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星降る夜、忘れられない恋をした。―消えたがりの魔女、再会した初恋の王子様に求婚されました―  作者: 宮前 雫


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2.見通された未来



リベルが持ってきた制服の包みを解くと、ベージュのジャケットに青いチェックのスカート、真っ白のリボンと、いかにも私立といった色合いで、どう見ても瑠璃には分不相応だった。

こんなに滑らかな生地のジャケットなんて、まともに買ったらそれだけで瑠璃の一ヶ月の稼ぎが消えていきそうな気がする。

鞄から靴下、靴に至るまで指定のようで、これを全て寄贈してくれた学院長には地面に這いつくばってお礼を言わなければならないと思った。


瑠璃は学院の鞄のポケットに、宝物の瑠璃ラピスラズリのペンダントトップを忍ばせた。

親指の爪程の大きさの瑠璃色の石は金で出来た土台に嵌められていて、星空のような模様が入っている。

瑠璃を孤児院に預けてすぐに息絶えた母が身につけていたペンダントを、遺品として孤児院が預かってくれていたのだ。

鎖はとっくに切れてしまって買い直すお金もないけど、このペンダントトップだけは母の唯一の形見としてお守り代わりに持ち歩いていた。



ボロ布のようなワンピースから高級な制服に着替えて下に降りると、既にラルム座の一同が食堂に集まっていた。

同じくベージュのジャケットに青いチェックのスラックスを纏い、青いネクタイを締めたリベルは見た目だけはどこかの貴族のご令息にでもなったみたいだと思う。


「ルリ、それを着るとお貴族様みたいだね。」

「レオ、ありがとう。私もリベルを見て同じことを思ったところよ。」


ラルム座の最年少、人や物の記憶を読む能力を持つ小学四年生のレオが瑠璃を見て目を丸くした。


「おはようございます、お嬢様。」

「ゼファー、やめてよ。中身が伴ってないのはわかってるわ。」


筋骨隆々で何でも持ち上げてしまう、三十五歳には見えない美丈夫のゼファーが恭しく礼をした。

ゼファーは武道にも長けていてあちこちの騎士団から引き合いがあるのに、騎士は窮屈だからとラルム座にしがみついている変わり者だ。


「学院長に土下座して感謝するんだね。お前達を受け入れて下さるなんて懐の広いお方だ。」


怪しげな紫の煙が出る煙草を吹かしているのがラルム座の座長、未来を見通す能力を持つジュリアだ。

年齢は不詳だが、瑠璃の記憶があるこの十年で見た目の変化はほとんどない。

あちこちの旅先でよく男をはべらせているからまだまだ現役だ。


「わかってるわ。挨拶することがあれば地面に頭を擦り付けるつもりよ。」

「安心しろ、ルリ。土下座するときは俺も一緒だから。」


リベルはそう言って瑠璃の髪をわしゃわしゃと撫で回した。

金髪の巻き毛が静電気で爆発して、瑠璃はリベルを睨みつけた。

リベルは見た目だけはいいから、リベルと一緒にいると女子生徒の嫉妬を招いて余計にいじめられることになる。


「あんたといたら余計に惨めになるわ。」

「そろそろ冷水の季節だな。防水しとけよ。」


リベルがぐちゃぐちゃになった瑠璃の髪を直しながら笑った。

冬が来て水が冷えると、瑠璃はどの学校でもバケツに汲んだ冷水を浴びせられるので、もはや風物詩だ。

昔は毎度水浸しになっていたけどそれでは教科書がボロボロになるので、最近は魔法で防水して被害を防いでいた。


「瑠璃。何があっても誇りを忘れるんじゃないよ。」


ジュリアが煙草を置いて瑠璃の目をじっと見つめて言った。

ジュリアがこうして人の目を見るときは未来を見通しているときだ。


「もう慣れっこだから大丈夫よ。」


今日からはいつにも増して最悪ないじめが待っているんだろうか、とうんざりしながら返事をした。


ジュリアはまた瑠璃の瞳を覗き込むように見ると、なぜか意味深にニヤリと笑った。




◇◇◇




「ここ…なのよね?」

「た、多分ここだ…。」


恩賜おんしノルベルト記念学院中等部・高等部』と刻まれた門の前で瑠璃とリベルは立ち尽くしていた。


「お城の中に学校があるの?」

「いや、そんなことはないはずだ…多分……」


門の先にある建物は重厚な煉瓦れんが造で、大きな尖塔せんとうがいくつも聳え経っていて、どう見ても城だった。


「もしや転入生の方ですか?」


呆然と立ち尽くす瑠璃達に門番が駆け寄ってきた。

門番の制服までまるで騎士のようで、分不相応どころか、身分のない瑠璃がこんなところに足を踏み入れては反逆罪で捕らわれるのではないかと怯えた。


「…はい。」


恐怖で声も出ない瑠璃に代わってリベルが答えてくれた。


「学院長がお待ちですのでご案内します。」

「は、はい…。」


こんな大層な学校の学院長が瑠璃達の制服を用意してくれて、学費まで無料にしてくれたなんてとても信じられなかった。



騎士のような門番に連れられて建物の中に入ると、絵本の中でしか見たことのない大きなシャンデリアが頭上に煌めいていて、瑠璃が今朝寝たベッドよりも柔らかいふかふかな絨毯が一面に敷かれていた。

