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番外編 とある勇者の物語3

 愛こそが最も美しく、最も尊い。

 愛こそが最も素晴らしく、最も気高い。

 この世界はそうできている。――いや、()()()()()()()()()()()()()

 だって、そうでなければ――どうしてあなたは殺されなければならなかった。

 愛に生き、愛を信じ、愛に悲しみ、愛に喜んだあなたが。

 誰よりも優しく、誰よりも人を想っていたあなたが。

 だから私は人を愛そう。

 心の底から、人を愛せるその日まで。



 ◇



「……なあ、あんまり詳しく聞いてないんだが、俺たちはシノビなのか? それともオラクルなのか? あと、こいつの村はオラクルの影響下に入ったらしいが、勝手にそんなことしてよかったのか? 文明と敵対なんてしたら、とてもじゃないが勝ち目はないんじゃないか?」


「馬鹿にするな。流石にそこまで考えなしじゃない」


 僕の問いに、優男――シンコスと名乗った男は肩を竦めながら答えた。


「数年前、先代皇帝が行方不明になり、現皇帝が即位した。だが、ただでさえ貴族同士の権力争いが激化していた時期だ。本来なら傀儡として担ぎ上げられるはずだった皇帝が、予想外にも反抗を始めた」


 シンコスは鼻で笑う。


「表向きは平静を装っているが、内情は火薬庫だ。いつ爆発してもおかしくない。そして俺たちは、その皇帝直々のお墨付きを貰っている」


「なるほど。実質世紀末だから何でもありってことか。終わってるな」


「本当に終わってるのは、少し考えれば破滅すると分かる状況で、誰も止まれないことだ。皆、“相手が先に倒れるまで耐えれば勝ち”だと思い込んでる。だから余計にタチが悪い」


 吐き捨てるように言ってから、シンコスは小さく笑った。


「まあ、幸か不幸か、そのお陰で俺たちは好きに動けるわけだがな」


 そして視線をこちらへ向ける。


「それと、さっきの質問に答えるぞ。俺たちはシノビだ。任務は事態の鎮静化。その後どう処理するかは上が決める。だから勝手な真似はするなよ」


 どうやら想像以上に酷い状況らしい。


「了解。あんなおっかない目に遭わなくて済むなら、大抵のことはやるよ」


「私も頑張ります!」


「……えっと、悪い。名前なんだっけ」


「僕も気になってた。名前なんなの?」


 僕たちの返答に、少女は目を丸くした。

 愕然とした表情のまま数秒固まっていたが、なんとか立て直す。


「い、言ってなかったですっけ……? 私の名前はナズナです。狙撃は得意なので、きっと役に立てると思います」


 そう言って、彼女は胸元で拳を握り締めた。


「前にも言いましたけど、私は……私たちみたいな人を助けたいんです。この気持ちだけは、誰にも負けません」


 その瞳には、怯えではなく決意が宿っていた。


「私たちにとって、“ああいう人たち”は災害みたいなものでした。ただ頭を下げて、嵐が通り過ぎるのを待つことしかできない。逆らえば壊されるだけだから」


 唇を噛み、けれど彼女は前を向く。


「でも、あなたたちが救ってくれた。だから私は知ったんです。ただ無抵抗で受け入れるだけじゃなくて、立ち上がってもいいんだって。これから芽吹く、小さな蕾たちを守りたいんです」


