13.突然の招待
「こちらにルリという者が泊まっておらぬか。」
鎧を纏った屈強な騎士が、扉を開けるというよりも蹴破るように入ってきた。
ボロ宿の壊れる寸前のオンボロの扉はギコっと音を立てて傾いた。
「ひっ…」
まさか王子様への度重なる不敬で捕らえられるのだろうか。
瑠璃は咄嗟にリベルの後ろに隠れた。
「ディートじゃないか!ルリならここにいるぞ。」
「ひぃっ…」
と思ったけど、ゼファーに文字通りつまみ上げられて騎士の前に連れて行かれた。
ゼファーは武術にも長けていてあちこちの騎士団に出向いているから王都にも知り合いがいるんだろう。
ゼファーの知り合いとはいえ、瑠璃の刑を軽くしてくれる訳ではないはずだ。
瑠璃は恐怖で言葉を失った。
「ゼファー!久しいな!なんだ、ルリという者はお前の知り合いなのか?」
「俺の一座の魔女だ。ほれ。」
床に雑に下ろされた瑠璃は、恐怖のあまり腰が立たなくなってへたり込んだまま惨めに震えた。
「ルリがなんかしたのか?」
「ノエル王子殿下の命でな。悪いようにはしないから安心しろ。」
「ひっ…」
今日何度目かの変な声が出て、瑠璃は助けを求めてゼファーを見上げた。
目を丸くするゼファーを見て、そういえばゼファーにはノエル王子のことを話していなかったと思い出した。
「王子殿下って…ルリ、お前何をしたんだ?」
「恐れ入りますが、ルリはウィリアム様によってノエル王子殿下との接見を禁じられています。」
瑠璃がゼファーの問いに答える代わりに、リベルがやって来て騎士に立ち向かってくれた。
「お前は誰だ?ウィリアム様が殿下の意に背かれる訳がなかろう。
とにかく私はルリという者を城に連れてくるよう命じられた。責任を持って送り返すゆえ安心せよ。」
またここに帰ってくるということは懲役ではなく鞭打ちの刑だろうか。
瑠璃はいじめで鞭打ちもどきを受けたことはあるけど、本当に鞭打ちをされるのは当然初めてだった。
(魔法で全身の神経を鈍らせれば大丈夫かしら…。出血で死なないといいけど…)
震える体はディートと呼ばれた騎士に担ぎ上げられた。
「ちょっと、ルリを返せ…」
「リベル、ディートは俺の古い友達だ。こいつが言うんだから悪いようにはしないだろうさ。
ディート、ルリを頼んだぞ。」
「任せろ。じゃあまたな。」
リベルの助けは無情にもゼファーによって打ち砕かれ、瑠璃はそのままオンボロのホテルの食堂を出た。
扉を壊した代金を請求されても困るので、出る時に咄嗟に扉の蝶番を魔法で留め直しておいた。
◇◇◇
ホテルを出ると玄関の前に立派な馬車が止まっていた。
「腰は立つか?」
「はい…。」
罪人の荷車に乗せられると思っていたので驚いていると、ディートが瑠璃を地面に優しく下ろしてくれた。
「これに乗ってくれ。後は寝ていれば着くから。」
「えっと…ありがとうございます…。」
何が何だかわからないままに馬車に押し込まれた。
ラルム座が町を移動するときに乗る乗合馬車と違って、貴族が乗るような瀟洒な作りの馬車は椅子がふかふかで、どう考えても瑠璃には不相応だった。
寝ていればいいと言われても寝られるわけもない。
瑠璃はばっちりと目を開けていたので、馬車が絢爛豪華な王城に近づいていくところも、堅固な城門をくぐるところも車窓から見てしまった。
(本当に城に来たんだわ。私なんかが入っていいところじゃないのに。まぁ刑場に直行だろうけど…)
絶望的な気持ちになりながら車窓を眺めていると、馬車はずんずんと城の建物に近づいていった。
そして、巨大な玄関のような場所で止まった。
「ルリ、起きてるか?」
外から扉が開かれて、瑠璃は驚きすぎて思いっきり飛び上がった。
「そんなに驚いてどうしたんだ?着いたから降りろ。」
「は、はい…。」
まさかここで降ろされるだなんて思っていなかったので、瑠璃は震える足を恐る恐る外へと踏み出した。
王城の玄関は触れたら即刻打首になりそうな磨き上げられた扉が開かれていて、両脇には正真正銘本物の騎士が立っていて瑠璃を睨みつけていた。
