閑話 師匠との日々4
scpってイイよね。
人間とは欲を抱くもの。
クリーチャーとは力を求めるもの。
人類とは繁栄を願うもの。
………。………、うーむ。駄目だ、何も思いつかん。
「随分と今回は短いですねー、エヴァー様?」
売れっ子の吟遊詩人であるエヴァーに、付き人の少女が声をかける。
エヴァーは長い髪を持つ三十代半ばほどの女性で、深く笠をかぶっているものの、その振る舞いや声には大人の色気が漂っていた。
人を寄せ付けないのに、不快にはさせない不思議な雰囲気——これがスター性というやつなのかもしれない。
そして、気兼ねなくエヴァーに話しかけられる付き人の少女もまた、只者ではないのだろう。
「しょうがないでしょ。語りたいものが、今はないのだもの」
エヴァーは軽く肩をすくめる。
実際、彼女は多くの辛く悲しく、そして美しい人々の物語を世に伝えたいと思っている。
だが物語には順序がある。
時期の合わない話は、それこそネタバレになってしまうからだ。
「エヴァー様、ろくでもないこと考えてますね?」
「あら、なんでわかったのかしら?」
付き人は「はぁー」と深いため息をついた。
「だってすごい顔してますよ? その顔のエヴァー様は、高確率でろくでもないこと考えてます。
例えば、昨日私が残していたはずのお菓子を勝手に食べて、その味を思い出してる時とか」
「残念。今はそれじゃないわ」
エヴァーはふっと微笑むと、ニチャアとした笑みを浮かべたまま話を続ける。
「だって素晴らしいと思わない? この世界には星の数だけ命があって、その数だけストーリーがある。
幸福の絶頂からすべてを奪われたり、何も報われないバッドエンドを迎えたり……ああ、想像しただけでゾクゾクするわ。
時が熟したら、私の“親友たち”の話もしてあげてもいいかもしれないわねぇ?」
「……ちゃんとわきまえてくださいよ?」
そう言う付き人自身も、エヴァーの“すごい顔”をしていた。似た者同士なのだろう。
「ただ、砂糖菓子を買いすぎて旅費が足りないわ。……彼女にせびろうかしら」
付き人は、ろくに言うことは聞かないくせに金だけは要求してくる部下を持つ“彼女”を、少し気の毒に思った。
◇
ズザザザザという音とともに、俺は頭から地面へ叩きつけられた。
頭が痛い。外側もだが、中に響くような痛さだ。二日酔いの状態で殴られたような……いや、まぁそんな感じだ。
脇腹は反射で守れたからそこまで悪くないが、疲労が一気に押し寄せてくる。
敵も負傷してはいるが、それでも格上。こちらは二人いても厳しい。
逃げてもすぐ追いつかれてしまう。
(勝利条件は、誰かが来るまで——生き残ることだな)
「伏せて! 《ボルカニック・ランス》!」
俺は慌てて伏せる。
アガピが放った炎の槍が《紅神龍ガルドス》に直撃する——が、半身で受けられ、大したダメージにはなっていない。表面が焦げた程度だ。
「今の、あと何回撃てる!?」
「今のは速射だから当たったけど、マナより体力の消耗が激しいんだよ! 連発は無理!」
「マジか……だったら他に有効な……危なっ!?」
《紅神龍ガルドス》が広範囲ブレスを吐こうと見せかけ、フェイントからの体当たりを繰り出す。
爪や牙より厄介な攻撃だ。避けながら斬ることもできるかもだが、一度食らえばそこで終わる。
「……退け、雑魚が」
「えっ!?」「喋った!?」
「フン。そんなことも知らんとはな。俺たち超獣は、一定のレベルを超えることで知能も能力も跳ね上がる。
まあ、そんなことはどうでもいい。俺と出会ってしまった己の運命を恨むがいい」
……まずい。
人間並みの知能を持つ個体を逃せば、とんでもないことになる。
まあ、勝てるかどうかも怪しいんだけど。
さらにさっきより速い速度で、俺とアガピをまとめて吹き飛ばしてくる。
「ぐっ……s・トリガー、《ミラクル・バーストショット》!」
s・トリガー——あらかじめマナとイメージを仕込んでおき、ダメージを負った瞬間に発動する技。
ダメージを負わなければならないというデメリットがあるが故に速射性を実現している。
使える者もなかなかいない高難易度の技。アガピも相当の修練をしたのだろう。
だが驚くほど効いていない。
おかしいだろ。固くて、強くて、速くて、ブレスまで撃てるとか反則だ。
もう後先考える余裕はない。
全力で戦うしかない。
俺は全てのマナを使う覚悟で、直撃を避け、攻撃を受け流す。
一分、一秒でも長く。
時間を稼ぐほど、アガピは強力な呪文を詠唱できる。
言葉はいらない。互いに信頼している。
全力を出せ。
全身の気、体、そのすべてを力に変えろ。
マナの一滴も無駄にするな。
そして——
(時間を——)
「『殺せ』」
違う。俺の中からだ。
(……え?)
