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番外編 とある勇者の物語5

すいません、トラブルで電子機器がさわれていませんでした。明日もがんばります

「さあ、お昼ご飯にしようか!」


 柔らかな陽光が木々の葉の隙間から降り注ぎ、穏やかな風が草原を撫でていく。

 どこまでも広がる青空の下、色とりどりの草花が揺れる広場に、明るい青年の声が響いた。


 不思議な髪型をした青年が、周りで遊んでいた子供たちへ優しく声をかける。


 彼は頭一つ、いや二つほど周囲より背が高く、黒と白、そして金の模様が複雑に織り込まれたポンチョを軽やかに羽織っていた。

 その独特な装いはどこか異国めいており、穏やかな笑みを浮かべていても隠しきれない威厳が自然と漂っている。


 彼の周りにいるのは、五歳から十二歳ほどの少年少女たち。

 年齢も性格もばらばらだが、皆どこか普通の子供とは違う雰囲気を持っていた。


 無邪気に笑い、駆け回り、じゃれ合う姿は年相応そのもの。

 しかし、その小さな体から時折漏れ出る圧倒的な存在感だけは、誰が見ても「普通ではない」と感じるほどだった。

 ……もっとも、本人たちはそんなことなど気にも留めず、今日も元気いっぱいに遊び回っている。


 青年の声を聞くや否や、子供たちは一斉に振り返った。


「ご飯だー!」

「やったぁ!」


 歓声を上げながら、小さな足音を響かせて青年のもとへ駆け寄ってくる。

 その笑顔は太陽にも負けないほど眩しく、青年も自然と頬を緩めた。


「私が腕によりをかけて作った料理よ、いっぱいお食べ?」


 穏やかな声とともに、青年の後ろから銀髪の少女が姿を現す。


 陽の光を受けて銀糸のような髪がきらきらと輝き、その整った顔立ちはまだ幼さを残しているにもかかわらず、どこか人を惹きつけて離さない神秘的な美しさを宿していた。

 澄んだ瞳には優しさが宿り、その一挙手一投足には年齢に似合わぬ気品が漂っている。


 ──きっとこの子は、大人になれば誰もが振り向くような魔性の女性になるのだろう。


 青年はそんなことをぼんやり考えながら、長テーブルへ並べられた料理を見回した。


 焼きたてのパンで作られた色鮮やかなサンドイッチ。

 こんがり黄金色に揚がったフライドチキン。

 新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダや、湯気の立つ温かなスープまで並んでいる。


 食欲をそそる香りが辺り一面に広がり、子供たちの目は期待に輝いていた。

 青年は一人ひとりの皿へ料理を配っていく。


「ほら、慌てなくてもちゃんと全員分あるからね。」

「はーい!」


 元気な返事があちこちから返ってきた。


「いや、久しぶりに食べたけど◯◯◯◯◯◯の作ってくれたご飯はやっぱり美味しいね!

 流石だ、パンも発酵に何か応用したのかな?」


 青年がふわりとしたパンをちぎりながら感心したように言う。


「ええ、主様(マスター)がもっとパンは柔らかい方が好みだとおっしゃっていたので。

 いかがでしたか?」


 少女はどこか照れくさそうにはにかみながら尋ねる。

 その瞳には褒められることへの期待が隠しきれず浮かんでいた。


「堅いなあ、昔のように◯◯◯様と呼んでくれていいんだよ?

 可愛かったなあ、夜のトイレを怖がって『◯◯◯様、◯◯◯様』って大声で呼んでいたよね。」


 青年が懐かしそうに笑う。


 少女の白い頬はみるみるうちに赤く染まり、耳まで真っ赤になった。


「もう! 主様(マスター)ったら!

 私はもう子供じゃないんですよ!

 ほら、他の方々やお仲間に代わって主様(マスター)のお世話ができるようになったんだから!

