19.新しい日常
「な、に…ここ……」
恭しく頭を下げるドアマンにきらびやかな玄関、奥に見えるロビーには見たこともない大きさの花が活けてある。
どこからどう見ても瑠璃達には不相応な高級ホテルだ。
「ご寵姫様、ラルム座御一行様、お待ちしておりました。」
横から声をかけられて瑠璃はぎょっとして飛び跳ねた。
「当ホテルの支配人でございます。お力になれることがございましたらご遠慮なくお申し付け下さい。」
「は、はい…。」
こんな立派なホテルの支配人はさぞかし地位も高いのだろう。
瑠璃はひれ伏したい気持ちを必死に抑えて頭を下げた。
案内されるがままに中に入って、瑠璃は王城を見てきたから落ち着いていたけど、輝くシャンデリアや巨大な生け花に戦く皆と共に客室へと向かった。
ジュリア、ゼファーとレオ、リベルと順に部屋に案内されて、瑠璃だけはなぜか上の階へと導かれた。
「こちらがご寵姫様のお部屋でございます。」
扉を開けた支配人に恭しく頭を下げられて、瑠璃はびくびくしながら部屋に入って息を飲んだ。
「こ、こ、ここは……」
一面がガラス張りになっていて王都を見下ろしている角部屋は、ラルム座全員が皆で一緒に暮らせそうなくらい広かった。
王城のノエル様の部屋のようにリビングと寝室が分かれていて、家具から調度品に至るまで全てが豪華だった。
まさかここで一人で過ごすのだろうか、と瑠璃が固まっていると、ノエル様に持たされた荷物が次々と運び込まれてきた。
最後にボロ宿から持ってきた学院の制服一式をクローゼットに仕舞われて、やはり自分の部屋なのだと確信した。
「お食事は会場にご用意しております。お召し物はこちらでクリーニングさせていただきますのでご安心下さい。
ご入用のものがございましたらお申し付け下さい。それでは、失礼いたします。」
呆然とする瑠璃に支配人と客室係が再び恭しく頭を下げて退出していった。
(何がどうなってるのよ…。そりゃ王子様なんだからお金持ちなんでしょうけど、こんなところに何泊もしたら流石に懐が痛むわよ。……まさか痛まないっていうの…?)
瑠璃は自分にどれだけのお金が注ぎ込まれているのか想像して、ノエル様がどれだけお金持ちなのか思い知ったらぞっとして意識が遠のいた。
まともに考えたら気がおかしくなりそうだ
瑠璃は思考を放棄して、ノエル様に持たされた荷物に目を向けた。
「ひっ…宝石はないんじゃなかったの……」
一番上に積んであった一番厳重に包んである入れ物を開けて瑠璃は思わず目を背けた。
瑠璃には必要ないとわかっているはずなのに、宝石がきらめくペンダントやイヤリングや指輪が所狭しと収められていた。
とても見ていられなくて蓋を閉じて、他の包みも開封してみると、城で着させてもらったような上等なワンピースやふりふりでひらひらでなぜか瑠璃の体にぴったり合う下着、使い方のわからない化粧品一式に、よくわからない液体の数々までたくさん詰まっていた。
(これだけは使い方がわかるわ…)
瑠璃は真新しい高級な櫛を手にして息をついた。
櫛も衣類も有難かったけど、どう見ても瑠璃には過分だ。
クリーニングなんて不相応だから今までは自分で洗濯していたけど、こんな高級な服はホテルに託したほうがいいだろうと諦めた。
これからどう過ごせばいいのか途方に暮れていると、扉がノックされる音がした。
「ルリ。」
リベルの声がして、瑠璃は扉に駆け寄って鍵を開けた。
「大丈夫だった…か………?」
瑠璃が扉を開くとリベルの声は萎んでいった。
「…まさかこれがお前の部屋なのか?」
「そうみたい。」
呆然とするリベルを見て、やはり瑠璃の反応が正しいのだと安心した。
「……一旦外に出ないか?昼食を食べてそのまま興行に行こう。」
「そうするわ。着替えるから出ていって。」
「お前の下着なんかっ…て、おい!」
今日の下着はいつものボロと違って、勘違いした侍女達が用意した男を喜ばせる仕様でひらひらのフリフリの透け透けだ。
その気になれば透視されるのはわかっているけど、リベルにそんな気合いが入った下着を見られたくない。
