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第十七夜 龍

とある一人の少年がいました。

彼は生まれつき力が強く周りからとても頼りにされていました。

そのことを彼は幸せなことだとは思っていませんでした。

だって彼にとってそれが当たり前だったから。それでもそのことに安らぎを感じていたのは確かでしょう。

そんな、いつもの秋のことでした。その年は光文明とのいざこざで兵を出していたためより税を取らなければならないと。

「なんだ、これっぽっちも払えないのか?隣の村は払っていたぞ!」

当たり前です。土地は限られているのだから収穫量はある程度決まっています。5割を7割にされたのだからたまったものではありません。村の娘達が強制的に身売りに行かされた時彼は立ち上がることを決心しました。



◇



「あなた、意外と強かったんですねぇ」


商人は感心したようにそう言った。

つい先日助けた男。

いや、助けたと思っていただけなのだろう。

今なら分かる。


あの場に俺がいようがいまいが、大した違いはなかったのだ。

せいぜいこの男が少し楽をできた。その程度だったのだろう。

崩れゆく建物の中、俺は子供達を庇うように前へ出ながら小さく息を吐く。


(どうだ?)


「『多分格上だな。勝てなくはねえと思うが、厳しい相手だ』」


やっぱりか。

俺も同じことを考えていた。

目の前の男は笑っている。

前と変わらない営業用の笑顔だ。

だがその奥にあるものは全く違う。


こいつは危険だ。

理屈ではなく本能がそう告げていた。


「んー? 意外と驚いていませんねぇ。既に気付いていたとか?」


「最近危ない目に遭うことが多くてな。常に最悪を想定する癖がついたんだよ」


「その割には随分と危ない場所にいますけどね」


「想定しているだけで回避できるとは言ってない」


商人は肩を竦めた。


「なるほど。そういうものですか」


そう言った瞬間だった。


視界から姿が消える。

いや、違う。

速い。

ゆったりとした服が揺れたと思った時には既に懐へ入り込まれていた。


左袖から飛び出した仕込み刀が一直線に喉を狙う。

咄嗟に身体を逸らす。

頬を掠めた刃が後ろの柱へ深々と突き刺さった。


冷たい汗が流れる。

あと少し遅れていたら死んでいた。


「む」


商人が不思議そうに首を傾げる。


「さっきから思っていたんですが勘が良すぎません?」


再び踏み込んでくる。


横薙ぎ。

突き。

蹴り。

追撃。


一切の無駄がない。

俺は後退しながら剣で捌き続ける。

金属音が何度も響く。

受けるたびに腕が痺れる。


重い。

そして速い。


「……ああ、そういうことですか」


商人は何かに納得したように呟いた。


「最低限の憑依で四六時中周囲を警戒させていたんですね」


「何の話だ?」


「マナの量の割に強い理由ですよ。随分とクリーチャーと仲がいいんですね、ここまでのは初めて見ました。

なるほどなるほど、《守護すぎる守護 鋼鉄》」


鈍い光が男を包み込む。


空気が変わった。

圧力が増す。

先程までとは明らかに別物だ。


「《龍覇 グレンモルト》」


(そうなのか?)


「『何がだよ! 憑依の話なら当たり前だろ! じゃなきゃどうやって話してんだ!』」


(ちょっとうるさい!)


「『うるさくねえ! 集中しろ馬鹿!』」


だがそのやり取りを待ってくれるほど相手は甘くない。

クリーチャーの力を得た商人が再び踏み込む。


先程までより速い。

剣が迫る。

避ける。

追撃が来る。

受け流す。

さらに蹴りが飛んでくる。

防御。

衝撃で身体が吹き飛ばされる。


「『右!』」


刃を避ける。


「『左!』」


身体を捻る。


「『上!』」


頭を下げる。


「『さらに上! 天井が崩れるぞ!』」


視線を向ける。

巨大な瓦礫が落下していた。


しかも。

落下地点には子供達がいる。


「っ!」


考えるより先に身体が動いた。


「お前たち! 早く逃げろ!」


叫ぶ。

子供達が慌てて走り出す。


その様子を見て商人が心底不思議そうな顔をした。


「解せませんね」


「何がだ」


「あなたの一番大事な方は、あの女性ではないのですか?」


アガピの顔が脳裏をよぎる。


「一番だけを見ていればいいのに」


商人は続ける。


「たくさんの物に手を伸ばすから全部失うんですよ」


その言葉を聞いた瞬間。


胸の奥で何かが軋んだ。


「一つだけ守ればいい」


「一人だけ守ればいい」


「そうすれば失わない」


商人は当たり前のように言う。

まるで正論を語るかのように。

だからこそ腹が立った。


違う。

こいつに腹が立っているんじゃない。

もっと別の感情だ。

昔の自分。

何も守れなかった自分。

失ったもの。

失いかけたもの。


そんな記憶が次々と浮かんでくる。


「黙れ」


自然と言葉が漏れた。


「それ以上口を開くな」


「は?」


商人が眉をひそめる。

駄目だ。


これ以上言ってはいけない。


胸の奥からドス黒い何かが溢れ出しそうになる。


怒り。

憎しみ。

殺意。


様々な感情が渦を巻いている。


そしてその時だった。


「『いい』」


知らない声が聞こえた。


モルトじゃない。


「『実にいい』」


誰だ、オマエハダレダ。


「『怒れ』」


身体の奥が熱くなる。


「『爆発させろ』」


力が湧いてくる。


「『その怒りを力に変えろ』」


視界が鮮明になる。

血の流れすら感じられる気がした。

だが心は不思議なほど冷静だった。

激情が暴れている。

なのに頭は冴えている。


「おい」


俺は剣を構える。


商人が一歩後退した。


初めてだった。

この男が警戒を見せたのは。


「二度とその薄汚い口を開くな」


自分でも驚くほど低い声だった。


「今の俺は優しくないぞ」


踏み込む。

石畳が砕ける。


「《爆流剣術 絶交の太刀》!」


剣が振り下ろされる。

商人が迎撃する。

だが止まらない。

力が溢れてくる。

酒を飲んだ時のような高揚感。

何でもできるような全能感。


気持ちいい。

だが呑まれるな。

使いこなせ。


激情を制御しろ。

怒りを力へ変えろ。


「《二刀龍覇 グレンモルト『王』》!!」


激突、轟音。


衝撃で周囲の瓦礫が吹き飛ぶ。


そして次の瞬間には勝負が決まっていた。


膝をつく商人を見下ろしながら、俺は静かに口を開く。


「俺にはお前たちが何をしたいのか分からない」


商人は黙っている。


「何があったのかも知らない。何を願っているのかも知らない」


少しだけ昔を思い出す。

全部を失ったあの日を。


「でもな、俺だって少し前までは自分達が世界で一番不幸だと思ってたんだ」


アガピの顔が浮かぶ。

仲間達の顔が浮かぶ。

旅で出会った人達の顔が浮かぶ。


「だけど今は違う」


「……」


「また失いたくないと思えるものができた」


剣を下ろす。


「お前達の復讐を止めようとは思わない」


それは本心だった。


失う苦しみは知っている。


だから否定はしない。


「でも俺達を巻き込むな」


商人は笑った。

血を吐きながら。

それでも笑った。


その笑みは勝者のもののように見えた。


「傲慢ですねぇ」


ぞくりとした。


「俺達の宿願が理解できるとでも?」


その目には狂気が宿っていた。


「無理ですよ、イェネロスさん」


笑った、心の底から。


「あなた達じゃ、全てをかなぐり捨てた俺達には勝てない」


最後に見たその顔が、どうしようもなく恐ろしかった。


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