第8話 引きこもりは自爆する
結局、ウジウジとしていたらお昼になってしまった。
人質を粗末に扱うわけにはいかないのか、意外にもお食事はきっちりと用意してくれるし、普通に味も絶品だった。
特になにかされることもないので、私はただ冷たい石の部屋の中に監禁されているだけで済んでいる。
そう、要するに暇なのである。
「……一矢報いるって言っても。私は平和主義だし」
なにができるというのか。私のやれることなんて、綿を出すことぐらいなのに。
綿は自分自身を癒すための道具であり、暴力するために使う物じゃないのだ。
もし、暴力沙汰に使ってしまったら。そのときは、私は一生モフモフの中に居られなくなりそうな気がした。
毛布に顔を埋めて、私はうなる。
「でも、私が動かなきゃ皇宮があ……」
ポフン。
握りしめた拳を、思いっきり毛布に叩きつける。
「気合い、よし! 皇帝にされるくらいなら、捨てられた方が絶対に未来は明ること間違いなし!」
テロリストたちにとって、私は皇帝にするためにも丁寧に扱わざるを得ないはず。だから、少々暴れたところで、諌められるだけで捨ててはくれないだろう。
でもイレアさんの目的が本当なら、利用価値があるのは自堕落な私ってことに。
だったら。この国を壊せるような存在じゃないと示せば、テロリストに私はいらない子になる。
ここに置いておく必要もなくなる。
「そのためには……。やっぱり、兄上たちのように脳筋になるしかない……?」
脳筋といっても、いざ真似てみようと思い立つと想像がつかなかった。
私の平和ボケした頭では、やはり野蛮な人たちを再現するのは難しい。
いや、なにも思考まで真似る必要はないのだ。
「私と、勝負をしろおっ。……よし、少しはらしいかも?」
私は空中へと指を指し示して、まるで誰かに宣言するみたいに言い放った。
それは、皇宮の廊下で兄上たちからだる絡みされるときに、決まって言われる言葉。
皆して口にしているので、脳筋の間に伝わる社交辞令というものなのだろう。
覚悟を決めた私は、生み出した綿で足跡を消しながら扉に近づく。
まずは、外の様子を確認しなければ。
「そ〜っと……」
薄く扉を開けると、音も鮮明に聞こえるように。
やはり、すぐ外には私が逃げることのないよう、見張りがいるようで。テロリストたちのお話している声に、私は耳を澄ました。
「なんでそんな回りくどいことを……」
「仮にも、皇女様らしいしな。下手に傷をつけられないし、そう簡単に手も貸してはくれないだろうとさ」
「相変わらず、ボスは甘ちょろいな」
部下の人たちは、今日もイレアさんへの苦言を呟いているみたいだった。
私からすると、どうして組織として成り立ってるのか疑問に思ってしまう。自分たちのボスに不満があったら、普通はそっちの方が先に謀反されてしまいそうではあるけれど……。
「その甘ちょろさで、懐柔できれば楽なんだがなあ」
懐柔……。もしかして、私のこと?
「まあ、お飾りにするだけなんだ。言いなりにさせておくだけでも、十分だろ」
なんか私の知らないところで、とんでもなく邪悪な計画が動いている気配を感じる。
お飾りに、懐柔。
それが意味することは、まだ掴めない。でも、良くないことを企んでいるのは明白。
がんばれ、私。テロリストたちに、一矢報いるチャンスを逃すな!
「わ、私と勝負をしろおっ!」
バァンッ! と、私は扉を勢いよく壁に叩きつけた。
突然の音にびっくりした見張りの人たちが、揃ってこちらに顔を向けてくる。
「…………は?」
あれ、反応が貧しいかも。
いきなりなんだこいつみたいな瞳で、まるで私の方がおかしいかのように見つめられてしまった。
野蛮な人たちって、この言葉が挨拶なんじゃないの?
