石造りの部屋だった。
高い天井からは無数の照明が吊り下げられ、壁際にはいくつもの長机が並んでいる。机の上には書類や地図、誰が使うのか分からない器具まで雑多に置かれていた。部屋のあちこちでは、同じようにくじ引きで集められたらしい者たちが、互いの顔を窺いながら話し合っている。
笑い声が聞こえる場所もあれば、気まずそうに沈黙している場所もある。中には早くも意気投合したのか、肩を叩き合っている者たちまでいた。
そんな中、俺の目の前に集まったのは、たった三人だった。
俺、いかにもオラオラ系といった雰囲気の男、そしてどこか不思議な空気をまとった女性。
……少なくない?
思わず周囲を見回してみる。向こうの集団も三人ほどしかいないし、少し離れたところには四人組らしき一団もいる。どうやら、どこも似たようなものらしい。
人数が少ないのは、くじ引きの結果なのか。それとも、何か別の理由があるのか。
まあ、考えても仕方がない。とりあえず、これから一緒に行動する仲間になるのだから、仲良くやっていきたいところだ。
……できれば、変な奴がいなければいいのだが。
「計算では四人組か、三人組になっているはずだ」
不意に、よく通る男の声が部屋に響いた。
声のした方へ目を向けると、マイクを片手に持った副デュエル・マスターが、俺たちの集まる場所を見渡していた。彼は手元の書類に視線を落とし、何かを確認すると、再び顔を上げる。
「お前たちを中心として、BランクやCランクの者たちを集め、パーティを作ってもらう。親交を深めるためにも、まずは自己紹介してくれ」
なるほど。俺たちを中心に、知り合いとかをあとから集めるわけか。
つまり、ここにいる三人がパーティの核になるということだ。今後の活動にも関わるだろうし、最初の印象は大事にしたい。
そう、挨拶とは平和な戦いなのだ。
先制攻撃を仕掛け、主導権を握る。そんな話をどこかで聞いたことがある気がする。
ならば、ここでぼんやりしているわけにはいかない。最初に名乗りを上げ、堂々と自己紹介を済ませる。そうすれば、自然と周囲からの印象もよくなるはずだ。
よし、行くぞ。
俺は勢いよく手を挙げ、口を開こうとした。
「「……あ」」
……が。
隣にいたオラオラ系の男も、まったく同じタイミングで手を挙げていた。
俺たちの視線が交差する。
一瞬、時間が止まったような気がした。
男の目は鋭く、こちらの出方を窺っている。対する俺も、負けじと視線を返す。
――どうぞ。
――いや、そちらこそ。
言葉にこそ出さないものの、互いに手のひらを軽く向け、先を譲り合う。
……なんだこれ。
いや、分かる。分かるぞ。これは一種の心理戦だ。相手に先を譲ることで余裕を見せ、器の大きさを示す高度な駆け引きなのだ。
たぶん。
しかし、いつまでも譲り合っていては何も始まらない。
俺が再び口を開こうとした、そのときだった。
「私の名前はカコゴ。斥候と前衛の中間みたいなのをこなしているワ。よろしく」
女性が、まるで俺たちの小競り合いなど気にも留めていないかのように、さらりと自己紹介を済ませた。
……しまった、やられた!
完全に出遅れた。
カコゴと名乗った女性は、口元に薄い笑み(に見えなくもない表情)を浮かべながら俺たちを見ていた。どこか余裕のある態度で、場の空気に振り回されている様子もない。何を考えているのか分からない、不思議な雰囲気の持ち主だった。
だが、まだ終わりではない。
残るは俺と隣の男。
この戦いで勝利を収め、ナンバー2の座を手に入れるのだ!
……いや、ナンバー2って何だよ。
自分で考えておきながら、よく分からない称号である。しかし、こうなった以上は負けられない。少なくとも、自己紹介くらいは格好よく決めてやる。
「俺の……あ、えっと。……おr」
「それが……あ、えっと。……そr」
……またか!
俺が言葉に詰まった瞬間、隣の男も同じように言葉を詰まらせた。
再び視線がぶつかる。
バチバチバチッ!
