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閑話 未知なる世界その2

 少女は信じている。

 異なる種族であっても、互いに手を取り合い、仲良く生きていけるのだと。

 少女は信じている。

 皆の力を合わせれば、どんな困難であっても乗り越えられるのだと。

 だから少女は戦う。

 自らの願いのために。

 ――遠い昔、この美しい世界のことを教えてくれた者がいた。

 その者がかつて住んでいた、あの世界を取り戻すために。



 ◇



「よし、そのままじゃ! 行け、リュウセイ! 全速力じゃ!」


 《森羅万竜 リュウセイ・ザ・ファイナル》。――もとい、リュウセイ。

 巨大な龍は、背にプリンプリンとシャーロックを乗せたまま海中を駆けるように泳いでいた。

 もっとも、リュウセイの本気の速度ではない。

 いくら二人の身体能力が高いとはいえ、あの速度で水の抵抗を受ければ耐えきれない。

 それに――プリン達は、リュウセイのように水中に特化した身体ではないのだ。

 もちろんプリンも、そのことは分かっている。

 リュウセイが本気を出していないことも、そして出すつもりがないことも。

 それでも――この高揚は抑えられない。

 なにせ、これから向かうのは、長い間、物語の中でしか知らなかった世界。

 パンドラスペースの外なのだから。


「お嬢様」


 シャーロックが落ち着いた声で言う。


「リュウセイ殿が水面から飛び出す瞬間、その影に隠れて予定地点へ移動しましょう」


「うむ」


 プリンは頷いた。


「それにしても……」


 シャーロックは苦笑する。


「私の上司が、なんと二人もお嬢様の護衛に来てくださるそうでして」

「むう……」


 プリンは少し不満そうに唇を尖らせた。


「妾は、そこまで大げさなことになるとは思うておらんかったんじゃがの」

「陸は危険ですからね」


 シャーロックは肩をすくめる。


「万が一が起こってからでは遅いのです」


 それから思い出したように続けた。


「そういえばお嬢様。人間の姿にはきちんと化けられますか? マナも隠せますか?」


 プリンは胸を張る。


「ふん、当たり前じゃ。この程度、造作もないわ!」


 その時。


「そろそろ着きますぞ!」


 リュウセイの声が響く。

 十秒後――ザッパアアアッ!!

 巨大な水柱と共に、三人の体が空中へと投げ出された。

 だが三人は慌てない。

 すでに決めていた通り、静かに作戦を実行するだけだった。



 ◇



 プリン達は早速――プリン本人は遊びたそうにしていたがーー待ち合わせ場所へと向かった。

 そこは趣のある建物だった。外見は落ち着いた造りだが、細部には明らかに贅が尽くされている。

 そして扉が開く。


「ようこそおいでくださいました、殿下」


 現れたのは、フードを深く被った銀髪の少女だった。


「私はオラクル教団幹部。

 シノビ水文明現場隊長を務めております、コードネーム『むじょう』」


 静かに頭を下げる。


「この場ではゼロとお呼びください」


 隣に立つ女性も軽く礼をする。


「火文明特殊任務部隊所属。コードネーム『祝』。

 ガモスと申します。どうぞお見知りおきを」


 外観とは違い、室内は豪奢だった。

 銀髪の美少女と、赤みがかった長い髪をポニーテールにまとめた美女。

 その二人を前にして――プリンは一瞬、息を呑んだ。

(強い……)

 シャーロックどころか、リュウセイすら上回る気配。

 だが次の瞬間。プリンの視線は別の方向へ向かう。

(……大きい)

 二人の胸元を見て。そして自分の胸を見る。

 胸中に湧き上がる、なんとも言えない感情。

 それが緊張を綺麗に吹き飛ばしてくれた。

 その頃、少し遅れてリュウセイも到着した。

 プリンは腕を組み、口を開く。


「一つ聞いてよいかの」


 ゼロを見つめる。


「ずいぶんと戦力を連れてきておるようじゃが……」


「妾たちにそこまで必要とは思えん」


「よくて、お主ら一人でも十分じゃろう」


 少し目を細める。


「そこまで妾たちを評価してくれとるのか?