 ……ですから」


 恥ずかしさと嬉しさが入り混じった表情で俯く少女。

 その仕草はどこか愛らしく、青年は思わず苦笑する。


 そんな二人のやり取りを見ていた少年の一人が、にやりと口元を歪めた。


「ヒュー、◯◯◯◯◯◯姉ちゃん、主様(マスター)にお熱ー!」

「ちょっ!? 何を言ってるの!?」


 少女は慌てて声を上げ、子供たちは一斉に笑い出す。


「あはは、嬉しいなぁ」


 青年もつられるように笑う。


 笑い声は青空へと溶け込み、穏やかな風がそれを遠くまで運んでいく。

 誰もが笑っていた。

 誰もがこの穏やかな時間を当たり前のものだと思っていた。

 この幸せな日々が、いつまでも、ずっと続くのだと信じていた。



 ◇



「あ゛? 無敵だかMAXだか知らねえけどよ、さっさと逝けや!」


 鬼丸はゆっくりと刀を構え直し、燃え盛る戦場の向こうに立つカツキングを睨みつける。


(力が増えている。相手に損傷を与え、それを回復すれば力が増すのか?

 ……なんにせよ、これ以上は危険だ。全身全霊で奴を殺す。)


 次の瞬間、鬼丸の姿が掻き消えた。

 鋭い抜刀音だけが空気を裂く。


「ッ!」


 カツキングが反応するより早く、その右腕が肩口から宙を舞った。

 鮮血が噴き出し、大地を赤く染める。


 しかしカツキングは怯まない。

 咆哮を上げながら左拳を振りかぶり、そのまま鬼丸へ突撃する。


「オオオオオッ!!」


 その拳は地面を砕くほどの威力を秘めていたが、鬼丸は紙一重で身を翻す。

 一歩。

 半歩。

 最小限の動きだけで拳をかわし続ける。


 数百年というブランクがあろうとも、その身体に刻まれた戦闘経験は失われていない。

 カツキングの単純な攻撃など、鬼丸にとっては赤子の手をひねるより容易いものだった。


「《クリムゾン・ビクトリー》」


 静かな呟きとともに刀身から深紅の炎が噴き上がる。

 放たれた炎は巨大な火柱となってカツキングを包み込み、轟音とともに周囲の空気を灼き尽くした。

 熱風が戦場を吹き抜け、炎の壁が視界を覆う。


 やがて炎が晴れると、そこにカツキングの姿はなかった。


「……逃げられたか。この程度も仕留められんとは、俺も鈍ったな。」


 鬼丸は小さく息を吐き、刀を鞘へ収める。


「戻らなければ。」


 地を蹴ると、その身体は軽々と木々を越え、仲間たちの待つ戦場へと跳躍していった。



 ◇



「はあ、こんなものなの。君たち。」


 土煙の立ち込める戦場。

 砕けた岩や折れた木々の中央で、テスタロッサは退屈そうに肩を竦めた。

 その足元には、倒れ伏した二人の戦士。


 返事はない。


 だがテスタロッサは当然だと言わんばかりに話を続ける。


「ほんと、君たちからやってきたんだよ?

