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閑話 未知なる世界

 海は生命の母である。

 だが人類は、その真価をまだ知らない。


 海は神秘の塊だ。

 そこには未だ名付けられぬ存在と、測ることのできない深淵が広がっている。


 海は未知の世界である。

 そしてその向こうに、いずれ人類が直面することになる脅威が潜んでいることを――

 まだ誰も知らない。



 ◇



 とある王国。

 その中心にそびえる城は、人の手と自然とが絶妙な均衡を保ちながら築き上げられていた。

 この国を治めているのは、人間から「クリーチャー」と呼ばれる存在たちである。

 彼らは争いではなく秩序を選び、長い年月をかけてこの平和な王国を形作ってきた。

 城の奥深く。

 静寂に包まれた一室で、硬質な音が響く。

 駒が盤面を滑る音が、静かな部屋に響いた。


「チェックメイトじゃ」


 小さく、勝利を確信した、しかしつまらなそうな声がした。

 盤の向こうに座るのは、この国の王女――プリンプリン。

 対するは彼女の守護者、《永遠のリュウセイ・カイザー》であった。

 リュウセイは盤面を見つめたまま固まっている。


「リュウセイ、お主は本当にチェスが弱いのう」


 プリンは頬杖をつき、呆れたように言った。


「これでもハンデを与えておるのじゃぞ?

 それでこの有様とは……」


 そして、わざとらしく大きなため息をつく。


「はあ……つまらん」


 彼女は椅子の背にもたれかかり、天井を見上げた。


「この城におっても、面白いことは何一つない。

 何か良い遊びは知らんか?」


「は、はあ……」


 リュウセイは背筋を伸ばしながら答える。


「申し訳ございません、姫様。

 私には戦いの才しかございませんゆえ……」


 その額には冷や汗が浮かんでいた。

 長い年月、姫に仕えてきた彼には分かる。

 ――これは危険な兆候だ。

 退屈した姫は、決まって突飛なことを言い出す。

 人気の吟遊詩人を連れてこい。

 流行の遊戯を探してこい。

 ひどい時には、城下町の氷菓子を買ってこい。

 そんな無茶な命令を、何度も受けてきた。

 本来なら、リュウセイも、そしてもう一人の人物も、プリンの直属の臣下ではない。

 従う義務など、どこにもない。

 だが――

 二人とも、あまりにも姫に甘かった。


「そうじゃな、リュウセイ、何か面白い話をしてみろ」


「ええ!?わ、わかりました」


 予感が外れてホッとすると同時にリュウセイは脳をフル回転させて何かないかを考える。


「あーそうだ、では。

 昔の友人の話です。ある時カブトウオをもらえると話になったそうです。しかもそれはヘラクレスオオカブトらしいと。そこで彼は彼の友人の懐と友情の広さに驚き、とても感謝したそうです。それなのに「いやいや、大したことじゃないよ」とか謙遜していたので彼は友人は何かの秘密組織の幹部ではないかとか謙遜するボスキャラってウザイよなとか考えていたらしいんですよ。

