↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/52

第二十四夜 プロローグ

 オラクル教団。


 人間とクリーチャーの共存を掲げる組織。

 その思想に共感する者は、決して少なくない。


 だが――教団に所属する者でさえ、その存在を知らない場所がある。


 王都から遠く離れた地下深く。

 幾重もの結界と特殊な術式によって外界から完全に隔絶された、教団の最奥。


 そこには、複数人の男女が集まっていた。


 広い部屋だった。


 壁際には何本もの燭台が並び、青白い炎が揺らめいている。

 窓はない。

 外の光も、風の音も届かない。


 聞こえるのは衣擦れの音と、誰かが椅子へ腰掛け直す音。

 それだけだった。


 その中で、ひときわ目を引く少女がいる。


 銀色の髪。


 燭台の明かりを受けるたび、淡く輝くその髪は、まるで月光そのものを糸へ変えたかのようだった。


 整った顔立ち。

 透き通るような肌。

 あまりにも現実離れした美貌。


 一度見れば、決して脳裏から消えない。


 ――いや。


 それも当然なのだ。


 なぜなら、その容姿を作り上げたのは――彼女たちにとって、大切な、大切な――


「サスペンスから報告が来たわ」


 少女は何事もなかったかのように口を開いた。


「まもなく来るみたいよ。逃亡者たちが――そして、私たちの同胞が」


 机の上に置かれた資料へ視線を落とす。


「少し時期は遅れたけど、概ね問題なしね」


 資料を閉じ、少女は周囲を見渡した。


「みんな、何か言いたいことはある?」


 最初に手を挙げたのは、青髪の青年だった。


 彼もまた、常人離れした美貌を持っている。

 銀髪の少女ほどではないにせよ、この場にいる三人ほどの男女は、それぞれが人間離れした美しさを備えていた。


 それ以外にも数人の男女がいる。

 彼らも決して醜くはない。


 だが――そんな美貌など、本質的には些細なことだった。


 彼らは皆、これから始まる計画のために集められた者たちなのだから。


「こちらは大丈夫だ」


 青髪の青年は腕を組み、椅子の背へ体重を預ける。


「ただ、住民が少しパニックになっているみたいだから、一悶着ありそうだな」


 そう言って肩をすくめる。


「まあ、貴重な労働力になるんだ。なるようになるさ」


 まるで市場で商品の値段について話しているような口調だった。


「それよりも――」


 青年は別の女へ目を向ける。


「教皇様の方が、何か話したそうな顔をしてるけど?」


「そうね」


 女は僅かに首を傾けた。


「こちらとしては、生かさず殺さずというか……その塩梅が難しいのよ」


 少し考える。


「始末するだけなら簡単なのだけど」


 何人かが微妙な表情を浮かべた。


 しかし、本人は気にした様子もない。


「それは頼んでないよ」


 青髪の青年が苦笑する。


「間引きはあっちに任せてあるから。久しぶりの仕事だって張り切ってたし、多少少なくても大丈夫らしいよ」


「ふうん」


 女は納得したように頷く。


「それなら、それで構わないのだけど……」


 そして、ほんの少しだけ眉を寄せた。


「どうして私たちだけでやっちゃダメなの?」


 あまりにも自然な口調だった。


 まるで、「どうして雨の日に傘を差さないの?」とでも尋ねるような声音。


 周囲の者たちが一斉に女を見る。


 ――こいつ、話を聞いていたのか?