 これじゃあ弱いものいじめじゃないか。

 俺はね、蹂躙したいんじゃなくて戦いがしたいんだよ。

 ちょうどいいぐらいの戦いが。

 ……はあ、聞いてないか、やれや。」


 しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 ヒュッ、と風を切る音。


 ナズナが放った一本の矢が一直線にテスタロッサへ襲いかかる。

 だが。


「甘い。」


 甲高い金属音が響き、矢はテスタロッサの腕に弾かれて地面へ突き刺さった。


「人の話ぐらい最後まで聞けよ!」


 怒気を孕んだ声が戦場に響く。

 対するナズナは一歩も引かず、再び弓へ矢を番えた。


「させるかよ!」


 テスタロッサの姿が掻き消える。

 次の瞬間、豪速の蹴りがナズナの頭部を捉えようと迫る。


 だが、その死角から銀閃が走る。

 シンコスの鋭い突きだった。


 剣先が蹴りの軌道を逸らし、ナズナは間一髪で直撃を免れる。

 二人は互いの動きを信じ、絶妙な連携で攻撃を繰り返す。


 ナズナが距離を取りながら矢を放ち、その隙を縫ってシンコスが肉薄する。

 攻守を絶え間なく入れ替えながら、致命傷だけは避け続けていた。


 一方のテスタロッサも、格下相手に本気を出すことへの抵抗がどこかに残っていた。

 そのため決定打を放てず、攻めあぐねている。


 ──だが。


 両者の実力差は、依然として埋まらない。

 一瞬の隙を突き、テスタロッサの重い拳がナズナの腹部へ突き刺さる。

 鈍い衝撃音が響き、ナズナは血を吐きながら地面を転がった。


「終わりだ。」


 そう呟いた直後だった。


「……これは?」


 足元がふらつく。

 腕が重い。

 身体に僅かな痺れが走る。


「毒……?」


 テスタロッサは自らの腕を見つめ、初めて表情を曇らせた。

 その瞬間を、シンコスは逃さない。


「《神龍のイザナイ ガーリック》!」


 眩い光がシンコスを包み込み、神龍の力がその身へ宿る。

 膨れ上がる闘気が周囲の空気を震わせ、大地にひびを走らせる。


「俺を舐めるなああぁぁぁッ!!」


 怒号が戦場を揺るがした。

 テスタロッサの全身から凄まじい闘気が噴き上がり、周囲の空気が震える。


 大地に亀裂が走り、砕けた岩石がひとりでに宙へ浮かび上がる。木々は嵐に晒されたように激しくしなり、肌を刺すほど濃密な殺気が辺り一帯を包み込んだ。


 先ほどまで浮かべていた余裕の笑みは消えている。

 その瞳に宿るのは、獲物を狩る猛獣のような冷たい殺意だけだった。


「なるほど……毒を仕込んでいたのか。」


 自分の腕へ視線を落とし、小さく笑う。


「少しは楽しませてくれるじゃないか。」


 その言葉が終わるより早く、テスタロッサの姿が消えた。


「速い!」


 シンコスが咄嗟に槍を構える。

 直後、耳をつんざくような衝撃音。


 ガキィィィンッ!!


 槍と拳が激突し、衝撃波が周囲へと吹き荒れる。足元の地面が陥没し、砕けた石が雨のように飛び散った。


「ぐっ……!」


 シンコスは歯を食いしばりながら後退する。

 重い。

 先ほどまでとは比較にならないほど、一撃一撃の圧力が増している。


(これが……本気。)


 ナズナもふらつく身体を無理やり起こし、震える手で弓を構え直した。


「シンコス!」


 その声に応えるように、シンコスは地面を蹴る。

 真正面から槍を突き出し、テスタロッサの懐へ飛び込む。


 だが。


「遅い。」


 テスタロッサは身体をわずかに傾けるだけで槍をかわし、そのまま拳を振り抜く。

 轟音。


 シンコスの身体が砲弾のように吹き飛び、何本もの木をへし折りながら止まった。


「がはっ……!」


 口から鮮血がこぼれる。

 それでもシンコスは立ち上がる。

 その背後から、ナズナが矢を放った。

 一本、二本、三本。


 矢は軌道を変えながらテスタロッサの死角を狙う。

 しかし。


「だから甘いんだよ。」


 拳を振るうだけで衝撃波が生まれ、飛来した矢はすべて空中で砕け散った。

 実力差は、あまりにも大きい。

 それでも二人の瞳から闘志は消えない。

 互いに目を合わせ、小さく頷く。

 この戦いは、自分たちだけのものではない。

 鬼丸が戻るまで。

 一秒でも長く、この怪物をここに足止めする。


 その覚悟だけが、限界を超えた二人の身体を動かしていた。

 そしてテスタロッサは、そんな二人を見つめながらゆっくりと口角を吊り上げる。


「いい目だ。」


 その笑みには、先ほどまでの退屈さはない。

 強者だけが浮かべる、純粋な歓喜。


「ようやく……戦いになってきた。」


 吹き荒れる殺気が、再び戦場を支配した。

 テスタロッサの全身から溢れ出した闘気が大気を震わせ、足元の大地に無数の亀裂を刻む。吹き荒れる衝撃波が土煙を巻き上げ、周囲の木々を根元からへし折っていく。


「終わりだ。」


 テスタロッサが一歩踏み出す。

 その一歩だけで地面が陥没し、爆発的な速度でシンコスとの距離を詰めた。


「しまっ――」


 シンコスが槍を構えるより早く拳が迫る。

 直撃する。

 その瞬間だった。


 ――ギィンッ!!


