24.脱出劇
「…それなら、行きたい場所があるんだ。」
「どこ?」
「母の実家の屋敷だ。」
今度は瑠璃が目を丸くした。
ノエルのお母様の…ということは、前の王妃様のご実家ということだ。
そんな高貴なところに瑠璃が行ったことがあるわけがない。
「ノエル、私は行ったことがあるところしか…」
「瑠璃は知っているよ。私が飛び降りた崖の上だから。」
瑠璃は息を飲んで言葉を失った。
崖の上に貴族のお屋敷があることは知っていたが、まさか王妃様のご実家だとは思いもしなかった。
「取りに行きたい物があるんだけど、あれ以来帰れていないんだ。」
王妃様が亡くなられた時に滞在していたくらいだから思い出深い場所なのだろう。
だが、親戚とはいえ、こんな時間に前触れもなく王子様が一人で現れたら大騒ぎになるのではないか。
瑠璃はどうにか声を絞り出して聞いた。
「…突然行っても大丈夫なの?」
「驚かれるだろうな。でも大丈夫。信頼できる者達だから。」
ノエルが行きたいなら断る理由はないけど、お貴族様のお屋敷など高貴すぎて瑠璃はとても近寄れない。
瑠璃はあの浜辺でまた一人で星でも見ていようと思った。
「…じゃあ、あの浜辺まで連れて行くわ。また星も見たいし。」
「いいの?」
「勿論よ。ウィリアム様に見つかったら困るから、抜け出したのがバレないようにしてくれる?」
「任せて。瑠璃も協力してくれる?」
「私にできることならいいよ。……っうわ!」
瑠璃が頷くと、ノエルは何故か突然瑠璃を横抱きにして抱え上げた。
「ちょ、ちょっと、自分で歩ける…」
「いいから黙ってて。」
さぞ重いだろうに、ノエルは瑠璃を軽々と運びながら寝室の扉を開いた。
「えっ?!なん…」
「絶対に手は出さない。ちょっとだけ我慢して。」
「何を……えっ!?」
ノエルはベッドの上に瑠璃をおろしたかと思うと、そのまま布団の中に瑠璃を押し込んだ。
自分も入り込んでくると、覆い被さるようにして瑠璃の背中に手を回した。
「な、何を…」
「見ないから。声を出さないで。」
「…っ……」
ノエルはそのまま瑠璃のドレスの紐を器用に解いて下から抜き取った。
見ないと言った通り、下着姿になった瑠璃に再び布団を被せて、脱がされたドレスを手に持って部屋を出ていった。
ドアが開け放されたままだったので瑠璃が布団を被りながら隣の様子を伺っていると、ノエルは扉の外に声をかけた。
「ここに参れ。」
ノエルは言いながら瑠璃が来ていたドレスをカウチに投げ捨てて、自分のシャツのボタンを数個開けてくつろげた。
何をするのかと思って起き上がると、扉から入って来た侍女と思いっきり目が合った。
驚愕に染まった侍女の顔を見て自分がとんでもない格好でいることを思い出して、瑠璃は慌てて布団に戻った。
(何?!なんでこんな格好の時に侍女を呼ぶの?!私の服を返して…!)
