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第十二夜 お肉

「万物は大地より生まれ、やがてそれに還る。

 しかし全てがそれというわけではない。

 自らの手を汚し、その因果を捻じ曲げるのであれば、それ相応の代償を背負う必要があるーーー。

 ……って、これゴミ処理ひようっごべえ!」


 少女がツッコミを入れた瞬間、女の拳がその頭に振り下ろされた。

 ごつん、と鈍い音が響く。


「ああ、悲しきかな。ファシアノスも鳴かずはうたれまい」


「ひ、ひどい……」


 少女は頭を押さえ、その場にしゃがみ込む。

 強く打たれた衝撃で目に涙が滲み、遅れてじわじわと痛みが広がっていく。

 一方、殴った女もまた顔をしかめていた。

 自分の右手を押さえ、軽く振っている。

 勢いよく殴ったせいで、手の方にもダメージが入ったらしい。

 そんな、どうしようもなく間の抜けた光景がそこにはあった。



 ◇



 火文明の宮廷では、貴族たちによる議会が開かれていた。

 議題は「今後の軍備について」。

 だが実際には、それぞれの立場と思惑がぶつかり合う場になっている。

 広い議場には多くの貴族が集まり、互いに意見をぶつけ合っていた。

 声は自然と大きくなり、場の空気は熱を帯びている。

 その中に、火文明のD・M(デュエル・マスター)であるファロウの姿もあった。

 彼は椅子に座りながら、腕を組んで議論を眺めている。

 積極的に口を挟む様子はなく、あくまで状況を見ているだけだ。

 プロスタシア協会は、各文明の民から徴収した税によって運営される組織だ。

 依頼を受け、それを解決することで文明を支えている。

 ただし、その資金源の都合上、各文明の管理下にある組織でもある。

 そのため今回のような招集には従う必要があった。

 もっとも、ファロウ自身は貴族や国家に対してあまり良い印象を持っていない。

 さらに言えば、彼は名目上こそ協会のトップだが、実際の運営は別の人物が担っている。

 本来であれば、この場に来る必要はなかった。

 それでも来ている理由は一つ。

 ――前回の戦いの影響だ。

 侵略者が火文明の領土に攻め込んできた際、軍だけでは対応が間に合わなかった。

 そのため国は正式に協会へ依頼を出し、協会と軍、騎士団が協力して撃退に成功した。

 この結果、協会の評価は大きく上がり、逆に軍部の評価は下がった。

 もしここにファロウが出席していなければ、

 軍部は協会を批判する口実を得てしまうだろう。

 それを防ぐための出席だった。

 議場の奥――王座には皇帝が座している。

 イスチロス・アニキトス・イチロス八世。

 金色に輝く髪と整った容姿は、王座にふさわしい威厳を備えている。

 さらに小柄な体からは強い覇気が放たれ、自然と周囲の視線を集めていた。

 しかし今日は、その表情にわずかな疲れが見える。

 今回の議題は「軍備の縮小」。

 それに伴い、貴族たちの派閥争いも激しくなっていた。

 まず最大派閥、貴族派閥。40代前半であり、まだまだ若いものの先代の跡を継ぎ自然文明との隣接地帯、エフォロス台地の西半分に領地を持つプロト公爵が率いている派閥であり、莫大な富を背景に動いている

 表向きは皇帝を敬っているが、内心では軽視している者も多い。

 それに気づいているのは、おそらくファロウだけだ。

 彼は戦いの中で、人の欲望に敏感になっていた。


「……戦力分散が問題だったのでしょう」


 一人の貴族がそう発言する。


「帝都は地理的にも安全な場所にあります。

 騎士団と軍部を統合し、戦力を集約するべきでは?」


 その発言に対し、別の貴族がすぐに反応した。


「愚か者!!」


 大きな声が議場に響く。


「騎士団は()()の戦力だ!

 それを手放すなど、皇家への侮辱に他ならん!」


 声を張り上げたのはイストリア公爵。

 皇族の血を引くとされる、皇家派閥の長だ。

 ここで重要なのは、彼らが「皇帝」ではなく「皇家」を重視している点である。

 つまり現皇帝ではなく、新たな権力の形を望んでいるということだ。

 そしてもう一つの勢力が中立派閥。

 明確な主張はないが、人数が多く無視できない存在となっている。

 最近は背後に何者かがついたのか、勢いを増していた。

(……どうして動かない)

 ファロウは心の中でそう思う。

 皇帝は実力者だ。

 状況を変える力もある。

 それなのに――何もしていない。

 騎士団が貴族側に取り込まれようとしているにも関わらず。

(民のために動くのが、皇帝じゃないのか、それに貴族どもも貴族どもだ!どうしてそんなに楽観視できる!次に侵略者が攻めてきたとして勝てる保証はどこにもないと言うのに)