 ――眩しい。


 ナズナは、自分の信念を持って生きている。

 きっと他の奴らもそうなのだろう。

 素晴らしい。

 だからこそ、吐き気がする。

 何の信念もなく、ただ惰性で生きている自分が、ひどく醜く思えた。

 死にたくなる。

 消えてしまいたくなる。

 今さら何のつもりだ。

 罪悪感から逃げるために人を助け、人の光に照らされて、自分まで救われた気になっているのか。

 違うだろ。

 僕は逃げた。

 救ってくれた人を見捨てた。

 友と呼び合った奴らから逃げた。

 自分の責務を投げ捨てた。

 そんな僕が、何を偉そうに。

 僕は彼らと釣り合わない。

 決して対等なんかじゃない。

 それでも――こう生きると決めたのは僕自身だ。

 なら、罪から目を逸らすな。

 逃げるな。

 逃げるな逃げるな逃げるな逃げるな逃げるな逃げるな逃げるな逃げるな逃げるな逃げるな――。

 僕は永遠に苦しむべきなんだ。

 ああ、なんて惨めで、見苦しく、浅ましい。

 ――それでいい。

 俺は、そういう人間だ。だからこそ生きていると実感できる。


「……大丈夫ですか? 顔色、悪いですよ?」


 ナズナの声で、意識が引き戻される。

 集中しろ。

 今は余計なことを考えるな。


「本当に大丈夫か? 体調悪い奴を連れて行っても、足手纏いになるだけだからな」


「いや、大丈夫だ。心配させて悪い。それで、どこにいつ行くんだ?」


「悪いが場所は伏せる。何かあってからじゃ遅いからな。先導役についてきてもらう。距離もあるし、今のうちに出るぞ」



 ◇



「……あそこか」

「あそこだな」

「あそこなんですか……」


 数時間かけて辿り着いた先には、アウトレイジの拠点らしき集落があった。

 外見は完全に村そのものだ。

 畑があり、井戸があり、子供の姿すら見える。だが、その奥に漂う空気が違う。

 ここは“隠れ家”だ。

 いや、隠れ家であると同時に、もう一つの社会なのだろう。

 こうなれば、公的機関など役に立たない。

 そして奴らは、それを理由に最初から動こうともしない。

 ……元から期待などしていなかったが、ここまで腐っているとは。


「いつの時代も割を食うのは民か。反吐が出るねぇ」


「だからこそ俺たちがいる。せめて星の下に生きる()()|だけは守らねばな」


 どうやら無意識に口に出ていたらしい。


「それにしても、どうする気だ? 吐き気がするほど人数がいるぞ。全滅させるのは骨だろ」


「いや、なんで全滅前提なんだ。頭おかし――いや、お前は元からおかしかったな。逃げるならそれで好都合だ」


「では、予定通り私がやります」


 ナズナは本当に優秀な狙撃手だった。

 気配は薄く、呼吸すら感じさせない。

 彼女が静かに弓を引く。

 放たれた六本の矢は、夜気を裂きながら監視役の二人へ襲いかかった。

 敵も練度は高かったのだろう。

 殺気に気づき、咄嗟に最初の矢を剣で弾く。

 だが遅い。

 残る矢が喉と心臓を正確に貫き、二人は声も上げられず絶命した。

 その隙に、俺とシンコスは内部へ滑り込む。

 最初に出会った男は、突然現れた侵入者に硬直した。

 愚かだ。

 そんな暇があるなら、目の前の敵に剣を振るえばよかったものを。

 腰の剣は飾りか?

 愚か者に二度目はない。

 投げたナイフが男の額を貫き、血飛沫と共に崩れ落ちる。

 その音を聞きつけた三人が曲がり角から飛び出してくる。


「敵――!」


 叫ぶより早く、奴らは僕へ突っ込んできた。

 僕一人だと思ったのだろう。

 横合いから、シンコスの重い蹴りが脇腹へ炸裂する。

 骨が砕ける音。

 咄嗟に身構えたお陰で即死は免れたようだが――その瞬間にはもう、ナズナの射線上だった。

 三本の矢が、ほぼ同時にこめかみを撃ち抜く。


「次はどうする?」


「このまま中央の建物へ行く。おそらく幹部がいる。頭を潰せば、後は烏合の衆だ」


「了解」

「分かりました」


 襲撃に気づいたのか、警鐘が鳴り響く。

 だが、その鐘を鳴らした男の喉を、次の瞬間にはナズナの矢が貫いていた。

 周囲から構成員たちが雪崩れ込んでくる。

 かなりの数だ。

 ――だからどうした。


「出迎えご苦労!」


 迫ってきた連中を、一人ずつ丁寧に叩き潰していく。

 力量差も理解できない愚か者に与えるものなど、死だけで十分だ。


「虫唾が走るんだよ」


「うわ……酷いですね。小枝みたいに折れてるんですけど……」


「おい! 相手をするな!」


「分かってる。行くぞ」


 僕の殺気に呑まれ、腰を引かせる連中を踏み越えながら走る。



 ◇



 部屋を片っ端から蹴破り、制圧していく。

 中にはそこそこ腕の立つ奴もいた。

 だが、不意を突かれた時点で勝負は決まっている。

 強い戦士は、無意識にマナを巡らせ、攻撃を受ける部位を強化する。

 だからこそ、人間は肉体で勝るクリーチャー相手にも戦える。

 逆に言えば――意識の外から攻撃を受ければ、人は驚くほど簡単に死ぬ。

 その時だった。

 ――何かいる。

 そう感じた。

 強烈ではない。

 だが、底の見えない禍々しさを持つ気配が二つ。

 それを察知したのは、どうやら俺だけではなかったらしい。

 ハンドサインを交わし、ドアを蹴り飛ばす。


「おいおい、随分な挨拶だねぇ。ドアを蹴破るなんて、頭おかしいんじゃないかい? ここの蝶番、ちゃんと油差してたんだけどなぁ」


「ははっ! 強そうな奴らじゃねぇか! 待ってたぜ、お前らみてぇなのをよ!」


 部屋の中には二人の男がいた。

 一人は“スーツ”と呼ばれる珍しい服を纏った白髪の男。

 柔和な笑みを浮かべているが、その奥に潜む気配は腐臭のように不快だった。

 もう一人は筋骨隆々の大男。

 理性より闘争本能で動く、獣以下の存在。


「期待はしてなかったが、想像以上だな。同じ言語を話してるのかすら怪しい」


 シンコスは溜息を吐き、僕へ声を掛ける。


「鬼丸。お前はデカい方をやれ。俺たちはもう片方を相手にする」


「了解。三十秒で片付ける」


「おいおい、面白ぇこと言ってくれるじゃねぇか!」


 次の瞬間、二人は地面を砕きながら激突した。

 衝撃で建物に亀裂が走り、そのまま外壁を突き破って外へ吹き飛んでいく。

 だが、そんなことなど意に介さず、二人の男はボルテージをさらに上げ、戦いを始めた。



 ◇



「はぁ……嫌だねぇ、血気盛んな奴らは。もっと理性的に、穏やかに話し合うべきだと思わないかい?」


 白髪の男は肩を竦め、大仰に溜息を吐く。


「ああ、まだ名乗ってなかったね。僕の名前はテスタロッサ。こう見えて、アウトレイジじゃそれなりに上の立場なんだぜ?」


「残念ながら、俺たちはお前らと語り合うつもりはない」


「へぇ。じゃあ、そっちのお嬢さんは?」


「少なくとも私は、“対等”であることが話し合いの前提だと思っています。あなたの言うそれは、ただの脅迫です」


「ああ、そう」


 テスタロッサは細めた目を愉快そうに歪めた。


「いいね。生意気な子は嫌いじゃない。壊しがいがある」


 そして両腕を広げ、芝居がかった動作で笑う。


「改めて教えてあげよう。死にゆく君たちにね」


 その瞬間、空気が灼けた。


「僕の名はテスタロッサ――《灼熱連鎖 テスタ・ロッサ》」


 笑みが深まる。


「この世界の覇者となる男さ」

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