12.描いた未来
翌朝、瑠璃はリベルが部屋に入ってくる前に起きて、一応ボロ布の中では比較的マシなワンピースを纏った。
デートだとは思っていないけど、毎日輝いている学院の生徒を見ていると瑠璃も少しは見た目に気を遣った方がいい気がしたのだ。
と言ってもまともな化粧品など持ち合わせていないから、部屋にぶら下がっている埃まみれで触りたくはない姿見の前に立ち、唇に気持ちばかりの紅を差した。
「ルリー!」
最後にふわふわとして広がるばかりの髪の毛をどうにか撫でつけていると、いつも通りリベルがノックもせずに部屋に入ってきた。
「あれ?もしかしてお洒落してくれてるのか?」
姿見の前であちこちが欠けた櫛を持って固まる瑠璃を見てリベルが目を丸くした。
「こ、これは…王都だし…一応…」
「ありがとう。可愛いよ。」
珍しくまともに褒められて、頬が赤くなるのがわかって俯いた。
「…あんたのためじゃないから。」
「素直じゃないな。」
「ち、ちがっ」
「じゃあ行こうか、ルリ。」
今日は変装用の怪しげな服ではなく普通の私服を着ているリベルがなんだか眩しく見えて、瑠璃はまた顔を伏せた。
リベルも王都は初めて来たはずなのに、なぜか道に迷うことなくズンズンと進んでいった。
「リベルは王都に来たことがあるの?」
「いや、初めてだよ。」
「じゃあなんで道を知っているの?」
「昨日、賭場でいい店を聞いてきたんだ。デートだろ?」
そう言って手を差し出すリベルにまた顔が赤くなってしまった。
(な、なんでこいつにときめいてるのよ!一生の不覚だわ。)
瑠璃の心は学院でおかしくなってしまったのだろうか。
リベルにちゃんと人間として、女性として扱われることにいちいちときめいてしまっているのがわかって、瑠璃は動揺を隠すようにリベルの手をぎゅっと握った。
リベルと手を繋ぐことなどなんとも思っていなかったのに、なんだか妙に緊張して手汗までかいてきた。
リベルが案内してくれたのは、真っ白な石造りの可愛らしい外観のカフェだった。
「賭場に来るような人がこんな可愛い店を知ってるのね…」
「お前、知らないのか?賭場の男は女を喜ばせることが生き甲斐なんだよ。そのためにギャンブルで稼ぐ。」
「ギャンブルで悲しませてるから結局はマイナスね。」
いつも通りしょうもない会話を交わしながらも、瑠璃は初めて来る可愛らしい空間に胸が高鳴っていた。
「奥にどうぞ、お嬢様。」
「や、やめてよ。今日はボロ布だから…」
「そんなことないよ。似合ってる。」
なんだか振る舞いまで学院の生徒のようになってしまったリベルに動揺を隠せない。
瑠璃はどうにか心を鎮めて、リベルに言われるがままおすすめの茶を頼み、持ってきた勉強道具を広げた。
「へぇ、たしかに三年の内容だな。」
リベルは瑠璃が取り出した教科書やノートをぱらぱらと捲った。
「追いつけるかな?」
「大丈夫だよ。俺が教えてやろう。」
ふんぞり返るリベルに頼るのは腹立たしかったが、背に腹は代えられない。
瑠璃はリベルに教えてもらいながら宿題を進めた。
「…あんたって意外と賢いのね。教師にもなれそうだわ。大学に行くべきよ。」
リベルの教え方は驚くほどわかりやすかった。
あと半年ほどで高校を卒業するリベルは卒業した後どうするのか知らないが、ラルム座でふらふらと生活するよりも王都に残って大学に行った方がいいのではないかと思った。
ありきたりな魔法しか使えない瑠璃と違ってリベルは一人で稼いでいけるから、ラルム座を辞めても大学に通えるだけのお金を賄えるだろう。
「大学か。考えたこともなかったな。」
「卒業したらどうするつもりだったの?」
「今まで通りだよ。興行をしながら夜は賭場で稼ぐ。お前の学費もかかるし、レオももうすぐお金がかかる歳になるからな。」
瑠璃はなんだか自分がリベルの足まで引っ張っているような気がして申し訳なくなった。
リベルの話を聞いて、瑠璃はリベルにあのことを相談してみようと思った。
「リベル、相談があるんだけど。私ね、王室魔法使いにならないかって言われたの。」
