第二十九夜 班決め
戦場に、エンジン音が鳴り響く。
その音は、聞く者に恐怖を与える。まるで警鐘のように、今すぐ逃げろと本能へ訴えかける、不吉な警告のように。
その警告に従わなかった者たちの末路は悲惨だ。大地を這うカエルが踏み潰されるように、何の抵抗も許されぬまま、ひしゃげて殺されていく。
彼らは《轟速》の侵略者。
自分たちこそがこの世の覇者だと、雄叫びを上げるかのように、けたたましいエンジン音を戦場の隅々にまで響き渡らせる。
空が、銀色に埋め尽くされる。
その光景は、見る者に畏怖を抱かせた。太陽の光が無数の装甲に反射し、銀色に輝く軍勢は、まるで天上から降り立った神々の軍隊であるかのような神々しさを醸し出している。
その光景を目にした者は思う。
――我々は、星を敵に回してしまったのだ、と。
彼らは《宇宙》の侵略者。
自分たちこそが天上の覇者であると知らしめるかのように、銀の威光を振り撒き、世界そのものを一色に染め上げていく。
大地が動く。
緑色のマナが大地を包み込み、そこから無数の緑の息吹が芽吹き始める。それは瞬く間に成長し、草木となり、やがて巨大な森林へと姿を変えていく。
その光景は、見る者に諦観を与えた。
自然がまるで人間を追い出そうとしているかのように、その姿を変えていく。逃げ場を失った者たちは、ついに悟る。
――我々は、自然さえも敵に回してしまったのだ、と。
そして、森へと呑み込まれた者たちは、四方八方から突如として姿を現す敵を前に、為す術もなく命を奪われていく。
彼らは《原始》の侵略者。
自分たちこそが大地の怒りそのものだと示すかのように、戦場を緑へと染め上げ、文明の痕跡すらも大自然の中へと葬り去っていく。
黒い、暗闇そのもののような軍勢が、押し寄せる。
たとえ頭を撃ち抜かれようとも、身体の半分を失おうとも、彼らは立ち上がる。倒しても、倒しても、再び起き上がり、何事もなかったかのようにこちらへ向かってくる。
それを目にした者は、恐怖する。
――我々は、死すらも敵に回してしまったのだ、と。
どれほど強大な力を持つ者であろうとも、押し寄せる黒い軍勢を前にしては身動き一つ取れない。そして、逃げることも抗うこともできぬまま、その波に押し流され、踏み潰されていく。
彼らは《不死》の侵略者。
自分たちこそが死を超越した存在であると知らしめるかのように、絶望的なまでの物量で敵を包囲し、その心を恐怖で染め上げていく。
光り輝く軍勢が星へ向かい、祈りを捧げる。
彼らの姿は天使を思わせる。純白の姿と輝かしいその佇まいは、見る者に希望を与えた。
彼らは祈り、そして自らを鼓舞する。
まもなく聖地へ辿り着くことができる。
まもなく天命を授かることができる。
そう信じて。
彼らは《九極》の侵略者。
星に魅せられた狂信者たちは、今もなお、星の再臨を夢見ている。
……そして今、マナが一ヶ所へと集まり始めている。
命が。
憎悪が。
絶望が。
それらすべてがアナカラーのマナへと姿を変え、ひとつの命へと注ぎ込まれていく。
大地が震え、空が軋む。
何かが、目を覚まそうとしている。
五つの侵略者さえも知らぬ、未曾有の災厄。
それは、世界を侵略するために現れるのではない。
ただ、その存在そのものが――世界にとっての災厄となる。
ソレは《天災》の侵略者。
そして今、災厄が、始まろうとしている。
◇
建物の中へと案内された俺とアガピ、そして師匠は、足を踏み入れた瞬間に中に漂う独特の緊張感を感じ取った。
外から見た限りでは、何の変哲もない建物だった。だが、一歩中へ入ってみれば空気が明らかに違う。
広い室内には多くの決闘者たちが集められており、あちらこちらから小さな話し声が聞こえてくる。誰も会話を禁じられているわけではない。それでも声は自然と抑えられており、談笑と呼べるような明るい雰囲気はどこにもなかった。
誰もが周囲の様子を窺っている。
何か重大なことが起きようとしている。
そんな予感が、言葉にされることなくその場に充満していた。
俺も思わず周囲を見回す。
腕を組んだまま険しい顔をしている者。
仲間同士で小声で何かを確認し合っている者。
壁にもたれかかり、平静を装いながらも何度も入口へ視線を向けている者。
皆、それぞれに平静を保とうとしている。
だが、その努力そのものが、この場にいる全員が現在の状況を楽観視していないことを物語っていた。
そんな空気の中でも、師匠だけはまるで気にしていなかった。
周囲から向けられる視線も、張り詰めた空気も、師匠にとっては取るに足らないものらしい。
いつもと変わらぬ落ち着いた足取りで、堂々と室内を進んでいく。
その背中からは、妙な安心感すら感じられた。
