第6話 テロリストのボス
「陰口が聞こえてきたけれど……。ふふ、この地獄耳を前にして、いい度胸してるじゃないの」
そうは言っているが、女の子には怒っているような素振りはない。呑気に手に持っている飴を舐めながら、立ち尽くしていた。
私を甘やかしていたテロリストたちが、慌てて背筋を真っ直ぐに伸ばす。
「か、陰口なんてとんでもない。本日のボスも、誠に煌びやかな輝きを放っております!」
テロリストたちをよく観察すると、その手には汗が滲んでいた。
そこまで恐るほど、怖い存在なのかと思うのと同時に。よく陰口を叩こうと思えたなと、逆に感心するみたいだった。
静寂。
この部屋にいる誰もが、女の子に注目する中で。
はあ、とため息が落ちた。
「まったく、堅苦しくする必要はないって言ってるのに」
頭の後ろでひとまとめにされている薄紫色の髪が、女の子の歩幅に合わせてゆらゆらと揺れる。
コツコツと音を立てながら目指す先は、たった今、毛布に埋もれている私だった。
ち、近づいてくる!? どうしよう。せめて、と一応は立場を弁えて身体を起こしておく。
でも、毛布の中から出たくはないので。
私はベッドの上で座る形となった。
「こちら、皇宮の近くにて捕まえた使用人です」
「ふーん。それにしては、ずいぶんと優れた待遇を与えているのね」
「こ、これは……。情報を聞き出すには、まずは懐柔させるべきかと思い……」
「あははっ。素晴らしい心がけだけど、それを本心にできてたら、飴ちゃんをご褒美したのよ?」
そうして部下の人と会話をしながらも、私から視線が逸れることはない。
じーっと私を観察しているのか、気づけば前のめりになって。拳ひとつ入るぐらいの近さまで、女の子が顔を近くに寄せてくる。
「まあ、これなら甘やかしたくなるのもわかるわ」
どういう意味だろうか。
その溢れる気高さに圧倒されて、私は顔を引きつらせていると——。
「まずうっ……」
口の中に、舌をものすごく刺激してくる苦味が突っ込まれた。
「あら、お口に合わなかった? まあ、私の飴ちゃんが他人に美味しく頂けるとは思えないけど」
「じゃあ、なんで突っ込んだんですか」
「だって、甘々の巣穴に浸っていたんだもの」
甘々……?
要するに、私が甘やかされていたから嫉妬してたってだけ?
女の子は飴を舐めながら、自分の部下であるテロリストたちに向き直った。手のひらで合図をしたかと思えば、テロリストたちが一斉に跪く。
圧巻の光景だった。
やはり、この女の子はボスと呼ばれているだけあり、この場で一番の力を持っているらしい。
「初めまして、皇女様?」
…………へ?
「私がこの組織を仕切る親玉。イレア・ベアーベルよ」
イレアと名乗った女の子は、そう言って華麗にカーテシーを決めた。
待って、私の正体がバレてますけど!?
「ど、どどどうして私を皇女だと思いで?」
「さあ、なんでかしらね。当てられたら、この飴ちゃんが景品として進呈されるわよ」
「わ、私がかわいすぎたんですね!」
「いらないからって、適当言ったわね?」
はい、その通りです。一瞬でバレちゃいました。
イレアさんは口を尖らせており、その顔は完全に不機嫌な時の表情そのもの。
ペロリと一口だけ飴を舐めては、「ん〜っ」とうなりをあげていた。
「こ、今度こそ終了の危機!?」
泣きそうになるのを堪えて、身体を震わせる。
立場としては、明らかにテロリストたちのボスである相手の方が上。人質である私は、なにかあったらすぐにでも痛めつけられてしまうような存在。
だから、不機嫌させてしまった今。私にこれから降りかかるのは……。
「怯えなくていいわよ。適当言われて、しかも当てられちゃったから悩んでたの」
「へ? 当て……?」
イレアさんは、ニコリと眩しいくらいの笑顔を浮かばせて。
「せっかく皇女様も捕まえたことだし、もちろん協力してくれるでしょ?」
「きょ!? ど、どんな物騒な行いを私にさせるつもりですか!」
「国家への反乱、かしら」
「やっぱり、この人たちは根っからのテロリストだあ……」
分かり合えない存在であり、とても恐ろしい思考を持った集団だ。
とんでもない。
お布団の中に帰りたいよお……。って、私が今座ってるのがお布団だった。
「モフモフさん、すべてを忘れさせてください……」
私は人質という立場などお構いなしに、足元の毛布に身体を投げ出す。
実は、今起きてることは夢で。顔を上げたら、いつものぬいぐるみだらけのお部屋が広がっていたり。
「お悩みは終わった?」
は、しなかった。
普通に、イレアさんの顔が一番に目に入ってきた。
「反乱だって、別に悪いことばかりじゃないのよ?」
「だ、騙されません。良い反乱ってなんですか! 暴力はんたーいっ!」
私は必死に、声をあげるけれと。
ふわぁ、とイレアさんはあくびをしていた。
テロリストなどという、暴力の塊でしかない場所のボスをしているぐらいなのだから。やっぱり、私の平和論なんて聞かされても退屈なのかもしれない。
いや、瞼が落ちているところを見るに、単純に眠いだけ?
