6.不相応な夢
「あなた、旅芸人だったのね。」
ベージュのジャケットに真っ白なリボン、そして青いチェックのスカートのノルベルト記念学院の制服を纏った女子生徒が二人、真っ黒のローブを着た瑠璃を嘲笑っていた。
「そうよ。魔法をお見せしましょうか?」
目の前の女子生徒達の名前も顔も知らなかったけど、恐らく昼間の騒ぎで瑠璃のことを知ったのだろう。
散々いじめた尽くされた瑠璃の心は昼間のダメージは癒えてすっかり元に戻っていた。
「ノエル王子殿下を欺いた大罪人がよくものうのうと普通にしていられるわね。」
「その通りだわ。まぁ、旅芸人はお似合いね。」
どうせこの人達とも三ヶ月、長くても半年もすればお別れだ。
好きに言わせておけばいい、と瑠璃は再び魔法の花火を打ち上げ始めた。
「ノエル王子殿下にはご婚約者様もいらっしゃるのに、こんな旅芸人に目をかけるなんて、どうされたのかしら。」
気にするまい、と思っていたのにその言葉がなぜか耳に入ってきてしまった。
考えてみれば当たり前のことだろう。
ノエル王子が何年生なのかは知らないが、高校生にもなれば貴族なら婚約していてもおかしくない。
王子様ともならば婚約者の一人や二人いることだろう。
でも、瑠璃の心は鋭いトゲが突き刺さったようにズキッと傷んだ。
(まだあの夜を引きずってるの?今日で思い知ったじゃない。私の馬鹿!)
八年前、幼子が口にした願いを瑠璃はこの期に及んで忘れられずにいるのだと改めてわかって、自分をぶん殴りたくなった。
ノエル王子はともかく、あの付き人の青年にあれほど酷いことを言われても尚あの思い出に固執する自分は大馬鹿者だ。
「うるさい。お金を出さないのなら帰って。」
「まぁ、卑しい。こちらこそ時間の無駄よ。」
女子生徒達はまたクスクスと笑いながら連れ立って歩いて行った。
「ルリー!」
女子生徒達が去ってほっとしたところに、遠くからまたベージュのジャケット姿が見えてきた。
「リベル。さっきはありがとう。」
リベルは先程と同じように息を切らして瑠璃の元へとやってきた。
「なんだ、もう泣いてないのか。」
「数々のいじめに耐え抜いたのよ。あれくらいじゃへこたれないわ。」
「立ち直ったみたいでよかったよ。」
非人も穢れているも、思えば聞き慣れた言葉だ。
一瞬でもその事実を忘れて普通の人間だと思った自分が馬鹿だったのだと思うことにしていた。
そして、そういえばと思ってリベルに聞いた。
「リベル、あのね、勉強を教えてほしいの。」
「お前大丈夫か?今日は休んだ方がいいぞ。」
リベルが胡散臭そうに瑠璃を見た。
瑠璃がリベルに教えを請うなどかつてなかったからだ。
「リベルは何ともなかったの?こっちは三年生の内容が終わりそうで、何を言ってるのか一言もわからなかったのよ。」
「そういうことか。俺は復習だったから余裕だったな。」
三年生になると逆に復習になるのかと知って希望が持てたが、瑠璃は自分が三年生までこの学院にいることはないだろうと気づいて絶望した。
「とにかくお願い。勉強を教えて。このままでは自分で辞めなくても退学になるわ。」
「いいよ。その代わり俺にめちゃくちゃ感謝しろ。」
「ありがとう、リベル…!」
瑠璃は地面に這いつくばりたいくらい感謝していた。
自分で辞めるのと辞めさせられるのは天地の差がある。
学院を続けると決めた以上、成績のせいで退学は避けたかったし、何よりも身分が低いから頭も悪いとは思われたくなかった。
「じゃ、俺は稼いでくるからいつものをよろしく。」
「…しょうがないわね。」
瑠璃はリベルに手を翳して髪と目を真っ黒に変えた。
賭場は稼ぎすぎると出入り禁止になってしまうから、リベルは変装をしているのだ。
異能をギャンブルに使うのは法律スレスレだろうが、瑠璃もこうして手伝っているから同罪だろう。
「今度新しいハンカチでも買ってやるよ。」
「なっ……」
瑠璃がハンカチとして使っているあのボロ布をからかわれたのだとわかって頬が赤くなった。