「……やっぱり師匠はすげえな」
思わず小さく呟く。
俺とアガピもそんな師匠から離れないよう、その後ろをついていった。
やがて俺たちは、他の決闘者たちと同じように、指定された場所で待機することになった。
建物内では、別に会話が禁止されているわけではない。
だが、誰もが必要以上に騒ぐことはなかった。
おそらく、ここに集められた全員が察しているのだ。
現在の状況が、決して芳しいものではないということを。
これから自分たちに何を命じられるのか。
それを知るために、皆が上官――つまり、デュエル・マスターたちが姿を現すのを待っていた。
そんな中。
不意に、建物の奥にある扉が小さな音を立てて開いた。
それまで続いていたざわめきが、一瞬で小さくなる。
そして、二人の男が姿を現した。
一人は、筋骨隆々とした体格のハンサムな男だった。
鍛え上げられた肉体は服の上からでもはっきりと分かり、その歩き方には一切の迷いがない。堂々としたその姿には、周囲を自然と黙らせてしまうような威圧感があった。
俺はその男を見て、すぐに気づいた。
以前、どこかで見かけたことがある。
現デュエル・マスターだ。
そして、もう一人。
こちらは眼鏡をかけた、長いロン毛の男だった。
整った顔立ちではある。
しかし、なんというか……妙に胡散臭い。
細められた目と、何を考えているのか分かりにくい表情。口元には薄い笑みが浮かんでいるが、それが親しみからくるものなのか、それとも別の意図があるのか判断できない。
少なくとも、初対面の相手からすれば警戒したくなるような雰囲気をまとっていた。
二人が室内へ入ると、自然と全員の視線が集まった。
デュエル・マスターはそのままステージの前へと歩いていく。
そこには、ステージと呼ぶには小さいものの、床から一メートルほど高くなった簡素な高台が設置されていた。
彼はその前まで進むと、集まった俺たちをぐるりと見渡す。
そして――
「よく忙しいところ来てくれた、Aランクの決闘者諸君」
よく通る、大きな声が建物中に響き渡った。
さっきまで聞こえていた小さな話し声が完全に消える。
全員が彼へと視線を向けた。
「今日は他でもない君たちに重要な責務を言い渡す! ぜひ全うしてくれ」
短い言葉だった。
しかし、その声には有無を言わせない力強さがあった。
言葉を言い終えると、デュエル・マスターは高台へ上がることなく、その場を離れる。
そして、後ろにいたもう一人の男へとマイクを手渡した。
「……」
男は何も言わず、片手でマイクを受け取る。
そして、静かな足取りで高台へと上がった。
俺はその動きを何となく目で追っていた。
デュエル・マスターの方は、見るからに覇気がある。
立っているだけで周囲を圧倒するような、分かりやすい強者の雰囲気をまとっていた。
だが――
(こいつも……相当強いな)
俺はそう感じた。
何よりもまず、立ち姿がとても綺麗だ、惚れ惚れするほどだ。
背筋が一本の剣のように真っ直ぐ伸びている。
余計な力が一切入っていない。
それなのに、僅かな隙すら感じられない。
高台へ上がるまでの足取りも妙に静かだった。
足音が、ほとんど聞こえない。
普通なら床を踏みしめる音が多少なりともするはずなのに、それすらない。
まるで地面の上を滑るように歩いている。
見た目だけなら、胡散臭そうな男だ。
しかし、その身のこなしだけは明らかにただ者ではなかった。
男は高台の中央に立つと、マイクを口元へ近づけた。
「どうも、僕は火文明の副デュエル・マスターをしております、アナプリロットといいます」
落ち着いた声が室内に響く。
「まあ、僕ははっきり言ってデュエル・マスターの金魚のフンなので、僕の名前は別に覚えなくてもいいです」
「……金魚のフン?」
思わず心の中で突っ込む。
本人が自分で言うのか、それ。
周囲でも何人かが微妙な顔をしている。
だが、アナプリロットはそんなことなど気にした様子もない。
「それよりも、これから僕が言う内容をちゃんと忘れないように覚えることに心血を注いでください」
眼鏡の奥の目が細くなる。
その声音からは、先ほどまでの軽さがほんの少しだけ消えていた。
「前置きが長くなりましたが、始めます」
そう言って、一拍置く。
「どうやら八年前、我らが火文明に攻め込んできた憎き侵略者達が――」
室内の空気が変わった。
「前回の比ではない量の軍隊を率いて侵攻してきているという情報が、光文明より流れています」
誰かが息を呑んだ。
俺も思わず背筋を伸ばす。
八年前。
その言葉を聞いただけで、当時の出来事を知る者たちの表情が強張った。
アナプリロットは続ける。