 そして当日、ついにヘラクレスオオカブトが届き、箱を開けるとメスだったそうです。まあ、メスとは言ってもゴキブリよりは大きいので思わず彼は言いました。

「………でっけえなあ」

 お後がよろしいようで」


「ふむ、なかなか良かったぞ。他にはないのか?」


「勘弁してくださいよ、ないですって」


「そうか、残念じゃ。人間どもの飯を食ってみたい」


 唐突に、プリンが言った。しかもこれはリュウセイの話のネタが切れたからというわけであって自分は悪くないと責任をなすりつける高等技術である。


「どうじゃろうか。

 こっそり城を抜け出して食いに行かんか?」


「姫様、それはさすがに……」


 リュウセイが慌てて口を開く。

 だが、その言葉は途中で止まった。


「………ダメか?」


 潤んだ瞳が、じっと彼を見上げていた。

 ――その瞬間。

 リュウセイの理性は崩壊した。


「ちょ、ちょっと待ってくださいリュウセイ殿!?」


 横から声を上げたのは、《偽りの名 シャーロック》。

 冷静沈着で知られる頭脳派である。

 だが。


「………ダメか?」


 同じ視線を向けられた瞬間。

 ――シャーロックの理性もまた、崩壊した。


「よし」


 プリンは満足げに立ち上がった。


「お前たち、異論は無いようじゃな、

 では――明日の夜、決行じゃ!」

「了解しましたぞ!」

「万全の準備を整えます!」


 こうして三人は、意気揚々と極秘・プリン旅行計画の準備に取り掛かるのであった。



 ◇



 俺と師匠の朝は早い。

 いや――正確には、早すぎる。今までも十分早かった。

 だが最近はさらに輪をかけて早い。

 朝三時。

 ……それは本当に朝と言っていいのだろうか。

 夜の闇がまだ濃く残る中、鍛錬は始まる。

 走り込み、体術、剣の素振り。

 基礎鍛錬を終えたあと、師匠と打ち合う。

 ――のだが、強すぎる。

 攻撃を当てるどころか、受け止めることすらまともにできない。

 剣が触れた瞬間には、もう弾かれている。

 そして鍛錬が終わると朝食だ。

 料理は一日交代制。

 ちなみに師匠の料理は――恐ろしく味が薄い。

 精進料理かと錯覚するレベルだ。

 その後、俺たちは協会へ向かい、任務を受ける。


「今日の任務は何なんですか?」


「お前、聞いていなかったのか……」


 師匠は呆れたように依頼書を振る。


「まあいい。今回は海だ。かなり遠出になる。

 消耗品を補充しておかないとな」


「海ですか」


 俺は少し首をかしげた。


「聞いたことはありますけど……

 すごく広い湖で、塩辛いんですよね?」

「ああ」


 師匠は頷く。


「海水からは塩が作れる。

 今回の依頼は、その塩の運搬だ」


「馬車も貸してくれるし、道も整備されている。クリーチャーもほとんど出ないだろう。

 仮に出ても、貴族の兵が警備している」


 そして、少しだけ口元を緩めた。


「最近は働き詰めだったしな、海には美味い魚料理がたくさんある」

「バカンスも兼ねて行こう」

「いいですね!」


 思い返してみれば、確かに自分でも思うほど働き続けていた。

 少しくらい羽を伸ばしてもきっと罰は当たらないだろう。

 準備を整え、俺たちは海へ向かった。



 ◇



 旅は驚くほど快適だった。普通、馬車の旅というのは過酷だ。

 揺れに体を打たれ、酔いに苦しむのが常である。

 だが、この道は違った。さすが六大貴族の一角が支配する土地。

 街道は見事に舗装され、馬車は滑るように進んでいく。


「着きましたよ」


 御者の声で外に出る。

 その瞬間、目の前に広がった景色に息を呑んだ。

 街並みの向こうに――果てしない水平線。

 光を反射する水面が、まるで世界そのものを輝かせているようだった。


「綺麗ですね」


「ああ……全くだ」


 “綺麗”という言葉だけでしか表現できない自分が、少し悔しい。

 その時、御者が静かに笑った。


「ここは本当に良い場所でしょう?実は、私の故郷なんです」

「日の出や日の入りも見事ですよ。

 ぜひ見ていってください」


 俺たちは礼を言い、まず依頼人の元へ向かった。

 仕事を終わらせてから、ゆっくり楽しもうと思ったからだ。

 だが――


「待ちくたびれたぞ」


 現れた依頼人は、頑固職人そのものといった顔をしていた。


「悪いが、ちょっと手伝ってもらう」


 そのまま何となく連れていかれた場所は、

 沼のような場所――塩田だった。

 砂を撒き、「マンガ」と呼ばれる道具で均し、乾いた砂を集める。

 そこへ海水をかけると、濃い海水――かんすいができる。それを煮詰めると塩の完成だ。

 ……長い。

 塩を運ぶだけじゃなかったのか!?

 とはいえ、不思議と嫌ではなかった。


「漁港って聞いたのでみんな魚を釣っていると思っていたんですけど違ったんですね」


 俺がそう呟くと少し誇らしげに依頼人が言ってきた。


「海はな水神様が治めていらっしゃるからな、認められた者しか漁はできんのだ」


「水神様というのは?」


「たいそう覇気に溢れて、寛大で、しかし怒らせるとおっかない方だそうだ。

 昔とある文明が水神様を配下にしようとしたらしいが、その国のD・M(デュエル・マスター)とその部下達は水神様の配下に一口で喰われちまったようだ。

 たまに水神様の使いの方が海から出てきてな、でかい魚とうちの珍しいもんを取引するんだ。

 氷菓子が欲しいとか言われた時はたまげてがな」


「へぇ、そんな方もいらっしゃるんですねー」


 そんな会話をしていると作業も終わった。海から《森羅万竜 リュウセイ・ザ・ファイナル》が出てきた時はびっくりしたが。ちなみに数ヶ月に一回ぐらい出てくるらしい。意外と出てきてるな。

 作業が終わる頃には、少し達成感すらあった。

 塩の買い取りも終わり、出発は明日の昼。

 つまり――自由時間だ。

 俺と師匠は迷わず、海水浴場へ向かった。

 そこには、人、人、人。驚くほどの賑わいだった。

 家族連れ。恋人同士。水を掛け合ってはしゃぐ人々。

 ……ふと、思う。

 アガピも来られればよかったのに。

 今日は重要任務で来られないらしい。

 つまり――水着姿を見ることができない。実に遺憾である。


 ちなみに水着を買おうとしたら、ぼったくり価格だった。

 値切り交渉を粘り、

 その後、美人局に巻き込まれそうになり、

 全く関係ないのに難癖をつけられた。

 ……まあ、それはまた別の話だ。


 海と屋台を満喫し、宿へ戻る途中。

 ふと、怪しい路地を見つけた。

 そこには、さっきの街とは別の世界があった。

 闇文明の者と思われる人々が、奴隷のように扱われている。

 鎖をつけられた男が、重い荷物を運ばされていた。

 背中には鞭の跡が残っている。

 ほんの数分歩けば、さっきの明るい街並みがあるというのに。

 世界の光と影。

 その境界を、俺は初めて見た気がした。

 きっと、ここにいる人々にも事情があるのだろう。

 そう思った俺は――ただ、この街の安寧を静かに祈ることしかできなかった。



 ◇



 暗い部屋の中で、ゼロは通信機を耳に当てていた。


「ああ、了解した。私とあいつが行こう。ここであの者達といい関係を作れるに越したことはない。

 ん?ああ、大丈夫だ。最近はアウトレイジどもはおとなしくてな、十中八九何かを仕掛けようとしているのだろう。それだけは絶対に防がなくてはならない。

 全ては星の望むがままに」

セーフ!セーフだよね!?間に合ったああああ!!

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