ふたりのテロリストのうち、ひとりが頭を抱える。
「おいおい、大人しくしてもらわないとボスの計画も崩れるぞ……」
「そ、それなら上等ですよ。暴れまくってやります!」
「せっかく、待遇だって良くしてやってるのに。勘弁してくれ……」
「まさか、狙いはそれか?」
片方のテロリストが、なにかを理解したように呟く。
もうひとりの理解していない方のテロリストと一緒になって、私は視線を向けた。
「どういうことだ」
同感だった。
私ですらわかっていないというのに、なにを理解してしまったのだろう。
「傀儡にする計画が、こいつにバレてたんだよ。だから、これは言いなりにはならないぞと反抗してるんだろう」
「そういうことか……」
な、なんか知らないけど納得してもらえたようで?
「そ、そうです! 私は、ただ怯えてるだけの人質となることを拒絶します!」
理解はしてないけれど、舐められては困るのでとりあえず便乗しておく。
少しは、皇女らしく威厳を見せれただろうか。
「どうする? 弱っちょろうだし、適当に宥めておくか?」
「いや……」
テロリストの人はそう言ってニヤリと笑ったかと思うと、次の瞬間には拳を鳴らし出す。
「そっちから勝負をふっかけてきたとなれば、多少は痛めつけてもお咎めなしになるんじゃね?」
へ?
あまりの恐怖に、私は呼吸を忘れてしまった。
や、やっぱり怖いよお……!
なんで乱暴な人たちって、こんなにピリピリと張り詰めてて威圧も凄いのかな。
私に喧嘩の真似事なんて、似つかわしくない。
「し、失礼しましたあっ!?」
バタン! と、今度は勢いよく扉を閉める。
私はどこまでいっても、か弱い引きこもりなのだ。荒事にはやはり、首を突っ込むものじゃないと思い知らされる。
「自分からふっかけておいて、逃げる気か! この卑劣皇女が!」
「ふひゃあ!? ご、ごめんなさいぃ!」
背後で、閉めたはずの扉が開け放たれる。
侵略が開始された合図に、私の心の中には恐怖しか存在していなかった。
癒しを求めて、急いで奥に置かれていた毛布の上に逃げ込む。けれど、入口にはテロリストたちが、完全に臨戦態勢になって立ち尽くしていた。
こ、怖いよお。誰か、この人たちやっつけてえ……。
「こ、こいつ……。かわい子ぶりやがって……」
「惑わされるな。これも、俺らの栄光を掴むために必要な仕事だろ」
片方のテロリストが、一瞬だけ絆されかけていたけれど。すぐに、お隣の仲間に連れ戻されてしまった。
毛布の上で縮こまって震える私は、この場では明らかに劣勢だ。
敵のアジトにいるのだから、当たり前ではあるが助けてくれる人もいない。
終わった……。人生の終焉は、自爆で迎えることになるなんて。
「せ、せめてモコモコさんと一緒に……」
そうして生み出した綿の心地ち良さはとても極上で、今からボコボコにされるなんて思えないほどに、心の中が平和になる。
やっぱり、逃避をするなら綿が一番なのだ。
「その間抜けな面をしてられるのも、今だけだがな!」
いつの間にか、毛布のすぐ目の前にテロリストたちが迫っていた。
「びゃああ!?」
痛いことをされるのは、それでも怖いし嫌なので。
抱きしめていた綿を盾に、私は迫り来る拳を受け止めた。
打撃は、吸収された。
けれど、ここの毛布は質が悪いらしく。普通に倒れた衝撃で、背中から全身へと痛みが広がった。
「た、ただちょっと魔が差しただけなんですう……」
涙で視界がぼやけながらも、言い訳だけはさせてもらいたかった。
だから、
「お仕事があって、お疲れですよね。一緒にぬくぬくすることで、許してもらえませんか……?」
私の誘いに、テロリストたちは拳を構えたまま硬直してしまった。
プルプルと全身を揺らす姿は、まるでなにかに悶え苦しむみたいで……。
「ま、負けてなるものか……!」
諦めてください、お願いします。
意地の悪いテロリストを懐柔するべく、私は抱きしめていた綿を押し付けた。
ほら、あなたたちが使っているのであろう毛布よりもフワフワで、サラサラな触り心地ですよ?
テロリストたちが手に取って、その感触を確かめる。
すると、そのモフモフ加減が余程お気に召したのだろうか。
「お、俺らはもう甘チョロいやつらでいい……」
テロリストが、この世のすべてから解放されたように綿の上で溶けてしまった。