「もちろん、この情報には裏が取れており、確実なものと断言できます」
今度こそ、室内からざわめきが広がった。
「これにより、五文明は対侵略者のために緊急で同盟を結ぶことに決定されました」
五文明が同盟を結ぶ。
それだけでも十分に重大な話だった。
「しかし、戦後のいざこざも想定されるため、基本的にそれぞれの文明が己の領土を守護することに決定しました」
合理的な判断なのだろう。
だが、戦争が始まるというのに、その後のことまで考えなければならないという事実に、俺は何とも言えない気分になった。
「しかし、戦争とは当然、想定されていないことが頻発します」
アナプリロットは淡々と話している。
それなのに、一つ一つの言葉が重い。
「そのため、緊急時の援軍として君達Aランクの決闘者を参戦させることとなりました」
周囲の何人かが小さく身じろぎした。
ついに来た。
俺たちがここへ呼ばれた理由だ。
「なので君たちは小隊規模に分かれてもらい、各々で行動してもらいます」
アナプリロットは一度、集まった決闘者たちを見渡した。
「もちろん、現地の方々とソリが合わない場合があることも多いでしょうが、臨機応変に従ってください」
その言葉を聞いた直後だった。
「そもそも勝てるのか?」
誰かが声を上げた。
室内の視線が一斉にそちらへ向く。
声の主は腕を組んだまま、アナプリロットを睨むように見上げていた。
「……あんなへっぽこどもで」
一瞬、静寂が落ちる。
どうやら軍部の者たちに対する評価は、あまりよろしくないらしい。
アナプリロットは特に気分を害した様子もなく、眼鏡を軽く押し上げた。
「その質問は当然のことでしょう」
意外にも、あっさりと肯定した。
「我々と軍部の者は仲がよろしくない方が多いですし」
それから、ほんの少しだけ間を置く。
「上の見積もりでは、総力戦になれば勝てるということです」
その言葉に、室内の空気がわずかに緩む。
しかし、それは決して安心できるような話ではなかった。
総力戦。
つまり、持てる戦力をすべて投入してようやく勝てるということだ。
「なので君たちは、有無を言わずに彼らに従って欲しい」
アナプリロットの声が再び響く。
「我々は人間と戦う職業ではないからね」
その言葉に、俺は黙って耳を傾けた。
「クリーチャーよりも人間に近いとされる侵略者を相手取るのは、彼らの協力が必須です」
アナプリロットは淡々と説明する。
「クリーチャー相手だと不甲斐なさそうな彼らも、プロなのです」
そして、最後にこう付け加えた。
「信じましょう」
その言葉を最後に、アナプリロットはマイクを下ろした。
すると、後ろに控えていた部下の一人へ合図を送る。
しばらくして、数人の兵士が何かを運んできた。
「……なんだ、あれ?」
運ばれてきたものを見て、俺は思わず首を傾げた。
それは、箱だった。
スイカよりも一回りほど大きい。
そこまで巨大というわけではないが、人が腕を突っ込むには十分な大きさがある。
箱は高台の前に置かれた。
アナプリロットはそれを確認すると、再びマイクを口元へ近づける。
「すみませんが、時間がないので、くじ引きで小隊を決めさせてもらいます」
その瞬間、あちこちから小さなどよめきが起こった。
「皆さん、一列に並んでください」
言われるがまま、俺たちは列を作った。
ぞろぞろと決闘者たちが並んでいく。
俺もアガピと師匠の近くに並びながら、箱の中をちらりと見る。
当然、中には大量の紙が入っている。
一体、誰と同じ小隊になるのか。
それによって、これからの戦場での動きも大きく変わるだろう。
師匠と同じなら安心できる。
アガピが一緒なら、それも心強い。
できれば、知り合いの誰かと同じ班になりたい。
そんなことを考えながら待っていると、少しずつ列が進んでいった。
一人。
また一人。
箱の中へ手を入れ、紙を一枚引き抜いていく。
そのたびに、引いた者が紙を確認し、列から離れていく。
そして――
五分ほど経った頃。
とうとう俺の番がやってきた。
「……俺か」
目の前には、あの箱。
その向こうには、これから戦場を共にすることになるかもしれない仲間たち。
俺は一度だけ深呼吸をした。
(知り合いと同じ班がいいな……)
そんな願いを胸に抱きながら、箱へ手を伸ばす。
箱の中へ腕を突っ込む。
指先に、何枚もの紙が触れる。
どれにしようかと考えるのも面倒になって、俺はなんとなく手を一番底まで沈めた。
そして――
指先に触れた一枚を、そのまま掴み取る。
「これだ」
紙を握りしめ、箱から手を引き抜いた。
これから俺が共に戦うことになる仲間が、今、この一枚の紙によって決まる。
俺は少しだけ緊張しながら、その紙を開いた。




