第7話 国家転覆の種
起きたら、イレアさんの顔が目の前にあった。
はい?
まだ夢の中にでもいるのかもしれないと思って、私はもう一度目を閉じる。
ここの毛布も、なかなかの代物だと思った。皇宮の物と比べるとだいぶ劣るけれど、それでも良い物だということは変わることのない事実。
私は目を開けた。
すう、と寝息を立てながら穏やかに眠っているイレアさんが、やはりそこにはいた。
「な、ななな!? ……どうして、テロリストと一緒になって寝てるの!?」
起こさないように、ベッドから降りながらも距離を取って。冷たい石の上にしゃがんで。
小さく囁くような声で、この状況を嘆くように叫んだ。
どうしたらいいかな!?
私、一応はこの国の皇女なのに、テロリストと仲睦まじく添い寝しちゃった!?
これがバレたら、ほんとに人生の終わりなのでは……。
「どうやったところで、国家転覆の言い訳にしかならないよおっ」
違うんですう。私は攫われただけの被害者なのにい……。
イレアさん率いるテロリスト集団が、簡単に私を皇宮へと帰してくれるとは限らない。それに、私は自ら家出してきた身なので、どちらかといえば帰りたくはない。
その辺の田舎とかに捨てられる方が、都合がいいんだけどなあ。
そうだ。ピコーンと閃いた私が手のひらを合わせると、パチリと控えめな音が鳴った。
私に利用価値がないとなれば、テロリストたちだって興味を失うはず。
そうであれ。
「んうぅ……。もう朝〜?」
その時、背後からあまりにも気だるげな声が聞こえてきて、つい誰かと私は振り返った。そこにいるのは毛布の上に横たわる女の子だけなので、声の正体はイレアさんで間違いないらしい。
「むりい……。布団から起きたくないわあ……」
なんか、昨日と違って威厳が消えているような。
毛布に力を吸われてしまったのかと思うぐらいに、無気力な姿。その瞼は伏せ目がちで、本当に眠そうだと思った。
イレアさんは毛布にしがみつきながら、手を伸ばす。
「誰か、いつもの飴ちゃんをちょ〜だい」
あれ。これは、私が持ってこなければいけない流れでは?
周囲を見渡すけれど、当然、部下の人たちは誰もいない。ということは、誰かという言葉の対象は私ということに……。
飴って、昨日舐めてたあの苦いやつだよね。
相手はテロリストで、私は人質なのだから、別に持ってこなければいけない筋合いはないけど。けど、なんかこのまま放っておくのもかわいそうだしい……!
勇気を出して、私は部屋の扉をコンコンとノックする。薄く開けると、新鮮な外の空気が入ってきた。
「あ、あの〜」
幸いにも、すぐ外には見張りがいたようで、すぐにテロリストのひとりが駆け寄ってくる。
「お前は、人質ではないか! 残念だが、逃がしはしないぞ」
「そ、そうではなくて。あなたたちのボスさんが、飴をくださいと申しておりまして……」
見張りの人から、大きくため息が落ちた。
「なんのために常備してるんだ、あの人……」
その音色から、部下たちの苦労が伺える。
イレアさんって、立場的に服従されているだけで、まったく慕われていない気がする。なんて、勘ぐってしまうけれど。
見張りの人が、通信魔道具に向かってなにやらゴニョゴニョと話している。
すぐに違う人が駆け寄ってきて、イレアさんの飴が運ばれてきた。
でも、なぜか私に手渡されてしまい。
「それじゃあ、ボスのことは頼んだぜ」
そう言われて、私は部屋の中に押し戻されてしまった。
「……これ、押し付けられてるだけでは」
あなたたちテロリストのボスなのだから、お世話するのはそっちの役目のはずなのに。なぜ、私がお世話をすることになっているのやら。
納得はいってないし、お気に召さない。
でも任された以上、私がやるしかないということに。
仕方ないと思いながらも、イレアさんの手のひらに飴を置いた。