 鋼と鋼が激突するような甲高い音が戦場に響き渡る。


「……?」


 テスタロッサの拳は、一振りの刀によって受け止められていた。

 土煙がゆっくりと晴れていく。

 そこに立っていたのは、一人の男。

 肩に担いだ大太刀。


 返り血に染まった黒衣。

 燃えるような赤い瞳だけが、静かにテスタロッサを見据えている。


「鬼丸!」


 シンコスが思わず声を上げた。


「悪い。」


 鬼丸は視線を敵から逸らさないまま短く答える。


「少し手間取った。」


 その声は静かだった。

 だが、その場にいる誰もが理解する。

 この男が現れたことで、戦場の空気そのものが変わったことを。


「へぇ……。」


 テスタロッサは拳を引き、鬼丸をまじまじと見つめる。


 鬼丸は何も答えない。

 ゆっくりと刀を構え直すだけだった。

 その姿には一切の隙がない。

 攻めるでもなく、守るでもない。

 ただ立っているだけ。

 それだけで、容易には踏み込めない圧力を放っていた。


「無口だね。」


 テスタロッサは笑う。


「カツキングさえ勝てなかったのか」


 その口元が嬉しそうに歪む。


「おいおい、俺を前にして余裕だな!ぶっ殺してやるよ!」


 ドンッ!!

 地面が爆ぜる。

 瞬きほどの時間でテスタロッサが鬼丸の懐へ潜り込み、拳を振り抜く。


「ッ!」


 鬼丸は半身になるだけで拳をかわし、同時に刀を横薙ぎに払う。

 鋭い斬撃がテスタロッサの胸元を掠める。


「おっと。」


 紙一重で後方へ飛び退くテスタロッサ。

 服が裂け、浅く血が滲む。


「危ない危ない。」


 傷口を指でなぞりながら笑う。


「今のは本当に危なかった。」


 次の瞬間。

 二人の姿が同時に消えた。

 ギィィン!!

 ガガガガガッ!!


 剣戟と拳撃が目にも留まらぬ速度で交錯する。


 一度。

 二度。

 十度。


 衝突するたびに衝撃波が生まれ、大地が砕け、周囲の木々が次々となぎ倒されていく。


「見えない……。」


 ナズナが息を呑む。

 目で追っているはずなのに、二人の姿が映らない。

 聞こえるのは轟音だけ。


「強い……。」


 シンコスも剣を握る手に力を込めた。


「おそらくゼロ様と同じぐらい」


 激突。

 斬撃。

 回避。

 反撃。


 互いに一歩も譲らない。

 鬼丸の刀は最小限の動きで確実に急所だけを狙い、テスタロッサは常識外れの身体能力でそれを避けながら拳を叩き込む。

 戦いは一見互角。

 しかし。


(重い。)


 鬼丸は内心で舌打ちする。

 拳の一撃一撃があまりにも重い。

 受け流しているにもかかわらず、腕へ鈍い痛みが蓄積していく。

 対するテスタロッサもまた鬼丸を観察していた。


(全部見切られてる。)


 拳も。

 蹴りも。

 体重移動すら。

 剣の腕だけなら、自分より上。

 だからこそ。


「はは、こういう気持ちだったのか、最高だ……!」


 テスタロッサは心の底から笑う。


「もっと楽しませてくれよ、鬼丸!」


 叫ぶと同時に、さらに魔力を解放する。

 膨れ上がる闘気が戦場を揺らし、その圧力だけで地面に新たな亀裂が走った。

 鬼丸も静かに刀を握り直す。


「……来い。」


 短いその一言を合図に、二人は再び地を蹴る。

 その激突は先ほどとは比べものにならないほど激しさを増し、戦場は再び轟音に包まれる。


 鬼丸とテスタロッサは幾度となく刃と拳を交える。

 剣閃が空気を裂き、拳圧だけで大地が抉れた。

 鬼丸の斬撃は研ぎ澄まされていた。

 一切の無駄がない。

 喉を、心臓を、首筋を。

 必殺の軌道だけを描く刃。

 しかし、そのどれもが決定打にはならない。

 テスタロッサは常識外れの反応速度で急所だけを外し、浅い傷を負いながらも笑っていた。


「いいねぇ!」


 拳が唸る。


 鬼丸は刀で受け流すが、重い。

 衝撃が腕を通して全身へ突き抜ける。


「ッ……!」


 数歩後退し、すぐさま踏み込み直す。


 間合いを与えれば、一気に押し込まれる。鬼丸も理解していた。


(斬れる。だが、届かん。)