「は?!」
リベルは叫んで茶をむせ込んだ。
突然の大声に周りの客がぎょっとしたようにこちらを見たのでリベルを睨みつけた。
王室魔法使いならきっと今よりお金が貰えるだろうから、瑠璃の学費のことは気にしなくてよくなるし、もしかしたらレオの学費も手伝えるかもしれない。
「ちょっと、そんなに驚かないでよ。」
「だって王室魔法使いだろ?身分がもらえるんだ。とんでもないことだよ。」
瑠璃たちにとって身分は喉から手が出るほど欲しいものだ。
身分が欲しければ身分のある者と結婚するしかない。
でも身分のある者はわざわざ異能者を選ぼうとはしない。大抵は異能者同士で結婚することになるから、子供にも身分がない。
結婚以外で身分を得るには王室魔法使いになるしかないから、魔法使いではない異能者は結婚以外の道がない。
「そうよね。身分って大事よね。」
「何を迷ってるんだ。相談も何も、王室魔法使いになる以外の選択肢があるのか?」
「王室魔法使いへの道は殿下が与えてくださったの。でも、私はこれ以上殿下と関わるべきではないから…」
「そういうことか。」
リベルは鉛筆をくるくると回しながら考えるように宙を見つめたが、やがて瑠璃の瞳をじっと見た。
「あんな奴の言うことは気にするなよ。ルリに与えられた道だ。ルリが決めればいいんだ。」
「リベル…」
「俺はルリが王室魔法使いになってラルム座を辞めるなら全力で応援する。お前は俺達の希望の星だ。」
「ありがとう。考えてみるわ。」
いくら身分が手に入るとはいえ、ノエル王子と関わらないためにも王室魔法使いになるのはやめておこうと思っていたけど、仲間に応援してもらえると少し前向きになれた。
「俺が大学に行ってお前が王室魔法使いになったら一緒に住むか。」
「えっ?」
「いつまでもホテル暮らしじゃ嫌だろう?家が欲しくないか?」
瑠璃は驚いて目を丸くしてリベルを見た。
瑠璃は記憶のある中では一度も家というものを持ったことがない。
たしかに、二人共ラルム座を辞めて王都で暮らすのなら一緒に住むのはありかもしれない。
二人で払えば家賃が浮くし、リベルは瑠璃のことはなんでも知っているから一緒に住んで困ることは何もない。
「…ありだわ。」
今度はなぜかリベルが目を丸くした。
「本当に?」
「あんたが言ったんでしょ。あんたに見られて困ることはないし、家賃も二人ならきっと払えるわ。」
リベルが言い出したことなのに、瑠璃の返事を聞いて何故かリベルは頬を染めてはにかんだ。
「それなら大学に行こうかな。」
「まだ王室魔法使いになると決めたわけじゃないわよ。」
「それでもだよ。楽しみだな。」
初めて見るリベルの表情に瑠璃はなんだか居心地が悪くなった。
誤魔化すように他の教科書を広げて、またリベルに勉強を教えてもらうことで動揺をやり過ごした。
午前中はカフェでたっぷり勉強して、なぜかリベルに奢ってもらった後はホテルに戻った。
「お?二人でデートか?ついにそんな時が来たか。」
リベルと二人で食堂に向かうと、一人で鶏を一羽豪快に食らっているゼファーと、今日も怪しげな煙草を吹かすジュリアがいた。
「デートじゃない…」
「ああ、いいだろう。ルリと将来の約束をしてきた。」
「はぁ?!してないわ!」
勝手なことを言うリベルをポコポコ叩くとジュリアが笑った。
「なんだい、リベルは瑠璃に気が有るのか。」
「ありえないわ。からかってるだけよ。」
珍しくジュリアまでからかってくるのて睨みつけた。
ジュリアは瑠璃を無視して再びリベルに言った。
「リベル、瑠璃を囲いたいならとっとと王都を出た方がいい。」
「どういうことだ?」
「瑠璃は王都にいたら追い回されるからさ。ほら。」
ジュリアは瑠璃達が今入ってきたばかりの扉を指した。
ジュリアが指差した先を見て、リベルが驚愕の表情を浮かべた。
瑠璃の目にはただ閉じられた扉が映っているだけだ。
「何が『ほら』なのよ。」
「瑠璃、お前…」
そんなに驚くなんて扉の向こうに何かあるのかともう一度振り返ると、食堂の扉が開かれた。