もちろん、本当に火花が散ったわけではない。だが、俺には確かに見えた。少なくとも、心の中では盛大に散っていた。
こいつ……!
相手も同じことを思っているのか、眉間にしわを寄せ、わずかに口元を引きつらせている。
ここは威嚇するべきだろうか。
いや、待て。先に威嚇した方が負けという可能性もある。そもそも、自己紹介をしようとしているだけなのに、どうしてこんなことになっているのだ。
俺たちの間に、妙な緊張感が漂い始めた。
そんな空気を見かねたのか、カコゴが小さくため息をついた。
「喧嘩しないノ。疲れるだけヨ? ほら、私の右の人から順ニ」
そう言って、彼女は俺の方を指さした。
……おお!
助かった。
いや、助けられたというより、順番を決められただけなのだが、それでも今の俺にはありがたい。
俺は指された方向を確認するように、ちらりと右を見た。
そこには、少し悔しそうな顔をした男がいた。
……ふっ。
なんだろう、この妙な優越感は。
ほんの少しだけ気分がよくなった俺は、咳払いをひとつして、できるだけ堂々と胸を張った。
「俺の名前はイェネロス、剣士だ。本職ではないが、斥候の真似事もできるぞ」
よし。悪くない。
少なくとも、さっきまでの惨状を思えば、十分に格好がついたはずだ。
俺は内心で満足しながら、隣の男へ視線を向けた。
さあ、次はお前の番だ。
「某の名はオタコウと申す! 僧侶をしておる! 特に得意なのは、御加護を皆にかけることである。前衛の代わりも務められるぞ!」
オタコウと名乗った男は、先ほどまでの悔しそうな表情をどこへやら、胸を張って堂々と名乗り上げた。声にも張りがあり、妙に芝居がかった口調ではあるものの、自信に満ちあふれている。
なるほど。僧侶か。
加護をかけられるうえ、前衛の代わりまで務められるとは、なかなか頼もしい。それに回復役もこなせるだろうし。見た目からは少し想像しづらいが、実力があるのなら問題はないだろう。
……しかし。
俺は改めて、目の前の二人を見渡した。
俺は剣士。オタコウは僧侶だが前衛も可能。カコゴは斥候と前衛の中間。
……みんな物理だな。
いや、僧侶がいるのだから、厳密には物理だけというわけではないのだが、どうにも後衛火力が不足している気がする。
魔法で敵を一掃してくれるような人材が一人くらいいてもいいのではないだろうか。
「誰かの連れに後衛はいないか?」
俺が尋ねると、カコゴは顎に指を添え、少し考えるような仕草を見せた。
「ン〜、いないことはいないけど、雑魚しかいないからやめといた方がいいワ」
……雑魚。
ずいぶんと容赦のない評価である。
彼女の言う雑魚が本当に弱いのか、それとも単に相性が悪いだけなのかは分からない。ただ、わざわざそんな言い方をするあたり、少なくとも彼女自身は期待していないらしい。
「某の後輩におるな! 彼女が良ければ連れて参ろう!」
今度はオタコウが声を上げた。
「後輩か。後衛ができるのか?」
「うむ! 詳しい能力については本人に聞くのがよかろう!」
……なるほど。
少なくとも、候補が一人いるのなら悪くない。実際に会ってみなければ分からないが、後衛を任せられる人材が加わるなら、パーティの編成も多少は整うはずだ。
「決まりか」
俺がそう口にすると、カコゴは軽く肩をすくめ、オタコウは満足そうに頷いた。
ひとまず、これでパーティの形は見えてきた。
あとは残りのメンバーを集めるだけだ。
そうして俺たちが今後の編成について話し始めた、そのときだった。
「――自己紹介は済んだか?」
先ほどまで俺たちのやり取りを見守っていた副デュエル・マスターが、再びマイクを口元へ近づけた。
ざわめいていた部屋が、少しずつ静かになっていく。周囲の者たちも、話を中断して彼の方へ顔を向けた。
先ほどまで漂っていた和やかな空気が、徐々に引き締まっていく。
副デュエル・マスターの表情は、先ほどと変わらず厳しかった。しかし、その声には、これから告げる内容の重さを感じさせる響きがあった。
「それでは、貴君らに最初の命令だ」