すると先程までの怠け具合が嘘のように、イレアさんは起き上がって飴を一口舐める。
「ん〜っ。目覚ましにするなら、この苦さが一番ね」
あ、苦いとは思ってるんだ。
新たな気づきを得つつ、私は警戒する思いから身体に力を入れた。
「感謝するわ。えーっと、皇女さん」
「……ミセーティニです」
「あー、第七皇女の。どおりで、皇族なのに顔も知らないはずだわ」
引きこもっていたのは自分の意思とはいえ、あまりの認知のなさに、少しだけ傷ついてしまう。
飴を舐めながら、イレアさんは「それで」と一呼吸を置いて私に問いかけてくる。
「そんな皇女様が、どうして捕まったのかしらね?」
それは、顔も知られてないほどの私が、という意味だろうか。
確かに、皇宮を脅かしたいなら、普通は知名度があり信頼も寄せられている兄上や姉上を狙うものだ。
ましてや、引きこもりだった私は安全地帯にいたというのに。こうして、捕まっている。
「夜間に、ひとりで皇宮から出てきたらしいわね。それほどまでに、居心地が悪かったの?」
「それは……。否定、できませんけど」
使用人さんたちから甘やかされる環境は、嫌いじゃないし好きではある。
それとは逆に、兄上たちは常にピリピリと張り詰めていて、何回か喧嘩も売られた。そういうところは、居心地の悪さがあったとは言える。
でも、それは私が平和主義者だから。
あんな力ばかりの世界が、合わなかっただけでしかないのだから。
「私は、のんびりと田舎で暮らしたくて旅に出たんです!」
だから、私を解放してください。この国の理念とは真逆の存在なので、役たたずでしかありませんよ。
なんて、密かに祈願する。
「……つまりは、家出してきたのね」
納得したように、イレアさんが毛布から降りる。
しばらく、飴をじっくりと味わっていたかと思ったら、萎んだ飴で私を指し示してきて。
嫌な予感を覚えてしまう、微笑みを浮かべた。
「やっぱり、あなたこそが皇帝になるべきなのよ」
なんでそうなるの!?
「こ、皇帝だなんて。力こそが正義とか言ってるこのスキュイル帝国に、私みたいな平和主義者は似つかわしくないと思いませんか!」
「そうね。でも、だからこそふさわしいの」
「ど、どういう……?」
「この国を、根本から破壊するのよ。それには、あなたみたいなお気楽皇女様がちょうどいいってこと」
つまりは……。
私が家出とかいう勝手なことをしたせいで、テロリストたちに反乱の種を与えてしまったということ?
このままじゃ、国が乗っ取られちゃいそう。
いや、でも他の皇族である兄上や姉上だって優秀なのだから。テロリストから侵略されたって、簡単に負けるような人たちではないのは知っている。
「わ、私はお布団でぬくぬくするんです! 暴力沙汰は、御免ですので!」
「別に、あなたはそれでいいわよ? こっちが勝手に、一揆してくるだけだもの」
そう言って、イレアさんは歩き出す。
「皇女として国を守りたいのなら、じっくりと考えておくといいわ。私たちに一矢報いる方法を、ね」
私を気に留めることなく、そのまま部屋の扉に手をかけた。
「じゃあ、この部屋の中なら、自由にしててもいいわよ」
それだけを言い残して、去ってしまう。
残された私は、正直に言うと絶望しかなかったので頭を抱えた。
「こ、こんなの放置してぬくぬくとか、できるわけないんだけど!?」
兄上たちが、退治してくれるかもしれなくても。
テロリストたちに、反乱させる余地を与えたのは紛れもなく私。これがバレたら、普通に罰を受ける可能性だって否定できない。
私が招いた種は、私が片付けなきゃ……。
いくら引きこもりたいとは言っても、国がテロリストに乗っ取られるのはさすがに受け入れられるわけがなかった。
ああ、お布団に潜りたい……。