大笑いするリベルを腹立たしい気持ちで見送りながら、瑠璃はまた客寄せの仕事に戻った。
◇◇◇
翌日、憂鬱な気持ちで上等な制服を纏ってノルベルト記念学院に向かった。
「まぁ元気出せよ。王子様の目に映らなければいいんだから。」
「人間としては悲しいけどね。まぁいいけど。」
リベルの情報によるとノエル王子はリベルとクラスは違うが三年生らしい。
学年が違えば食堂以外で顔を合わせることはほぼないだろう。
「それにしても驚いたよ。王子様と知り合いだったなんて。」
「知り合いじゃないわ。たった一回会ったきりよ。それに、もう忘れることにしたの。」
一夜明けて瑠璃は、自分の心身を守るために食堂では姿を消しておこうと、そしてあの子の――ノエル王子のことはきっぱり忘れようと胸に誓っていた。
いじめられ慣れているとはいえ、もうあんなに辛い思いはしたくない。
どうせ叶わぬ夢なのだから、無駄な期待を抱くより忘れてしまう方がよっぽど楽だった。
「そうだ、リベル。私の代わりに昼食を注文してくれない?食堂では姿を消すつもりだから。」
「任せろ。エデン達には伝えておいていいよな?」
「ありがとう。もちろんよ。まだ私と一緒に食べてくれるなら、だけど。」
リベルは瑠璃が魔法で隠れても透視して視えるから、協力してもらえるのは素直に有難い。
エデン達が瑠璃を嫌がったら最悪リベルの足元に這いつくばって食べるつもりだった。
非人の瑠璃にはそれがお似合いだろう、と半ば自棄糞だ。
「きっと大丈夫だよ。じゃあ、また食堂で。」
「またね、リベル。」
瑠璃はまた鬱々とした気分を抱えながら二階の端の教室へと向かった。
ざわざわとしている教室に辿り着いて瑠璃がなるべく存在感を消しながら中に入ると、教室中がしんと静まり返った。
(昨日の騒ぎのせいね。想定内よ。冷水はなさそうね。)
扉を開いた瞬間に冷水が降ってきてもおかしくなかったので、瑠璃は何事もなかったことにほっとしながら自分の席に着いて顔を伏せた。
あとはひたすら存在感を消して、皆があの出来事を忘れるのを待つだけだ。
「おはよう、ルリ。」
と思っていたら、頭上から声が降ってきた。
見上げると昨日も瑠璃に話しかけてくれたケイルが険しい顔をして瑠璃を見つめていた。
「ケイル、おはよう。あの、私と話さない方がいいよ。あなたまで…」
「君はノエル王子殿下の何なんだ?」
優しさで話しかけてくれたのだと思った瑠璃が馬鹿だった。
とげとげしい、突き刺さるような口調で聞かれて、瑠璃は再び顔を伏せた。
「昔、お話したことがあるの。ただそれだけ。不相応なことをして不快な思いをさせてごめんなさい。」
もしかしたらケイルは友達になってくれるかもしれないだなんて淡い期待を一瞬でも抱いた自分をぶん殴りたかった。
瑠璃は再び地面にひれ伏した方がいいだろうか、と考えながらケイルの返事を待った。
「…それなら僕が側にいてもいいよね?」
「えっ?」
「君と友達になりたい。」
驚いてばっと顔を上げた。からかわれたのかと思ったけど、ケイルの顔は至極真剣だった。
クラス中がこの会話に集中しているのがわかって、瑠璃は動揺する頭で何と答えればいいのか必死に考えを巡らせていた。
「え、えっと…私は魔女だし、名字も身分もないし、きっと私と話さない方がいいわ。あなたを巻き込みたくないの。」
「僕はそんなことは気にしない。僕が君を守りたい。」
昨日出会ったばかりで突然そんなことを言われてパニックだった。
「ケイル、頭がおかしくなったの?あなたの家だって非人は用無しでしょう?」
横からエミリアが嘲笑うように言った。
やはり瑠璃と話しているとケイルまで馬鹿にされてしまうのだ。
まともな身分の人まで巻き込んで辛い思いをさせるわけにはいかない。
担任のシュヴァルツ先生に事情を話してもはや教室でも姿を消していた方がいいのではないか、と思っていると、教室の扉が勢いよく開かれた。