ノエルはシャツをはだけさせているし、ドレスは脱がされた後が生々しいまま広がっていて、瑠璃は下着姿でベッドにいるから破廉恥すぎる。
一体何を考えているのだろうとパニックになっているうちに、ノエルが再び寝室に戻ってきて扉を閉めた。
その手にはいつの間にか水差しと新しいドレスがあった。
「これで大丈夫。呼ぶまで誰も入ってこないよ。」
「だ、だ、だ……」
大丈夫じゃないと叫びたかったけど、はだけたシャツから鍛え上げられた胸元が露わになっていて、澄んだ美しい――まるでノエルの瞳のような色の翡翠のペンダントが輝いていて言葉を失った。
ペンダントも綺麗だったけどそれよりも、思ったよりも逞しい男性らしい体を直視してしまって、瑠璃は真っ赤になって布団に顔を埋めた。
「ん?どうしたの?」
「ふ、服を…着て……っ!鼻血が出るわ……」
刺激が強すぎてこのままだと鼻血が出そうだ。
鼻を押さえながらどうにか伝えたらノエルは吹き出した。
「ごめん。瑠璃はこれを着て。」
ノエルから手渡された服を受け取ると、先程着ていたドレスよりも動きやすそうなワンピースだった。
「ありがとう……」
シャツのボタンを留めるノエルを直視できなくて、顔を伏せながら受け取った。
「後ろは私がやるから着たら教えて。」
「は、はい…」
すぐに後ろを向いたノエルにたじたじになりながら答えた。
どうにかワンピースを纏い、胸元を押さえながら布団から出た。
「…ノエル、お願い。」
ベッドに腰掛けてノエルを見上げたら、今度はなぜかノエルが鼻を押さえた。
「っ、瑠璃……可愛すぎる……」
「もしかしてノエルも鼻血が出そうなの?」
「瑠璃の気持ちがわかったよ。」
色気の欠片もない瑠璃なんかに鼻血を出そうとしてくれるなんて、もはや有難かった。
ノエルと自分は同じ人間とは思えないほど身分が違うけど、やっぱり同じ人間なのだと分かって笑ってしまった。
「やっぱりあなたは普通の人間ね。」
「褒め言葉として受け取るよ。……我慢も限界があるから、覚悟が出来たら教えてね。」
「えっ?!」
「できたよ。」
何の覚悟かなんて聞かなくてもわかったので慌てふためいている間に、背中の紐をノエルが結んでくれた。
「…手慣れてる。」
「ん?」
「な、何でもない!」
ノエルは妙に女性の扱いに慣れている。
嫉妬とも少し違う、胸に燻る気持ちの名前はわからないけど、一歳しか違わないのになんだか大人なのが悔しかった。
「瑠璃も嫉妬してくれているの?可愛いな。」
「ち、違う…!それよりも、なんで侍女を呼んだの?あんな生々しくしなくても…」
「言っておかないとリビングには入ってくるからね。見せつけておいたし、朝まで絶対に入るなと忠告したから大丈夫。
侍女が勝手に広めてくれるだろうから誰もこの部屋には近寄らないよ。」
「なっ……」
瑠璃を脱がせたのも自分の服をはだけさせたのも見せつけるためだと知って、今度こそ絶句した。
王子様が瑠璃のような身分のない異能者と夜通し遊び耽っていると思われたら大変な騒ぎになるのではないか。
「お、恐れながらお立場は…」
「瑠璃と仲良くして何が悪い?」
「私は身分が…」
「そんなことを言う者が現れたら瑠璃を叙爵するかどこかの養子に入れるよ。それこそ母上の実家とか。」
「ひっ……」
自分が貴族になるなんて考えることすら不敬だ。
それに権力をそんなことに使ってはノエルの評判がさぞ悪くなることだろう。
「そ、そんな…なりません…」
「瑠璃、立場は忘れる約束でしょう?瑠璃は気にしないで。」
「でも…」
「大丈夫。ほら、行こう。」
「…はい。」
こうなったら何を言っても無駄そうだ。
ノエルに手を取られて立ち上がって、瑠璃は必死に気持ちを切り替えた。
瑠璃は星空が映る窓際に立って、あの浜辺の町の方向を見定めた。
遠距離の転移は久しぶりだし、王子様を連れて行くのだから絶対に失敗するわけにはいかない。
「途中で離れたら困るから、絶対に私の手を離さないでね。」
ノエルの方を向いて、ノエルの手をぎゅっと握りながら言った。
失敗して離れ離れになってしまったと思うとぞっとする。
絶対に離れないようにロープで縛りたいくらいだったが、王子様にそんな真似はできない。
「わかった。じゃあこうする。」
「…っ、ノエル。」
ノエルは瑠璃と片手を繋いだまま、もう片方の手で瑠璃の背中を抱き寄せた。
先程の刺激が忘れられない中で突然抱き寄せられてパニックになりかけたけど、確かにこの方が安心だ。
緊張を見抜かれていたのか、背中を優しく撫でられたのでふーっと深く息を吐いて、瑠璃も片手をノエルの背中に回した。
「三つ数えたら、魔法を使うね。」
「ああ。」
「じゃあ行くよ。三、二、一…」
瑠璃はあの浜辺を思ってぎゅっと目を瞑った。