 剣技なら自分が上。

 だが、相手は速く、硬く、そして何より戦いながら適応してくる。

 一撃で仕留められなければ、勝機は急速に遠のいていく。


 対するテスタロッサも鬼丸を見据えながら笑みを浮かべる。


(強い。俺より剣は上だ。だが、押し切れる。)


 そう確信した瞬間だった。


「終わりだ!」


 テスタロッサが渾身の一撃を放つ。

 鬼丸は受ける。


 轟音。


 刀が軋み、鬼丸の身体が大きく押し込まれる。

 踏み締めた地面が割れ、足が半ばまで沈み込んだ。


 さらに拳が迫る。

 避ければ体勢を崩す。

 受ければ押し負ける。


 鬼丸が初めて防戦へ回った、その時だった。

 ヒュンッ!!

 風を裂く矢が一直線に飛来する。


「……!」


 テスタロッサは咄嗟に首を逸らす。

 矢は頬を掠め、そのまま肩へ突き刺さった。


「また毒か。」


 ほんのわずかに動きが鈍る。

 その一瞬を逃さず、シンコスが地を蹴った。


「鬼丸!」


 《神龍のイザナイ ガーリック》をその身に宿し、槍を突き出す。


 狙いは命ではない。

 鬼丸へ向いている視線を逸らすこと。


「邪魔だ!」


 テスタロッサは拳で剣を迎え撃つ。


 激突。

 衝撃でシンコスは吹き飛ばされる。

 だが、その攻撃を放つために、テスタロッサの身体はわずかに横を向いた。


 鬼丸の前から、両腕による防御が消える。

 刹那。

 鬼丸の瞳が細くなった。


「十分だ。」


 踏み込む。

 大地を割るほどの勢いで間合いを詰める。


「《クリムゾン・ビクトリー》」


 刀身から噴き上がった紅蓮の炎が、一筋の閃光となって奔る。

 避ける暇はない。

 テスタロッサは咄嗟に腕を交差させた。

 ズバァァァッ!!

 炎を纏った斬撃が両腕ごと胸を深く斬り裂く。


「ぐっ……!」


 初めてテスタロッサの表情が苦痛に歪んだ。

 紅蓮の炎は傷口へまとわりつき、再生を阻むように激しく燃え続ける。

 鬼丸は間髪入れず追撃へ移る。


 あと一歩。


 あと一太刀で首が届く。

 だが、その時。

 テスタロッサは笑った。


「……やっぱり、一人じゃなかったか。」


 その声に悔しさはない。

 むしろ満足げだった。


「今日はここまでにしておく。」


 腰から黒い球体を取り出し、地面へ叩きつける。


 轟ッ!!


 黒煙が爆発的に広がり、視界を完全に覆い尽くした。

 鬼丸は迷わず煙の中へ踏み込む。

 しかし、すでに気配は遠ざかっていた。

 煙が風に流される頃には、テスタロッサの姿はどこにもない。

 鬼丸はゆっくりと刀を納める。


「逃げられたか……。」


 シンコスが傷だらけの身体を起こし、苦笑した。


「惜しかったですね。」


 鬼丸は首を横に振る。


「いや。」


 短く息を吐く。


「あの隙は、お前たちが作った。」


 ナズナも静かに弓を下ろす。

 鬼丸は二人へ視線を向け、小さく頷いた。


「一人では、届かなかった。」


 その一言に、シンコスとナズナは疲れた表情のまま笑みを浮かべた。

 戦いには勝った。

 だが、敵はまだ生きている。


 胸に刻まれた深い傷と紅蓮の炎を抱えながら、テスタロッサは次なる決戦を誓い、戦場を去っていた。

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