「『殺そう』」
大量のマナが俺を包み込む。
そうだ。殺さなければならない。俺は自分でも驚く力で《紅神龍ガルドス》に振りかかった。
◇
「退け、雑魚が!」
俺は賢い。
格下を前にしても油断はしない。
さっき死にかけた経験もあり、より冷静になれている。
強くならなければならない。
あの俺を操っていると勘違いしているゴミを超えるためにも。
目の前の人間二人も厄介だ。
剣のオスは予想以上にしぶとく、メスはしつこく呪文を撃ってくる。
人間は厄介だ。何より数が多い。いくら雑魚といえど、数が多いと不確定要素も増える。
だが、力量差は圧倒的。
俺は脚でオスを蹴り飛ばす。
脆い。だが油断は禁物だ。
メスよりオスを先に潰すべきだ。
……と思ったのだが。
(なんだコイツは!?)
みるみるマナが増していく。
まずい、早急に潰さなければ——負ける!?
これは脅威だ。今ここで俺の持つ全てで後先考えずこの瞬間こいつを屠らなければならない。
「死ねえええええぇ!!」
最大威力のブレスを叩き込む。
それでも——死なない!?
いや、だが息も絶え絶えだ。あと少しで——
「俺では殺せなかったか。だが、時間切れだ」
ふと、強大なマナを感じメスへ視線を向ける。
そこには、俺のすべてを嘲笑うような、美しく強大なマナが渦巻いていた。
「《エンドレス・フローズン・カーニバル》」
「嫌だ……俺はまだ死ねな——」
◇
激戦だった。
その後、救援に駆けつけた他の決闘者に、マナが切れかけていた俺たちは回収された。
森から現れたクリーチャーたちは森へ戻り、事件はどうにか収束したようだ。
「それにしても、あの呪文すごかったな」
「えへへ、頑張ったんだよぉ。もっとイェネロス成分を吸収させてくれないとぉ」
アガピが笑いながらもたれかかってくる。
ああ、可愛い。この笑顔を守るために、俺は戦っていたんだ。
「よー、イチャイチャしてんな」
振り返ると、師匠が立っていた。
「無事でよかったです」
「あたぼうよ……と言いたいところだが、今回は普通に危なかったな。
俺も鍛え直す必要がある。
よし、明日からはもっときつくするぞ!」
「ええ!? 嘘でしょう!? 少しくらい休ませてくださいよ!」
俺達は笑い合った。
◇
「みんな、亡くなった同志たちに祈りを捧げよう」
支部長の言葉に、俺たちは黙祷を捧げる。
ここは城塞都市の集団墓地。
亡くなった人たちの遺体はここに埋葬され、地へ還る。
各村に墓を作らない理由は二つ。
クリーチャーに荒らされないため、そして死体にクリーチャーが憑依しないようにするためだ。
商人たちは「燃やせばいい」と言うが、苦しみの中で死んだ人々にそれは酷だ。
どうか——来世は幸せに暮らせますように。
こうして、大事件は幕を閉じた。