瑠璃はリベルを無理矢理押しやって扉を閉めた。
◇◇◇
「おねーさん!空飛べるの?」
「そうだよ。お姉さんは魔女だから。」
瑠璃はリベルと昼食を食べ終えて興行に出ていた。
リベルはあの後立ち寄ったカフェで本当に何もされていないか再三確認してきた。
瑠璃が絶対に何もないと何度も否定したらようやくわかってくれたようで元気を取り戻した。
「飛んでみて!」
瑠璃は後ろで困った顔をしている親を見た。
「お気持ちだけいただけますか?」
「…少しなら。」
「ありがとうございます。
坊ちゃん、じゃあ飛ぶよー!」
瑠璃は興行に使うたくさんの道具が入っている大きな入れ物から、これぞ魔女、というような長柄の箒を取り出した。
「三、二、一、いってきまーす!」
瑠璃が箒に魔法をかけて一メートルほど宙に浮くと、頼んできた子供だけでなく周りにいた野次馬からも歓声が上がった。
瑠璃はそのまま空高く舞い上がり、空中で大きく一回転してから戻ってきた。
「うわー!本物の魔女だ!すごーい!」
「良い物を見せてもらったわ。ありがとう。」
「こちらこそありがとうございます。」
子供の親から文庫本が一冊買えるほどのチップを貰い、野次馬からも何人か投げ銭を入れに来てくれた。
その中の一人の男性が瑠璃に声をかけた。
「嬢ちゃんはもしかして空から屋根の修理なんかもできるのかい?」
「ちょっとした雨漏りなら直せますよ。近くならすぐに行きますし、遠くなら出張料をいただきます。」
「すぐそこなんだよ。ちょっと来てくれ。」
瑠璃はちらっとリベルを振り返った。
リベルは瑠璃が一人で客先に行くのを嫌がるから、こういう時はリベルの仕事もついでに請け負って二人で行くのだ。
「ついでにシロアリ点検はいかが?床下を透視するから家に入らずにすぐ終わるよ。」
「透視って、まさか透かして見えるって言うのかい?」
「その通り。おっさんのパンツの色は赤だ!おっさん、いちごが好きなのか?」
「たまげた。娘からもらったんだよ。もっと良いのを履いてくればよかったな。じゃあついでに頼むよ。」
リベルの仕事も請け負ってお駄賃をもらうと、瑠璃はリベルを箒の後ろに乗せて箒に魔法をかけた。
宙に浮き上がった瑠璃とリベルを見てどよめく観客を横目に、レオがとてとてと歩いてきた。
「おじさん、ちょっと僕の手を握って。」
「ん?ああ。」
「…一本先の通りの、青い三角屋根の家だね。」
「こりゃたまげた。なんでわかったんだ?」
「僕は人や物の記憶が読めるんだ。記憶を読んでほしいものがあれば持ってきて。」
「君達すごいな。」
仕上げにレオの能力も売り込んで、ラルム座の若手三人の連携は完了した。
「じゃあ、先に行ってますねー!」
「おう!頼んだぞ。」
瑠璃がリベルを乗せて再び箒で飛び立つと、先程よりも大きな歓声が上がった。
宣伝も兼ねて大回りして青い三角屋根の家を目指すと、空を飛ぶ瑠璃達に気づいた道行く人から悲鳴と歓声が聞こえた。
「王都は稼げるな。賭場と合わせたらかなり貯金ができそうだ。」
「思ったより魔女のウケが良くてよかったわ。私も今のうちに貯金しないと。」
「僕もたくさん貯金してでっかい家を買うんだ!」
「小学生で貯金なんて偉いわね、レオ。リベルがあんたの歳の時はガラクタを買い集めていたわ。」
「ガラクタじゃない。夢を買っていたんだ。」
片付けを終えてリベルとレオと一緒に騒いでいると、ゼファーが駆け寄ってきた。
「稼いだし、パーッと飲みに行くか!」
「未成年しかいないわよ。ジュリアと行けば?」
「ジュリアは男と約束があるんだってよ。」
「ゼファーは他に当てがないの?可哀想に…」
「おい、失礼だぞ。当てがないのはこいつも一緒だ。」
ゼファーがリベルを片手で抱え上げた。
「うわ、やめろよ。俺は子供じゃない。」
「大人なら鍛えろ。俺に抱えられているようじゃまだ子供だ。」
「ちょっと、離せ!ルリ、助けてくれー!」
「いってらっしゃい。私はレオと留守番してるわ。」
「二人とも、いってらっしゃーい!」
夜の街へと繰り出す二人を見送って、瑠璃はレオと一緒にあの分不相応なホテルへと戻った。