 そんな視線がいくつも飛んだ。


 しかし女は、本当に何も気にしていない。


「そんなことをしたら、彼の意思に反するでしょう?」


 その一言で、空気が僅かに変わった。


 ――彼。


 この場にいる誰もが、その名前を口にする必要すらないほど理解している。


 女はそれ以上、何も語らなかった。


 だが、青髪の青年は納得していないらしい。


「確かに、どっちみち死ぬんだから、ちゃっちゃとやっちゃった方が苦しまずに逝けるんじゃない?」


 銀髪の少女が青年を見る。


「分かってないなぁ」


 呆れたように笑った。


「人間同士が争い合っているのだから、ノーカンでしょ?」


 さらりと言ってのける。


「私たちは漁夫の利を得るだけ」


 何人かが小さく頷いた。


 彼らにとっては、それで十分な理屈なのだ。


 自分たちが直接手を下さなければいい。

 彼の意思に反しなければいい。


 それだけ。


「まあ、人間どもの話は置いといて、再開するよ」


 銀髪の少女は机へ両肘をつき、指を組んだ。


「一番の懸念点は――アウトレイジ。いや、ライオネルだよね」


 先ほどまでの軽い空気が、僅かに引き締まる。


「何をしてくるか、全く読めない」


 少女は机上の地図へ目を落とした。


「国が滅びるなら、それはそれでいいんだけど……私たちまで巻き込もうとしてきたら、流石に面倒よね」


「それこそ、人間どもを巻き込んだらいいだろ」


 別の男が口を挟む。


「それより、侵略者たちにも強い奴はいるんじゃないの? そんなに油断していて大丈夫なのかい?」


「ははっ」


 銀髪の少女が笑った。


 心底おかしそうな笑いだった。


「面白い冗談を言うね」


 少女はゆっくりと椅子から立ち上がる。


 長い銀髪が背中を滑り、燭台の明かりを受けて淡く輝いた。


「私たちが、あの弱者(ゴミ)どもに負けるわけないじゃん」


 声音に怒りはない。


 侮蔑しているという自覚すらない。


 ただ――事実を述べているだけだった。


「あんなに信念もなくて、力もなくて、情報も弱い」


 指を一本ずつ折りながら、淡々と続ける。


「そんなのだから死ぬんだよ」


 あまりにも平然とした言葉。


 しかし、この場にいる者たちにとっては何の違和感もない。


「それもそうだな」


 青髪の青年もあっさり頷いた。


「どこをどうするかは後で詰めよう。まずは、それぞれの領域に入ってきた奴らを片っ端から潰せばいいわけね」


「特にあんたはやること多いし、気をつけなさいよ?」


「大丈夫、大丈夫」


 青年は軽く手を振る。


「困ったら、あいつらに押し付ける」


「嫌われちゃうよ?」


「……いや、ほんと凄まじいですね」


 それまで黙っていた一人の青年が、思わず言葉を漏らした。


 人間だった。


 この場にいる彼だけは、明らかに異質だった。


 周囲の者たちの会話を聞きながら、何度も表情を引きつらせている。

 それでも口を挟めなかった。


 目の前にいる者たちが、自分とは根本的に異なる存在であることを、本能的に理解しているからだ。


「ん?」


 銀髪の少女が振り返る。


「何が?」


「いや……」


 青年は少し迷った。


 そして、苦笑しながら本音を漏らす。


「敵ではなくてよかったな、と」


 少女はきょとんと目を瞬かせた。


 その反応には、皮肉も怒りもない。


 本当に意味が分からないらしい。


「当たり前でしょ」


 少女は首を傾げる。


「何を言っているの?」


 そして、当然のことを語るように続けた。


「ちゃんと協力する者たちには、誠意を払うよ」


 穏やかな笑顔だった。


 人間を見下している者の笑顔には、とても見えない。


 だからこそ――青年は背筋に薄い寒気を覚えた。


 彼女にとっては、本当にそれが当然なのだ。


 敵には容赦しない。

 味方には誠意を払う。


 それだけ。


 善悪の問題ですらない。


 ただ、自分たちの中にある「当たり前」に従っているだけなのだ。


 部屋の奥で、燭台の炎が小さく揺れた。


 誰もそれを気に留める者はいない。


 やがて銀髪の少女は再び机へ向き直る。


 地図の上に広げられた無数の駒を見下ろしながら、彼女は静かに笑った。


 その駒の一つが、ゆっくりと倒れる。


 ――計画は、もう動き始めている。

 この場にいる全員がそっと目を閉じて一つの言葉を口ずさむ。


「…全ては永遠なる人類の平和のために」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。