20.不相応な身分
翌日、瑠璃はリベルと二人で学院へと向かおうとホテルの玄関を出た。
そして朝から驚愕して腰を抜かしそうになった。
「ご寵姫様、私共が学院までお送りいたします。」
「…え?」
黒塗りの立派な馬車が玄関の前に止まっていて、王城から送ってもらったときと同じ従者が恭しく頭を下げた。
「ノエル王子殿下より、ご寵姫様を学院までお送りするよう申しつかっております。お連れ様もどうぞご一緒にお乗り下さい。」
「お、俺も?」
リベルと二人で顔を見合わせて、暫し思考が停止した。
だが従者がいつまで経っても顔を上げないので、きっと瑠璃が乗るまで頭を下げ続けることになるのだろうと気がついた。
「…リベル、一旦考えるのはやめて乗ろう。」
まだ目を丸くしているリベルの手を引いて、瑠璃はどう考えても不相応な馬車に乗り込んだ。
ホテルと学院は同じ通りにあって、歩いても十分ちょっとの距離なので、馬車だとあっという間に着いた。
歩いてくる生徒と馬車の生徒は半々くらいなので馬車だからといって目立つことはないが、身分のない瑠璃やリベルが馬車から出て来るところを見られればまた散々言われることだろう。
案の定、先にリベルが降りると生徒達からざわめきが聞こえてきた。
怖じ気付く瑠璃に大丈夫だというようにリベルが手を差し出してくれて、瑠璃はその手を取って外へと踏み出した。
「何あの女、身分もないくせに馬車なんてどうかしてるわ。」
「最近のチャリティーは非人に馬車を与えるのが流行りなのかしら。」
浴びせられた言葉をリベルと二人で受け止めた。
リベルを巻き込んで申し訳なかったけど、一人じゃないということが消えたくなりそうな瑠璃の心を支えてくれた。
校舎の中に入ってもしつこく言葉の暴力は続いた。
途中まではリベルと一緒だったから何とも思わなかったけど、三年生の教室に向かうリベルと階段で分かれると瑠璃を狙ってしつこく悪口を言われた。
「あなた、ついにパトロンでも見つけたの?」
「身分をご存じない?身分がないと学もないのかしら。」
「週末は空を飛んでいたらしいじゃない。人間じゃないわ。」
「私、見たのよ。異能者のお仲間と楽しそうにやってたわ。学院は辞めて異能者の集まりに専念したらどうかしら。」
瑠璃はともかく、ラルム座の仲間まで馬鹿にされるのは許せない。
流石に言い返そうかと思ったら、前から冷たい声が聞こえた。
「この御方はノエル王子殿下のご寵姫様であられるぞ。」
一番階段に近いクラスから凍りついた表情のウィリアムが顔を出した。
ウィリアムにはとんでもないところを見られているので瑠璃は慌てて顔を伏せた。
「ウィル様、何をおっしゃってるの?これは非人…」
「殿下のご寵姫様にそのような言葉を吐くことは決して許さぬ。」
先程よりも大きな声が廊下に響いて、野次馬も含めて全ての生徒が言葉を失ったように静まり返った。
「ご寵姫様、私が教室までお供いたします。」
やはり無表情のウィリアムが瑠璃に恭しく頭を下げた。
顔を上げてほしかったけど、ウィリアムと口を利く勇気など瑠璃にはなかった。
「…ありがとう、ございます……。」
消え入りそうな声でお礼を言って、瑠璃はウィリアムに付き添われて自分の教室へと向かった。
◇◇◇
誰にも話しかけられないまま午前中の授業を終えて、瑠璃は一人で食堂へと向かった。
まだノエル様は来ていなかったので入口の端っこで待っている瑠璃を、生徒達が蔑むような目で見ているのがわかって俯いた。
「瑠璃。」
暫くして驚いたような声が聞こえて、瑠璃はより深く頭を下げた。
「待たせてごめん。」
「滅相もございません。」
「こんなところで辛かっただろう。明日からは先に座っていて。」
「とんでもございません。」
ノエル様は昨日と変わらなかったけど、瑠璃はけじめをつけなければいけないと気を張っていた。
瑠璃ごときが王子様に気安く話しかけては反感を買うこと間違いないからだ。
「瑠璃。私を見て。」
