第3話 完璧な夜逃げ……?
窓から、外を眺める。
空に浮かんだ小さな星たちはとても元気に光り輝いていた。雲にも遮られることなく、実に良い快晴具合。
リュックにだって、必要な持ち物は入るだけ詰め込んだ。
お洋服に、細かい生活用品に、忘れてはいけない大切なぬいぐるみ。
天気、よし。荷物、よし。
「準備万端、夜逃げ体制よし!」
今日という日は、なんと素晴らしいのだろうか。
今までの私だって、部屋に引きこもりながら悠々と暮らすことはできていた。
けれど、仮にも皇族である事実は変わらない。
最低限の教育は受けさせられたし、先生方の厳しい鞭をたくさん浴びてきた。ぬいぐるみに囲まれて、だらだらしてるだけなのに、謎に期待の眼差しを向けられてきたりも。
あーもう、なんて息苦しい場所なのか!
だって。
廊下で使用人がすれ違う度に「ミセーティニ様、今日も世界一の可憐さを放っているわね」「皇宮で働く私たちだけしか知らないなんて、人生の損じゃない?」だとか、ヒソヒソと噂話が聞こえてくるのだ。
そして、なにより。
兄上や姉上からは「実は、皇族一の戦姫」とデマを流される始末。
「でも、そんなのは今日でおさらば! ちっぽけな田舎で、私はのんびりと暮らします!」
机の上にも「探さないでください」と書いた紙を置いておいた。
そうして出て行った人を探すだとか、非道な行いをする人がいるわけがない。
思わず、鼻から笑いが落ちてしまう。
「完璧な計画すぎて、自分に自惚れちゃうなあ。ふへへ……」
正面から出ていけば、さすがに見つかってしまうのは明白。
ならばと、私は部屋の窓を開ける。
気持ちの良い夜風が、肌を撫でていく。
「これなら、跡を消せちゃうかも」
指先をくるりと宙で回せば、たちまち光が灯った。
光の色は白く、微かに温かさが伝わってくる。
普通なら起こりえない、超常現象だ。
だが、この世界には、それを可能にしてしまう不思議な力が存在する。
いわば、魔法。
この国では力による見せしめが流行っているのもあり、荒事に使われてばかりだけど。たまには、平和に使ってあげないとね。
「もっこもこになーれっ」
光の灯った指先で靴に触れる。すると、ポンッと小さく弾けるみたいにモコモコの靴が完成した。
これは音を消すために必要な、防音加工なのである。
今、纏わらせたのは綿だ。綿というのは、音を吸収してくれる便利な物体。
そして。
「おっヒモ、おっヒモ〜」
手を振りかざせば、光の中からとてもとても長い紐が生まれていく。
ここは、高所に位置している。
ひとつの紐を編むことで頑丈な代物へと変化を遂げた紐は、無事に窓の下の石畳まで辿りつけたようだ。
私の得意とする魔法は、綿を扱う魔法。
このように。いろいろと便利だし、なにより大好きなぬいぐるみに命を与えてくれる。
だからこそ、私は綿魔法が好きなのだ。
「……行ってきますっ!」
紐をしっかりと腰に巻き付けて、両手で離れることのないように握りしめる。
いざ。
念願だった皇族のしがらみに縛られることのない、優雅な新天地へ!
私は穏やかな田舎でのんびりと引きこもります!
「えーいっ」
窓から飛び降りれば、空中に投げ出された身体を支えてくれるのは、紐を握っている両手だけ。
引きこもりなせいか。
ちょっとだけ、全身の重たさに腕が悲鳴を上げているけれど。
私は慎重に、落ちないように下っていった。
「ふいーっ。任務完了、これで私は自由の身に!」
お外は真っ暗。
こんな夜遅くに出歩いている使用人など、いない。皇宮を巡回してくれる騎士だけだ。
見つかれば、もちろん戻されてしまう。
でも、安心。
そのために施した靴の防音加工。
そして、なにより。
役目を終えた紐は小さな綿毛となり、風に吹かれて消えていく。
もうひとつ、綿魔法の便利なところがある。
こうやって分解してしまえば、痕跡を跡形もなく消してしまえる点だ。
「私って、天才かも。完璧で究極の完全家出、これにて完遂しちゃいましたっ」
ヒソヒソと身を潜めて、皇宮のお庭を突き進む。
暗くて視界は悪いけれど、確かにわかる。私の行く道を阻む敵が、お庭を巡回していると。
手っ取り早く、通り抜ける。
最大の難所であり、最後の壁である皇宮の門だけれど。そこには、門番が黒い目を光らせている。
どうしたものか。
正面突破するとなると、どうしても顔が見られてしまうし……。
あれ、私は引きこもり。つまり、外回りの仕事をしている門番の人に、顔なんて知られていないのでは?
「……ふふふ。引きこもりって、最高」
私はリュックの中に詰め込んでおいた、地味なマントを取り出す。昼間のうちに、使用人たちから拝借しておいたのだ。
それを羽織れば、あっという間に一般使用人の完成である。
いつもの服だと、さすがに怪しまれてしまうので。地味な服装をしていれば、こんな夜分に通り抜けても普通だろうとの判断だった。
下級使用人を装って、私は背負っていたリュックをぎゅうっと抱きしめる。
そのまま、ドボドボと社畜のような雰囲気で歩いてたら「夜勤、お疲れー」とだけ声をかけられただけで、私は堂々と門をくぐることに成功した。
「チョロチョロの甘チョロです!」
ひっそりと、私はドヤ顔をした。
そうして皇宮から離れていくたび、実感が湧いてくる。
これで、私は晴れて自由の身だという事実に……!
「おい。お前、皇宮から出てきたよな」
「ひゃい!?」
足を止める。
まさか、私の正体がバレて、追ってきたとか!?
「わ、わたくしめはただの使用人でごじゃいましゅ!」
「そうか。よし、皇宮関係者だ」
振り返って、声をかけてきた人をよく観察してみれば、そこにいたのは武装をした人だった。
通信魔道具を片手に、なにやら誰かと会話している。
とても皇宮で働いている人とは、かけ離れた印象をお持ちだ。もちろん、平民だって武装できるはずがない。
それなら、この怪しげな人は……。
「連れていくぞ」
…………はい?
状況を理解する前に、私は背後から突如として口を塞がれる。身体を押さえつけられる。
引きこもりで、なおかつ非力だったせいで、そのままあっさりと手足を縛られてしまった。
こ、この人もしかして人攫いだったの!?
人生最大のピンチ。
悠々自適な生活を送るはずだったのに、私は麻袋に詰められてしまう。耳に入る人攫いたちの足音は、私の夢が遠のいていく音そのものだった。
ああ、さようなら。私の計画は、どうやら失敗に終わるようでした。