瑠璃は自分がこのような高貴な空間にいることがあまりに恐ろしくて、少しでも絨毯を汚さないように恐る恐る歩いた。



磨き上げられた艶々の木製の扉の前で門番が立ち止まってノックした。


「転入生のお二人をお連れしました。」

「通しなさい。」


中から威厳に満ちた男性の声がして案内してくれた門番が扉を開けると、中に入るように目で促された。

瑠璃はリベルと顔を見合わせた。リベルは心無しか顔が青くなっていたが、瑠璃もその比じゃなく真っ青になっていることだろう。


「失礼します。」


二人で頭を下げて部屋に入ると背後で扉が閉められた。


「よく来たね。顔を上げて。」


瑠璃やリベルのように身分のない者は、高貴な方と目を合わせることすら罪だ。

本当に顔を上げていいのだろうか、とリベルを横目に見ると、リベルも困ったような顔をして瑠璃を見た。


「罰することはない。さあ、顔を上げて。」


優しい声で促されて、瑠璃は恐る恐る顔を上げた。

学院長のヘーゼルの瞳と目が合うと、学院長が目を丸くしたのがわかってやはり失礼だったのだと思って慌てて目を伏せた。


「…君がルリだね。そして、君はリベル。」

「さようでございます。」


瑠璃はリベルと二人で再び頭を下げた。


「私はジュリアに大変世話になったんだ。君達をこの学院で迎えることが出来て嬉しいよ。」


学院長にそれほど言わしめるなんてジュリアは一体何をしたんだろう。

頭を下げながら横を見ると、リベルも隣で頭を下げたまま固まっていた。


「学院では地位も身分も関係ない。どうか君達らしく学院生活を楽しんでくれ。」

「ありがとうございます。身に余る光栄、恐悦至極に存じます。」


横でリベルが地面に這いつくばったので瑠璃も慌てて従った。


「制服も学費も、ご配慮いただきありがとうございます。この御恩は一生忘れません。」


地面に頭を擦りつけながら伝えたかった言葉を慌てて口にすると学院長がクスクスと笑ったのがわかった。


「恩などないよ。さあ、顔を上げてくれ。教室に行こう。」


学院長が瑠璃とリベルの元にやってきて、地面につけていた手をそっと取ってくれた。

貴族の中には瑠璃達のように身分のない異能者のことを不可触の民だと言う者もいるから、体に触れられたことに驚いて体がビクッと跳ねた。

温かい手に導かれて立ち上がり、学院長の先導で教室へと向かった。




「失礼。転入生を連れてきた。」


教室が立ち並ぶ二階の廊下を恐る恐る歩いていると、学院長が廊下の一番奥の教室の扉を開けて中に声を掛けた。

瑠璃はごくりと唾を飲んでリベルを見た。

リベルも顔色は悪かったが、ぎこちなく笑って瑠璃の背中を押してくれた。


「大丈夫だ。昼にまた会おう。」


リベルをこれほど心強く思ったことはない。

何かあっても昼までどうにか耐え忍べばいいのだ。



学院長に導かれて教室へ入ると、クラス中の視線が瑠璃に集まった。

転入初日はいつものことだ。

瑠璃は目を伏せたまま教壇の横に立った。


「転入生を紹介する。皆、仲良くしてやってくれ。」

「ルリです。よろしくお願いします。」


学院長の後に瑠璃が続いて頭を下げると教室が大きくざわめいた。

名字を持たない瑠璃が名乗るとこの反応になるのもいつものことだ。


「ルリ、私は担任のシュヴァルツだ。困ったことがあったら言ってくれ。君の席は一番後ろだ。」


黒髪に黒い瞳の男性教師、シュヴァルツ先生が瑠璃に微笑んで、教室の一番奥にある空いている席を指差してくれた。

教師の中にも瑠璃の身分を差別する者は少なくないから、シュヴァルツ先生がいい人そうでほっと息をついた。

瑠璃はシュヴァルツ先生と学院長にぺこぺこと頭を下げてそそくさと自分の席へと向かった。



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