 それとも――別の理由があるのかの」

 ゼロはふっと微笑んだ。


「もちろん、殿下のことは高く評価しております」


「ですが……それだけではありません」


 静かに言う。


「アウトレイジという存在をご存じですか?」


「いや、知らんの」



「では説明いたしましょう」


 ゼロの声が少し低くなる。


「我々は、人間とクリーチャーが共存できる世界を目指しています」


「ですがアウトレイジは違う」


「彼らは、この世界に終わりなき戦乱を起こそうとしているのです」


 プリンは眉をひそめた。


「しかし……話し合えば――」


 その瞬間。

 空気が変わった。

 ゼロ、ガモス、シャーロック。そしてリュウセイ。

 四人から、凄まじい殺気が溢れ出す。

 常人なら、その場で死んでしまいそうなほどの圧力。

 プリンの背に鳥肌が走った。

 ゼロは静かに言う。


「殿下。それではダメなのです」


「人間は……必ずしも理性的ではありません」


「都合よく言葉を歪め、逆恨みで人を殺す」


「――私は、それを知っています」


 静寂。

 そしてゼロは微笑んだ。


「ですから、もう二度と、あのようなことは起こさせません

 後、私はパンドラスペースに向かいたいのですがいいでしょうか?」


 リュウセイはしばらく考え、口を開いた。


「……厳しいでしょうな」


「流石に連絡もなしにパンドラスペースへ向かうとなると、簡単には通りません」


 ゼロは小さく頷く。


「では、どうされます?」


 リュウセイは腕を組み、少し考えた後に言った。


「代わりに我が戻りましょう」


「勝てぬまでも、時間ぐらいは稼げるでしょう」


 少しだけ口元を歪める。


「それとも……我では瞬殺されてしまいますかな?」


 ゼロは軽く首を振った。


「いえ、おそらく大丈夫でしょう」


「何かあれば、すぐにご連絡を」


「承った」


「気をつけるのじゃぞ!」


 プリンがそういうと「ええ」と頷き建物を出て行った。

 ゼロは一歩下がる。


「では私どもは、少し離れた場所で監視しております」


「どうぞ、お気兼ねなくお楽しみください」


 こうして――

 プリン達は、待ちに待ったバカンスを開始することになった。



 ◇



 海水浴は、プリンにとって予想以上に楽しいものだった。

 もちろん泳ぐだけなら、パンドラスペースでもできる。

 だが、そうではない。

 こうして誰にも咎められず、思いきり羽を伸ばして遊ぶこと。

 それこそが楽しいのだ。

 泳ぎ疲れたプリンは、屋台の並ぶ通りへ向かった。

 すると、威勢のいい声が響く。


「おっ、そこのお嬢ちゃん達! 若いねえ!」


 屋台の店主ががっはっはと豪快に笑う。


「姉妹かい?どうだい、焼きイカ食っていかないか?」


「安くしとくよ!」


 プリンの目が輝いた。


「シャーロック!」


「あれが食べたいぞ!」


「了解です」


 シャーロックはすぐに焼きイカを買う。

 プリンは受け取ると――迷いなく。

 バキッ。棒ごとかじった。

 店主の目が丸くなる。

 理解する前に――バキバキバキ。

 焼きイカは一瞬で消えた。


「……」


 店主は固まる。

 しかしその間にプリン達は次の屋台へ向かっていた。


「うまそうじゃな!」


「あれも食いたいぞ!」


「これですか?」


 シャーロックはフランクフルトを渡す。

 プリンは勢いよくかぶりつこうとするが、ふと止まった。


「……」


 シャーロックを見る。

 それから半分残して差し出した。


「ほれ、食べるか?」


 シャーロックの顔が一瞬で赤くなる。


「え、いいんですか?もしかしてこれは……もしかしなくても間接キス……!?」


 プリンは首をかしげる。


「?」


 そして言った。

「何を言っとるんじゃ?、怖」


 プリンの口調が一瞬だけ素に戻った。

 そんなこんなで屋台巡りを楽しんでいると――空が少しずつ赤く染まってきた。


「そろそろ夕方ですね」


 シャーロックが言う。


「帰りましょうか」


「うむ」


 プリンは満足そうに頷いた。


「今日は楽しかったの」


「それにしても、アウトレイジがどうとかいう話は杞憂だったようじゃ」


「人間の街も、思うとったより華やかじゃのう」


 その時。

 二人は、薄暗い路地に差しかかった。

 そこには――別の世界があった。


「……なんじゃ、あれは」



 男たちが、誰かを殴りつけている。

 人間が、人間を。

 まるで物のように。

 プリンは眉をひそめた。


「同じ人間同士じゃろう?仲良くすればよかろうに」

 その言葉に反応するように、男たちが振り向いた。


「おうおう」


 一人がニヤつく。


「なんだお嬢ちゃん達、俺らに文句あるってのか?」


 別の男が口笛を吹く。


「おいおい、すげえ上玉じゃねえか」


「俺らと遊ばねえ?」


 プリンは顔をしかめた。

 胸の奥で、ゼロの言葉が蘇る。

 ――人間は言葉を歪める。

 ――逆恨みで人を殺す。

 ようやく意味が分かった。


「すまんが」


 プリンは冷たい声で言う。


「お前達のような低俗な輩に付き合う気はない」


「行くぞ、シャーロック」


 その瞬間、男が腕を掴もうとする。

 プリンの目が、ほんの一瞬だけ冷えた。

(……面倒じゃの)

 本気を出せば、瞬きの間に終わる。

 だが――力を使うな。

 両親の言葉がよぎる。

 その時。

 ドゴッ!!

 重い衝撃音が響いた。

 男の一人が、壁に叩きつけられる。


「……大丈夫かい?」

 

そこに立っていたのは。

 大剣を背負った、若い男だった。


「お二人さん」



 ◇



 パンドラスペース。

 そこは本来、人間が足を踏み入れられる場所ではない。

 水中では呼吸ができない。水圧と抵抗で満足に動くこともできない。

 さらに、そこには無数のクリーチャーが住んでいる。

 王宮へ近づくなど――本来なら不可能だった。

 だが、その日は違った。一人の男が歩いていた。

 まるで散歩でもするように。


「……そろそろ慣れてきたな」


 男は笑う。


「それにしてもアリスには感謝だ」


 足元には、倒れたクリーチャーの死体。


「アイツのハッキングがなきゃ、ここまでスムーズには来れなかっただろう」


 その時、背後から声が響く。


「杞憂であってほしかったのだがな」


 振り向く男。

 そこにいたのはーーリュウセイだった。


「パンドラスペースは平和の象徴の地、ここを荒らすというのなら」


 龍の目が鋭く光る。


「俺が相手になろう」


 次の瞬間、轟音。

 最大出力のブレスが放たれた。

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