第十四夜 奴隷
短めです。ごめんね
とある村に、一人の少年がいた。
その村は貧しく、土地は痩せ、作物は思うように育たない。それでも村人たちは毎日、黙々と働き続けていた。少年もまた、満たされることのない日々を当たり前のものとして受け入れ、淡々と生きていた。
しかし、その静かな日常はある日、唐突に終わりを告げた。
村が襲撃されたのだ。
炎が上がり、悲鳴が夜気を裂き、土埃の向こうから武装した影が押し寄せてくる。山賊なのか、別の何者なのか──少年には分からなかったし、知る必要もなかった。ただ、生きてきた世界が壊れていく音だけが耳に残った。
逃げ惑う中、少年は背中を斬られ、地面に倒れ込む。
温かい血が土に吸われていく感覚が、妙に鮮明だった。
(ああ……死ぬのか、俺は)
自分が弱かったから。
自分には何もできなかったから。
そう思えば、死ぬことも仕方がないように思えた。
──それでも。
胸の奥から、どうしようもない叫びが込み上げる。
(怖い……死にたくない……!)
その瞬間、世界がねじれた。
闇の底から這い出すような、禍々しい“何か”が少年の内側へと流れ込んでくる。
冷たく、重く、しかし確かに力を持った存在。
奇跡か、必然か。
少年はその力に飲み込まれた。
その名は──
◇
「よし、あと少しで任務完了だな」
「うん、そうだね」
俺とアガピは馬車の荷台で一息ついた。
あの“クリーチャーの肉倉庫圧迫事件”から一月。胃もたれに悩まされる日々もようやく落ち着き、俺たちはいつも通り任務をこなしている。
今日の仕事は、離れの村へ物資を運ぶ商人の護衛兼手伝いだ。
山道とはいえ人の往来はあるし、クリーチャーの縄張りも避けているため、本来なら危険度は低い。とはいえ、油断は禁物。稀にクリーチャーが迷い込むこともあるからだ。
いくつもの村を回り、最後の村への運搬を終えた帰り道。
馬車に揺られながら、変わり映えのない山の景色をぼんやり眺めていたその時──
甲高い悲鳴が木々の間を突き抜けた。
視線を向けると、前方の道で一台の馬車がクリーチャーに襲われている。
「どうします?助けましょうかね?それとも通り過ぎますか?」
「いや、助けよう。……助けたい。できるかい?」
「微力を尽くします」
雇い主──ふくよかで、悪く言えば真っ先に襲われそうな体型の男──に確認すると、彼は即座に頷いた。
ならばやるべきことは一つだ。
幸い、相手のクリーチャーはガリガリで、見た目からして強くはなさそうだ。
「アガピ、行くぞ!」
「うん!」
◇
結果から言えば、助けに向かった俺たちをクリーチャーは脅威と判断したらしく、こちらへ突っ込んできた。
だが、疲れているとはいえ俺たちは万全に近い状態だ。
クリーチャーは明らかに格下で、戦いにならない。
それでも、逃げることを選ばず、全力で挑んできた。
その姿勢は褒めるべきかもしれないが──正直、悪手だった。
アガピの呪文が炸裂し、クリーチャーはあっさりと沈んだ。
呪文って、本当に便利だ。
「いや〜助かりました。本当にありがとうございます。僕一人じゃ難しかったので」
助けた馬車の持ち主は若い青年で、筋肉質な体つきをしていた。
礼を言う彼は、まだ興奮が抜けきらない様子で息を整えている。
「いえいえ、困った時はお互い様です。これからの道中は気をつけてください」
「いや、助けてもらってこのままというわけにもいきませんし……実は奴隷を運搬しているんです。色んな街で商いを開くので、よかったらご覧ください。安くしときますよ」
「ではそれで。またどこかで」
軽く挨拶を交わし、俺たちは青年と別れた。
「奴隷市か。もうそんな季節なんだな」
奴隷市は春と秋に一度ずつしか開かれない。
市場自体は定期的にあるが、奴隷市は特別だ。
奴隷を買うつもりはないが、見に行くだけなら悪くない。
何かの巡り合わせかもしれないし、アウトレイジについての情報が転がっている可能性もある。
「アガピはどう思う?」
「うーん……買うなら身の回りの世話をしてくれる奴隷か、パーティメンバー代わりになる奴隷だけど……前者は自分たちでできるし、食い扶持が増えるだけだし。パーティメンバーなら僧侶が欲しいけど、奴隷の僧侶なんて訳ありすぎて嫌だよねぇ」
「全くもってその通りだね。でも案外、何かあるかもしれないし」
「んー、行くだけならタダだしいいんじゃない?」
一週間後の市場が、少しだけ楽しみになった。




