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閑話 素晴らしき日々

「箸休めと言ったところかしら。たまには、こんな話を語ってみようじゃないと思うのよ」


「あら、珍しいですね、エヴァー様。一体どんな吹き回しですか?」


 二人の女性が、まるで舞台の上の役者のように優雅に言葉を交わしている。


 特に長身の女――異国の装束、“着物”と呼ばれる色とりどりの美しい服を纏ったその存在は、ただそこにいるだけで周囲を不思議な雰囲気で包み込んでいた。

 もちろんこの店は、貴族や大商人が足を運ぶ王都でも五本指に入る名店だ。本来なら、たった一人の客に場の空気を支配されることなどあり得ない。

 だが――エヴァーの持つ雰囲気、スター性とでも言うべきものか。色気か、それとも別種の何かか。それは、その“不可能”を容易く可能にしていた。


 店の一角。

 どこかの貴族の血筋なのだろう男が、婚約者とディナーを楽しんでいた。

 この店のコースは、貴族であっても軽い出費ではない。彼はそれなりの準備を重ね、ようやくここまで漕ぎ着けたのだ。

 しかし彼はある一つの、しかしかなり大きな失敗を犯してしまう。

 あろうことか、婚約者の目の前でエヴァーに目を奪われてしまったのだ。

 彼は決して無能ではない。社交界という貴族社会を十数年生き抜いてきた男であり、父たちには及ばないまでも、それでも十分に優秀な部類に入る。

 通常ならば、このような失態を犯すことなどあり得ない。

 だが――相手が悪かった。

 彼は必死に抑え込もうとする。

 目の前の存在を汚したい。自分の所有物にしたい。思いのままに甚振りたい。

 そんな濁った欲望を。

 ……もっとも、それは抑えきれているとは言い難かった。表情には、はっきりと滲み出ている。

 一方、婚約者の女はその視線に気づく。

 自分の婚約者が他の女に目を奪われている――それも自分の目の前で。

 文句を言おうと口を開きかける。

 だが。

 彼女もまた、視線を奪われていた。

 同性であるにも関わらず、抗えない。

(私は、もしかして……)