彼は手元の書類をめくり、そこに記された内容を確認する。
紙の擦れる音が、不思議なほど大きく聞こえた。
「メンバーを整えた後、侵略者との最初の戦いが想定されている城塞都市イアシに集合して、軍部の雑用を手伝ってくれ」
城塞都市イアシ。
その名前を聞いても、俺にはまだ具体的な姿が思い浮かばない。だが、侵略者との最初の戦いが想定されている場所ということは、それだけ重要な拠点なのだろう。
城壁の内側にどれほどの人々が暮らしているのか。どのような兵士が集められているのか。そして、そこで俺たちが何をすることになるのか。
考えるべきことは多そうだった。
副デュエル・マスターは、続けて説明する。
「それと、各支部に情報を伝え、その周辺の村や小さな町の者を最寄りの都市に避難させてくれ。一応、それは軍部がする手筈になっているから大丈夫なはずだが、万が一があるからな」
避難。
その言葉が出た瞬間、周囲の空気がわずかに変わった。
先ほどまで自己紹介やパーティ編成の話をしていた者たちが、互いの顔を見合わせる。中には眉をひそめる者もいれば、何かを考え込むように俯く者もいた。
軍部がすでに手筈を整えているのなら、俺たちは念のための確認や補助をするだけなのだろう。
……そう思いかけたとき、一人の声が上がった。
「あれ? それじゃあ、周辺の村は……」
質問した人物の声は、途中から少し弱くなっていた。
何を尋ねたいのか、俺にも分かった。
副デュエル・マスターは一瞬だけ視線を上げた。表情には、わずかな迷いが浮かんだようにも見えた。しかし、それもほんの一瞬のことだった。
「ああ、放棄することとなった。だから、村民は速やかに避難させてくれ」
……放棄。
その言葉が、部屋の中に落ちた。
誰かが息を呑む音が聞こえた。
放棄するということは、村を守るために兵士を配置するつもりがないということだ。村を捨て、そこに住む人々だけを避難させる。家も、畑も、積み重ねてきた暮らしも、すべてを置き去りにして。
もちろん、侵略者が迫っている以上、無理に村を守ろうとすれば被害が拡大する可能性はある。軍部にも、それなりの判断基準があるのだろう。
それでも、実際にそこに暮らしている人々にとっては、簡単に受け入れられる話ではないはずだ。
周囲から、乾いた悲鳴のような声がいくつも漏れ始めた。
「そんな……」
「村を捨てるのか?」
「住民は全員避難できるのか?」
さっきまでのざわめきとは違う。そこには困惑だけでなく、怒りや不安、そして何かを失うことへの恐怖が混じっていた。
誰もが戦争という言葉を知っている。
けれど、戦争が始まるということと、自分たちの知っている場所が切り捨てられるということは、同じではない。
「どうして!」
誰かが叫んだ。
その声は、部屋の壁に反響し、周囲のざわめきを一瞬だけ押し退けた。
副デュエル・マスターは、叫んだ者へ視線を向ける。
彼はすぐには答えなかった。
その沈黙の間、部屋の空気が重くなる。誰もが次の言葉を待っていた。何か事情があるのではないか。別の方法があるのではないか。今からでも方針を変えられるのではないか。
そんな期待が、どこかに残っていたのかもしれない。
しかし、返ってきた言葉は短かった。
「すまないな。これは戦争なんだ」
その声には、怒りも、嘲笑もなかった。
ただ、決定事項を伝える者の、どうしようもなく冷たい響きだけがあった。
俺は何も言えず、ただその場に立っていた。
つい先ほどまで、俺たちは誰が先に自己紹介するかなどという、どうでもいいことで張り合っていた。
けれど、そんな些細なやり取りのすぐ隣には、すでに戦争の現実があったのだ。
これから俺たちが向かう城塞都市イアシ。その周囲にある村々。
そこに暮らす人々は、今この瞬間にも、自分たちの生活を失うかもしれないという現実に直面している。
そして俺たちには、その人々を避難させるよう命じられた。
守るためではなく、村を捨てるために。
……なるほど。
どうやら、思っていたよりもずっと面倒なことになりそうだった。