「あなたは皇宮という、甘ったれた場所で甘々な世界しか見せられてこなかったのかもしれないけど。この国はね、力ばかりが支配していて、腐っている」
イレアさんは、ハッとなにかに気づいたかのように振り返って。
「そういえば、忘れてたわ。楽にしてていいわよ」
その言葉で、跪いていたテロリストたちが一斉に立ち上がる。
ぐいーっと伸びをしたり、腰が痛そうに手を当てたり。各々、自由にしている反応が見られた。
「やっとか……。久々にしゃがんでいたら、足がパンパンにだぞ」
「おい、ボスの前だぞ」
「堅苦しいのが苦手なのは、ボスも俺らも同じだろ。楽にしていいと言われたんだから、少しばかりいいじゃないか」
なんか、雰囲気がめちゃくちゃ緩い。
テロリストって、そんな気楽に振る舞えような組織なんですか? これが、私のことを攫った組織と一緒だなんて……。
「どう? 私たちは皆、この国の力ばっかりのやり方に疲れているの。反乱だって起こしてやるほどの心構えもある」
私は唾を呑み込む。
雰囲気は緩くても、その決意は間違いなく暴力的な組織としてのやり方なのだ。
「皇女であるあなたには、どう映っているのかしらね?」
「私は、あなたたちが言う力にしか目がない国の皇女。だからこそ、利用したいってことですか」
「テロという行為を、この国でのやり方として素晴らしいと思った? それとも、やっぱり皇女として認められない方に傾いちゃうかしら」
イレアさんは、その顔に張り付いた笑みを微塵も崩そうとはしない。ニコニコと笑い続けるのは、私に対してのポーカーフェイスなのだろう。
「……皆さんは、この国に不満があるんですね」
仮にも、私は皇女としての立場がある。
国の人たちには顔も知られてないし、話題だってあがることはないけれど。それでも、こうして直に不満をぶつけられた以上、動かなくてはいけないのは私だ。
いいだろう。
たまには、皇女として国のため働いてみるか。テロリストたちに、引きこもり生活で積み重ねてきた経験をご教授してあげよう。
「思い詰めたって、気持ちが暗くなるだけですよ! 寝て、嫌なことは全部忘れちゃいましょう!」
…………は?
なんて聞こえてきそうな光景が、目の前に広がった。
テロリストたちも、イレアさんも。揃って、目を丸くしながら口をポカンと閉じるのを忘れてしまっている。
やがて、イレアさんが高らかに笑いだした。
「あなた、よっぽどお気楽な性格してるのね」
それは昔から、兄上たちに散々言われてきた言葉と同じだった。
「今日は解散するわ」
その言葉に、テロリストたちは「お疲れ様でした!」と一目散に部屋から出ていった。
私は、イレアさんとふたりきりになってしまう。
「予定を変更することにしたの」
「変更? それは、テロの……?」
「皇宮の弱みを握って、皇帝の座を乗っ取るのが本来の計画だったけど……」
イレアさんが、私を見つめて微笑む。
普通の笑顔のはずなのに、どこか怖く見えてしまい身体が震えた。
「次の皇帝は、あなたにしてあげるわっ!」
はい?
私を、次の皇帝に。ただのテロリストでしかない、この人たちが私を皇帝にするの?
それってつまり、めちゃくちゃ大規模なテロ行為になるんじゃ……。
どうしよう。
今の私は人質で、それを断れるかはわからない。そもそも、断ったらなにをされるか。
「お、おやすみなさい!」
夢だ。これはきっと、悪い夢なのだ。
だから、寝てすべてを忘れてしまえばいい。
私はモフモフの毛布を抱きしめて、深い意識の底に沈んでいった。