ノエル様に優しく頬に手を当てられて、瑠璃は抗えずに顔を上げた。
今日も美しい翡翠の瞳が凛として輝いていた。
「名前を呼んで。」
「…ノエル…様…。」
「今日はそれでいいよ。瑠璃はちゃんと名前を呼んでね。」
「はい、ノエル様…。」
ノエル様が瑠璃と話す様子を見て食堂にいる全ての生徒がこちらに注目しているのがわかった。
ノエル様の後ろにいるウィリアムは先程と同じように不気味なほど無表情だった。
「あの…やっぱり私とは話されない方が…」
「瑠璃は私の寵姫なんだから話さない方がおかしいよ。」
「はぁ…。えっ?!」
ノエル様は周りが見えていないのだろうか。
生徒達の視線も、ウィリアムの凍てつくような視線も全く気にすることなく、むしろ瑠璃の肩を抱いて注文口に進んだので慌てて言った。
「あ、あの…お手を…」
「もっとわかりやすくしようか?」
「へ?!な、な、なりません!」
今度は瑠璃の顎をくいっと掴んで唇を近づけようとしたので慌てふためいて顔を背けた。
背けた先でウィリアムがまるで呪い殺すかのような視線で瑠璃を睨んでいたので、瑠璃は緩みかけた頬を引き締めた。
「ノエル様、なりません。私がノエル様を洗脳したと思われます。」
「それは困るな。むしろ瑠璃を洗脳したいくらいなのに。」
「なっ……」
「宝石、つけてくれないんだ。」
ノエル様はクスッと笑いながら瑠璃のブラウスから出ている首元に触れた。
食堂のどこかからきゃーっという悲鳴と男子生徒のどよめきが上がって、瑠璃ははっと思い出した。
ご寵姫様だと思われているということは、リベルが心配したように体の関係があったのだと思われているのかもしれない。
際どいところに触れてはあまりにも生々しすぎるだろう。
悲鳴の理由に気づいて耳まで赤くなった。
ノエル様は瑠璃の心を見透かしているようにまたクスクスと笑った。
「ノエル様、宝石も何もかも私には不相応です。そもそもあんなに大きな部屋に泊まれるような身分では…」
「私の寵姫ならば相応しいでしょう?
もっと大きな宝石で彩ろうか。周りを黙らせるためにも君は私の物だとわかりやすくした方がいい。」
にこにことご機嫌なノエル様に何を言っても無駄なのだろう。
これ以上宝石を送られても困るので抵抗は諦めた。
そしてノエル様に続いて料理を注文してから席に着いた。
「今日は何も言われなかった?」
ノエル様に聞かれて、瑠璃は思わずウィリアムに目を向けてしまった。
ノエル様の横に座って黙って食事を口に運んでいるウィリアムはやはり瑠璃を呪うように睨んでいた。
「ウィリアム様が守って下さったので大丈夫です。お気遣いいただき、ありがとうございます。」
「そうだったのか。ウィル、手間をかけたな。」
「滅相もございません。」
ウィリアムの身分は知らないけど、同級生にも敬語を使われるくらいだからウィリアムもきっと天上人なのだろう。
瑠璃にノエル様と関わってほしくないし、自分も瑠璃に関わりたくないと思っているのがひしひしと伝わってくるので申し訳なくなった。
だが、瑠璃が何か言えるような立場ではないので目を伏せて食事に集中した。
「そういえば、瑠璃は空を飛べるの?」
「っ、ノエル様がなぜそれを…」
まさか監視でもついているのだろうかと恐ろしくなって食べていた肉をむせ込むと、ウィリアムから渾身の睨みを食らって慌てて飲み込んだ。
「王都で話題になっているらしいよ。空を飛ぶ魔女がいるって。」
「そ、そうなんですか?」
おとぎ話によくあるように、魔女ならば空を飛べるものだろう。
稼ぐために人目を惹こうと大袈裟に飛んでは見せたが、まさかノエル様の耳にまで入っているとは思いもしなかった。
「魔法で空を飛べるなんて思いもしなかったよ。」
「えっ?」
「おとぎ話のようだね。」
「王室魔法使いは飛ばないのですか?」
瑠璃が飛べるくらいなのだから王室魔法使いともなれば箒を使わずとも自分に魔法をかけて飛べそうだ。




