第二十夜 探検
さあ、新天地へ踏み込もう。終焉が始まるこの地に希望は残されていないのだから。
さあ、勇気を出して踏み出そう。咎人たる我らには残された道はないのだから。
……さあ、我らの天命に従おう。我らが星は如何なる者も受け止めてくれるのだから。
…………さあ、我らの計画を始めよう。それさえ済めばあとはどうでもいいのだから。
◇
「『前回のあらすじ。ゴニアに頼まれて薬草採取の手伝いをすることになったイェネロスとアガピであった』」
……何一つ間違ったことは言っていない。
言っていないのだが、無性に腹が立つのはなぜだろう。
「『理不尽!?』」
よせやい、照れるぜ
「『褒めてねぇよ!?』」
朝の澄んだ空気の中、協会前の石畳を歩きながらそんな馬鹿なやり取りを繰り広げる。
空には雲がゆっくりと流れ、街には開店準備を始める店主たちの姿があった。パンを焼く香ばしい匂いが風に乗って漂い、馬車の車輪が石畳を軋ませる音が響いている。
それはさておき。
「着いてきて」とは言われたものの、具体的に何をすればいいんだろうか。
護衛なのか、荷物持ちなのか、それとも本当に見ているだけなのか。
聞いてみるしかないか。
適当にあいつが来るまで時間を潰して――
「おはようございます!」
ほら来た。
相変わらず都合のいいタイミングで現れる。
「よっす」
「『おい、聞くんじゃなかったのか?』」
そうだった。
「一応聞きたいんだけどさ、何したらいいの?」
ゴニアはぺこりと頭を下げると、少し緊張した様子で答えた。
「イェネロスさんとアガピさんは、僕の後ろで見守ってくださったら大丈夫です。あまり強いクリーチャーは出ないらしいんですけど……採取している最中に襲われたり、薬草を荒らされたりしたら困るので」
なるほど。
要するに護衛か。
「でも、それならどっちか一人でよくない?」
慌てて両手を振る。
「あ、別に嫌ってわけじゃないぞ?」
「そ、そうよ! そういう意味じゃなくて!」
後ろからアガピまで慌てて弁明し始める。
……かわいい。
ゴニアは少しだけ笑みを浮かべた。
「分かってますよ。ありがとうございます」
その笑顔には、以前よりも少しだけ余裕が見える。
ここへ来たばかりの頃より、肩の力が抜けてきたのかもしれない。
◇
それから約二時間後。
ガタン、ゴトンと揺れる馬車を降りた俺たちは、大きく息を吐いた。
「着いたぁ……」
森の入口には朝露を残した草花が揺れ、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。木々は空を覆うほど高く、枝葉の隙間から木漏れ日がまだら模様を地面へ落としていた。
ゴニアはというと、馬車の荷台から降りた途端、腰というか尻を押さえて顔をしかめている。
……まあ、慣れてなければきついよな。
今思ったが、こういう移動も含めて経験させるのが課題なのかもしれない。
実際、薬草採取は思っている以上に大変だ。
周囲を警戒し続けなければならない。
依頼で必要な量は意外と多く、袋はすぐいっぱいになる。
しかも薬草は見分けが難しい。
俺には全部同じ草にしか見えない。
「アガピ、これ分かるのか?」
「うん。この子たちは少しだけマナの流れが違うの。異物感、みたいなのがあるから」
「……すげぇ」
さすがだ。
俺にはさっぱり分からない。
そのうえ中腰の姿勢が続くせいで腰は痛くなるし、虫は多いし、森の中は蒸し暑い。
机の上で本を読んでいるだけでは、絶対に分からない苦労だった。
「では、僕に着いてきてください」
「へいへい」
「オーケー」
森へ足を踏み入れて十分ほど。
ゴニアの最初の試練は、思ったより早く訪れた。
「ひっ……」
足が止まる。
視線の先では、倒木の周囲を大量の虫が這い回っていた。
羽音を立てるもの。
地面を群れて歩くもの。
木の幹を覆うように張り付くもの。
「……あー」
言いたいことは分かる。
俺だって好きじゃない。
あれだけうじゃうじゃ動いていたら、ぞわっとするのも当然だ。
だが。
「我慢しろよ」
そう言うしかない。
ゴニアは虫を避けることばかりに気を取られ、周囲への警戒がおろそかになっていた。
足元もふらつき、採取どころではない。
そんな時だった。
「おいおい、あいつ大人の力借りてるぜー」
「恥ずかしくないのかよー」
「私たちなんて自分たちだけでここまで来れたもんね〜」
「……フッ、所詮はこの程度。……その角も、真の実力を持ちし者には大した脅威でも――」
「なあ、お前さっきから何言ってんの? 声小さくて聞こえねぇんだけど」
「えっ」
漫才師でも目指しているのか。
実に愉快な四人組が現れた。
身長からして、おそらくゴニアの同級生だろう。
だが。
今のゴニアには、そんなことを気にする余裕はなかった。
視線は四人ではなく、そのさらに奥へ向いている。
「……っ」
顔色は真っ青。
額には脂汗が滲み、肩が小刻みに震えている。
その理由はすぐ分かった。
四人の背後。
茂みの中から、巨大なヘドロ?溶岩?クリーチャー《フレムトロプス》がゆっくりと姿を現していた。
節くれだった六本の脚、はないけどドロッドロの体。
鋭く湾曲した大顎、もないけど…やっぱあるわ。
眼がぎらりと光り、獲物を見定めるように四人へ向けられている。
そこまで生理的嫌悪感を覚える見た目ではない。
……少なくとも俺はそう思う。
だが、虫というか気持ち悪いのが苦手なゴニアからすれば、悪夢そのものだった。
「おいおい、こいつビビってるぜ」
「ダッセー」
「う……後ろ……」
「は? 後ろがどうし――」
振り返った瞬間。
「ふんぎゃああああっ!!」
四人は一斉に悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとする。
だが、距離が近すぎる。
このままでは間に合わない。
剣を抜く。
一閃。
銀色の軌跡が木漏れ日に煌めき、《フレムトロプス》は悲鳴を上げる間もなく地面へ倒れ伏した。
森に静寂が戻る。
腰を抜かした四人は呆然と俺を見つめ、ゴニアはようやく張り詰めていた息を吐き出した。
……ちなみに。
この一件をきっかけに、四人とゴニアは妙に仲良くなったらしい。
極限状態を一緒に乗り越えたことで、妙な仲間意識でも芽生えたのだろう。
世の中、何がきっかけで人と人との距離が縮まるか分からないものである。