 そんな思考が頭をよぎる。

 自分は同性愛者なのか。だとしたら、これまで抱いてきた感情は何だったのか。

 理解が追いつかない。

 だがそれは、彼女だけではなかった。

 周囲の客たちもまた、似たような感情に囚われていた。

 そして――その時だった。

 空気が、変わる。

 エヴァーたちから、ドス黒い何かが滲み出た。

 視覚でも聴覚でもない。だが確かに“感じる”異質さ。

 その瞬間、彼らは悟る。

 ――これは自分たちでは手に負えない。

 人間如きが抗えるものではない。

 それは災厄だと。

 理解した瞬間、まるで何かに弾かれたかのように正気へと引き戻される。

 誰もが視線を逸らし、何事もなかったかのようにディナーを再開した。

 だが、その手はわずかに震えている。


「ふふ、別に大したことじゃないのよ」


 エヴァーは微笑む。


「たまに穏やかな話をして、そこから落とした方が――より恐怖を、嘆きを、悲しみを感じ取れると思わない?」


 その声は、とても美しい。

 それでいて、心の底から恐ろしいと思わせる響きを持っていた。

 それなのに。

 もっと知りたいと思わせてしまう。

 それはもはや別次元の何かを孕んでいた。


「ダメですよ、そんなことをしたらお客が減っちゃうじゃあないですか」


 付き人はそう言いながらも、どこか楽しんでいるように見える。

 やはりこの二人は、よく似ているのだろう。

 ちなみに――

 このディナーは経費で落とされる予定である。

 その報告を受ける上司が胃をキリキリさせるのは、また別の話だ。



 ◇



 冷たい風が辺りに強く吹き付ける。

 夏は既に終わり、秋も過ぎ、冬が来ようとしていることを肌で実感する。

 日課の訓練は、Aランクに昇格してからも変わらず続けている。

 Aランク。それはデュエル・マスターを除けば、決闘者(デュエリスト)の中で最上位の存在だ。

 とはいえ、その中にも数百人はいる。

 俺はその中でも、なりたてのひよっこだ。

 任務のためにも――

 そして、目標……復讐のためにも。

 もっと強くならなければならない。

 だが、焦っても何も始まらない。

 やれることを一つずつ積み重ねていくしかない。

 そう自分に言い聞かせ、訓練を終えた俺は部屋へと戻る。

 連日の疲れのせいか、アガピはぐっすりと眠っていた。


「おーい、そろそろ起きろ。朝だぞー」


 声をかけると、もっそりと体を起こす。

 アガピは目覚め自体はいいが、寝起きが酷い。少し早めに起こすくらいがちょうどいいのだ。

 最近は特に、その傾向が強くなっている気がする。

 ベッドから出ると、のそのそと歩き、顔を洗い始める。

 ここまでは、まるで小さい子供のようだ。

 だが、それが終わると一転する。

 目をぱっちりと開け、きびきびと動き出す。

 こうして“いつものアガピ”が完成する。

 ちなみに、この間およそ十分である。


「さあ、朝ごはんを食べに行きましょう!」


 準備を終えた彼女は、いつも通りハイテンションだ。

 その勢いに引っ張られ、俺たちは協会に併設されている食堂へ向かう。

 安い、多い、美味いの三拍子が揃った場所で、毎日のように世話になっている。

 今日から十月。

 新メニューが始まっていた。

 旬の食材がふんだんに使われている。

 魚のフライに新米、そして様々な野菜をドロドロになるまで煮込んだスープ。

 冷え始めたこの季節には、実にありがたい。


「「ごちそうさまでした」」


「お粗末様だよ」


 料金を払いながら、食堂のおばちゃんといつものやり取りを交わす。


「そう言えば聞いたよ、Aランクに昇格したんだってねぇ。これからも頑張りなよ?お腹が空いたらいくらでも食べていいからね!お金はもらうけど!」


「ははは、ありがとうございます。これからもお世話になります」


「うんうん、アガピちゃんもたくさん食べなさいよ?お金はもらうけど!」


「あ、私にも振ってくるんですね。もちろんです!後悔しても知りませんよ?」


「あら、じゃあ張り切っちゃおうかしら」


 そんなやり取りを終え、俺たちはいつも通り任務を受けに向かう。


「今日は自分で任務を受けようと思うんだけど、一緒にやらないか?」


「ん?いいよ。そういえば私たち二人でやるのは初めてだね。ワクワクするなぁ」


「いいのか?何か用事があるのかと思ってたけど」


 アガピは何気に人気がある。よく他のパーティの助っ人として呼ばれているのだ。

 後衛職は評価が難しい。連携が重要で、単純な実力だけでは測れない。

 その中で彼女は、威力・速度・連携、どれをとっても一級品だ。

 現在はBランク。それでも十分すごい。

 ただあの大会は後衛が不利すぎるだけで実際は俺に勝るとも劣らない実力がある気がする。


「うん、この季節はクリーチャーもあまり出てこないみたいで任務が少ないんだよね。護衛とか荷運びはあるけど、助っ人を呼ぶほどじゃないって感じ?」


 そう言って、アガピは首を傾げながら上目遣いでこちらを見る。

 その仕草がやけに可愛らしい。

 まだ成長しきっていない、青い果実のような美貌。

 思わず視線を逸らしそうになる。


「そんなものか。よし、じゃあ俺たちも――」


「ないわね」


 出鼻をくじかれた。

 カウンターの向こう、アトーフェさんがだらりとした姿で言う。


「最近はタチの悪いやつしか残ってなくてねぇ。これとか受けてもいいけど、できればおすすめはしないわ」


 書類をひらひらと振りながら、気だるげに続ける。

 スタイル抜群、容姿端麗。クールな雰囲気の美人。

 ……のはずなのだが、このだらけた姿が妙にしっくりくる。


「あなた達はすでにノルマは達成しているんだし働きすぎよ、だから今日は遊びなさい。デートしてきなさい。命令よ!」


 妙に強引だ。

 何か嫌な予感を感じ取り、俺たちは早々に協会を後にした。

 ……だが、デートか。

 悪くない。

 というか、普通に行きたい。


「よし、せっかくだからデートに行こう!」


「そうだね。じゃあオシャレしてくるから、1時間後に噴水の広場で集合ね」


「?一緒に行けばよくないか?」


「分かってないなぁ。待ち合わせっていいものなんだよ?」


「……そんなものか」



 ◇



 結局、三十分も前に着いてしまった。

 だが不思議と退屈ではない。

 むしろ、この時間すら心地いい。

 少しだけ、胸が高鳴っている。


「お待たせー、待たせてごめんね?」


 振り返る。

 言葉が、出なかった。

 白いセーターに桃灰色のコート。

 チェック柄の水色のスカート。

 いつもとは違う、大人びた装い。

 ――可愛い。

 その一言しか出てこない自分の語彙力が恨めしい。


「どう?」


 少し不安そうに首を傾げる。


「……似合ってる」


 やっとのことでそれだけ言う。


「ほんと?よかった!」


 ぱっと笑う。

 それだけで、胸が温かくなる。


「よし、じゃあ行きましょう!」


 そう言って、アガピは自然に手を繋いできた。

 その温もりが、じんわりと伝わってくる。

 二人で通りを歩き、出店を巡る。

 他愛もない時間。

 だが、確かに楽しい。

 やがて、空はオレンジ色に染まり始める。

 ふと視線を向けると、見慣れた武器屋があった。


「最後に、あそこで何か買おうか」


「え?でもイェネロスは武器いらないんじゃ――」


 言葉を遮るように店へ入る。

 そして、見つける。

 白藍色に輝く、呪文用の杖。


「前から、アガピに似合うと思ってたんだ」


 代金を払い、杖を差し出す。


「いつも世話になってるからさ。今日くらいは、カッコつけさせてくれよ」


 少し照れながら言うと、アガピは目を見開いた。

 何か遠い記憶を思い出すような――

 それでいて、とても嬉しそうな、幸せそうな顔。


「……ありがとう」


 その一言。

 その表情を見て、思う。

 ――ああ、よかった。

 そう、心の底から思えた。

 そして。

 店の奥で一部始終を見ていた店員は、心の中でこう思った。

 (値段を見て脂汗かいてなかったら、もっとカッコよかったのに)

毎日投稿されてる方はすごいなぁ。週一でも大変なのに。

励みになるので皆さんコメントをしていただけるととても嬉しいです。

答えられる範囲なら大体質問にも答えたいと思っています!

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