「俺についてきてくれ。」
「はい。」
ディートは刑場に歩いていくのかと思いきや、まっすぐその扉へと向かった。
「お、お待ちください…」
「ん?どうした?」
「わ、私は身分を持っていません。私のような者がこのような神聖な場に入ることは許されません。」
「殿下がお前を呼ばれたんだ。気にするな。」
「…え?」
「いいから行くぞ。」
城の中に呼ばれたということは鞭打ちではないのだろうか。
瑠璃は混乱したまま、ディートの後について恐れ多い王城へと足を踏み入れた。
本物の城は学院の比ではないほど豪華で美しかった。
塵一つ被っていない大きなシャンデリアが照らしているホールにはたっぷりの花があちこちに活けてあって、壁にずらっと飾られた絵画は美術の教科書にでも載っていそうな年季が入っていた。
天井まで美しい装飾で彩られていて、やはり瑠璃が寝ているベッドよりもふかふかな絨毯が敷かれている。
どう考えても瑠璃が立ち入っていいような場所ではないので体が勝手に震えてくる。
それに瑠璃は持っている中では比較的ましな服を着てはいたけど、この王城では雑巾よりもボロボロだろうから恥ずかしくて消えたくなった。
鞭打ちの方が自分にはお似合いだったと思いながら城の廊下を歩いていくと、ディートが突然立ち止まった。
「ここで侍女が待っている。任せておけばいいからお前は何もするな。」
「……はい…。」
今すぐ帰らせてくれと言いたかったけど、とても瑠璃が口を開いていいような場所ではない。
「お待ちしておりました、ルリ様。」
ディートがすぐ先にあった扉を開くと、中にはメイド服を纏った侍女がずらりと並んで頭を下げていた。
様付けで呼ばれたことなんて人生で初めてなので、瑠璃は頭が真っ白になった。
「…連れてこいってそういうことか。」
ディートが横でぼそっと呟いたけど、瑠璃は思考が停止していた。
「それでは、またお迎えに上がります。」
急に恭しくなったディートに驚愕して、瑠璃はその場で固まったままディートの背中を見送った。
「ルリ様、お支度を整えさせていただきます。失礼いたします。」
「えっ?うわああ!」
突然動き出した侍女に囲まれて、瑠璃はあっという間に身ぐるみを剥がされた。
雑巾の方がましであろう下着まで剥ぎ取られると、瑠璃が持っているどんな服よりも上等はふかふかなバスローブを着せられた。
そして、わけもわからないまま部屋についていた浴室に連れて行かれて全身を念入りに洗われて、見たこともないキラキラな瓶から垂らされた香油で磨き上げられた。
極めつけに人生で初めて化粧を施されて、ふわふわでひらひらの上等な水色のワンピース…というよりもドレスを着せられた。
たしかに瑠璃は王城に見合わない服を着ていたけど、どうしてこんなことになっているのかわからなくて声なんてとっくに出なくなっていた。
「お待たせしました。それでは騎士様をお呼びいたします。」
呆然としたまま固まっている瑠璃に頭を下げて侍女達が出ていくと、入れ替わりにディートが入って来た。
「っ、驚いた。見違えたな……って、失礼しました。ノエル王子殿下の元へお連れいたします。」
先程と同じようにディートにまで頭を下げられて本当に意味がわからない。
とても体が動きそうになかったけど、ディートがいつまでも頭を下げているので瑠璃が動かなければいけないのだと気づいた。
瑠璃は歩き方を忘れてしまった足をどうにか動かして部屋を出て、再びディートの後をついて歩いた。
「こちらでノエル王子殿下がお待ちです。」
ディートは重厚な木製の扉の、いかにも高貴そうな部屋の前で立ち止まった。
声の出し方を忘れた瑠璃はかたかたと震え始めた体を必死に立たせていた。
きっと顔が青ざめているのだろう。
ディートは瑠璃に気遣うような視線を向けた後、扉をノックした。
「失礼いたします。ルリ様をお連れしました。」
「通せ。」
中からノエル王子の冷たい声がして、瑠璃はやはり鞭打ちなのだと覚悟を決めて開かれた扉の中に入った。