 彼の疑問をよそに、議論はさらに激しさを増していく。



 ◇



 議会が終わった後。

 イスチロスは自室へと戻っていた。

 宮廷の喧騒とは打って変わって、そこは静かな空間だった。

 装飾は最小限で、実務的な部屋。

 ただし中央に置かれたソファだけは異様に質が高い。

 この部屋の中で、明らかに浮いている存在だった。


「はあああぁぁ……」


 扉が閉まるなり、イスチロスは大きく息を吐く。その声は見た目は少女の声から出てきたとは思えない中年男性、おっさんを彷彿させるため息だ。

 そしてそのまま、体を投げ出すようにソファへ倒れ込んだ。

 ぼすん、と音が鳴る。

 柔らかなクッションが衝撃を吸収し、彼女の体を深く沈み込ませる。

 外では威厳を保っていた皇帝も、ここでは完全に気が抜けている。


「どうしたらよいのじゃ……」


 顔を横に向けたまま、ぼそりと呟く。


「正直に言いますけど、詰んでますよね」


 すぐ横から、気楽な声が返ってきた。

 騎士団団長ストラティオは、壁にもたれながら腕を組んでいる。

 その態度は皇帝に対するものとは思えないほど軽い。


「簡単に言うでない……」


 イスチロスはちらりと視線を向ける。


「シノビとはそれなりに良い関係を築けておると思いたいが……」


「向こうが何考えてるか分かりませんからね。

 ただ、貴族の力が削れるなら悪くはないですけど」


 ストラティオは淡々と言う。

 その言葉には、貴族に対する露骨な嫌悪が含まれていた。


「それは国全体の力が落ちるということじゃ。

 本来は喜べることではない」


 イスチロスはため息混じりに返す。

 そして少しだけ間を置いてから、続けた。


「……それに、ワシはシノビの方が怖い。そして我が文明の力が落ちれば…」


 その一言で、部屋の空気がわずかに引き締まる。


「光文明が動く、ですか」


 ストラティオが言葉を引き継ぐ。


「ああ」


 イスチロスはゆっくりと起き上がる。


「文明最強とされる光文明が動けば、水文明も、闇文明も連鎖する。

 そうなれば――侵略者を待つまでもなく火文明は終わる」


 その言葉には、現実的な危機感があった。


「暗殺くらいなら対処できますけどね」


 ストラティオは軽く肩をすくめる。


「でも戦争になると、さすがに厳しいです」


「本当にな……」


 イスチロスは再びソファに体を預ける。


「ワシは疲れたのじゃ……」


 ぽつりとこぼす。

 しばらく天井を見つめた後、小さく呟いた。


「昔から動いておれば、変えられたのじゃろうか……」

「無理だと思います」


 即答だった。


「お前なあ!?」


 勢いよく顔を上げるイスチロス。


「もうちょっとこう、言い方というものがあるじゃろう!」


「事実なので」


「ぐぬぬ……」


「あと、口調戻ってますよ」


「うるさいわ!」


 部屋の空気が一気に緩む。

 先ほどまでの重苦しさが、少しだけ薄れた。



 ◇



 支部の一室。

 木製の机と椅子が並ぶ、簡素な部屋。

 そこに、俺とアガピが呼ばれていた


「「肉が余っている?」」


 俺とアガピの声が重なる。

 話の意味が分からず、自然と疑問が出た。


「落ち着け。順に説明する」


 支部長は椅子に座り直し、ゆっくりと話し始めた。


「前にスタンピードがあっただろう。

 あの時に倒したクリーチャーの肉が、大量に余っているんだ」


 その説明で、大まかな状況は理解できた。

 だが問題はそこからだ。


「クリーチャーの肉はな、食用に向かない」


 支部長は指を折りながら説明する。


「硬い、臭い。

 それにマナを帯びているせいで、放置すると他のクリーチャーを引き寄せる」


 つまり――

 ・食えない

 ・捨てにくい

 ・放置もできない

 三重苦である。


「これを処分しようとすると、とんでもない費用がかかるんだ!」


 支部長は机を叩く。

 乾いた音が室内に響いた。


「だからと言って放置もできない。

 だが捨てるのは金がかかる。どうしたものか……」


 完全に頭を抱えている。

 しばらく沈黙が続いた後。

 アガピがぽつりと呟いた。


「……匂いとか抜いて、食べられないのかな」


 その一言で、場の空気が変わった。

 全員が一斉に顔を上げる。

 考えていることは同じだった。


「……それしかないか」


 誰かが小さく言う。

 ちょうどこの時期は依頼も少ない。

 時間はある。

 そして材料は――山ほどある。


「よし」


 支部長がゆっくりと立ち上がる。


「やるか」


 その一言で決まった。

 こうして――

 大量のクリーチャー肉をどうにかするための

 大料理大会が開催されることになった。

次回へ続く。

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