第2話 引きこもり、ついに終了の危機
私は、人生で最大のピンチに迫られていた。
だだっ広い無駄だらけの空間。床に敷かれた赤い高級な絨毯。
いかにも、選ばれし者しか入れなさそうな高貴な雰囲気の感じる部屋の中心で。私は、なぜかは知らないけれど、跪かされていた。
なぜなら、目の前には。
「ミセーティニよ。お前も、そろそろ社交に出る時だろう」
とっても低く厳格な声色で、開幕一番に言われたのはそんな一言だった。
それを告げたのは、皇帝陛下である。この国で唯一、この部屋に存在する、豪華でふんだんに金の装飾があしらわれた椅子に座ることの許された存在。
……私の、お父様。
「は、はははひぃ。し、社交に出るとは、それはつまり……?」
確かに、十六歳である私は、もう社交の場に出るべき歳だけど。
でも、この国は力ばかりを主義を理念にした国。
嫌な予感。
ガクガク、ブルブル。
「皇族として、戦果を出すのだ。いつまでも引きこもっていては、恥晒しと嘲笑われてしまうからな」
は、恥晒し……。
頭を下げて、一応の敬意を表明しているけれど。正直に白状すれば、心の中は憔悴するばかりだった。
表に出てたらどうしよう。
ピンチ、大大大ピンチなんですけど!?
「しかし、ですがあ……。兄上や姉上と違って、私は平和を愛しているのです。お、お役に立てるか……」
「婚約者だって、用意するつもりだ。安心してほしい。良き理解者となり、支えになる奴を探してくる」
「あ、ありがたきいぃ……」
嘘です。まったくどこに感謝する必要が。
ちなみに言っておくと。私は、ミセーティニ・ルル・スキュイル。
このスキュイル帝国に生まれた、第七皇女というちょっと高貴なお身分をお持ちなのである。
そして、皇族一の引きこもり。
そう、引きこもり。
大事なことなので、何度でも言っておきますよ。
「……争い事が苦手なのは、良いことだが」
あ、あれ!? 顔に出てたのかな、なんかバレてるような……。
お父様のイカついお姿に、肩が強ばる。
「最近、第三皇子が勢力を増していることは知っているか。民からの声を積極的に聞き入れ、力になることで、次期皇帝争いに新たな風を吹かせている」
「……はい」
「第一皇子や第五皇女だって、素晴らしい成果を立てている。だから第七皇女であるお前も、恥じぬ存在であるべきだろう」
「…………はい」
お父様のありがたい政治話を半分横流しにしながら、私は震えるしかなかった。
だって。
ど、どうしよう!?
私は皇女として生まれているけど、争い事なんて勘弁との信念を宿す、平和主義者だ。
生まれてから、一度も暴力なんて振るったことはない。
この国では、今は皇子と皇女たちによる派閥争いが流行なようで。
毎日、毎日、ピリピリと卑劣な戦いが繰り広げられている。主に内容はというと、民からの信頼を得たり、他国との小競り合いで勝ってきたり、皇族同士で決闘をしたり。
そうして、己こそが次の皇帝だと示すのである。
お父様の言う、成果を上げろだの婚約者を探すだのは。要するに、お前も次期皇帝を目指せ、と言われているようなもの。
そんなのに巻き込まれるなんて、御免!
悠々自適な引きこもり生活に、崩壊の眼差し!
「人生が終わるかもしれない危機では!?」
私の叫びに、お父様が目を丸くする。
「そ、そこまで真摯に受け止めるか……」
ハッと、正気に戻る。
つい没頭して、口に出してしまった。
「失礼いたしました。なんでもありませんので」
私はこれ以上、余計なことを言わないように口を両手で塞いだ。
お口はバッテン。口は災いの元って言うからね。
「ミセーティニ。お前なら、素晴らしい功績を立てることができるだろう。なにせ、引きこもっているふりをして、実は己を磨いているそうじゃないか」
「ふぇ?」
「ぜひ、そのやる気で良い報告を持ち帰ってくることを期待している」
「はい?」
なんか、話が変な方向に向かっているような……。気のせいかな、気のせいにするべきだよね。
「次期皇帝を目指して、懸命に励んでくれたまえ」
やっぱ気のせいじゃないかも。
私を見つめる期待の溢れた目線が、とても気まずい。
なぜか、謎に、もしかしてだけど、めちゃくちゃ期待されてたりしますか?
この引きこもりな、私なのに?
「尽力してみせます……」
私は、そんなお決まりの誠意だけを呟いて、この謁見の間を後にした。
大きな扉から出ると、そこには静かな廊下。
皇宮の使用人さんたちが、せっせと仕事に励んでいた。
つい、大きなため息が落ちてしまった。
「どうしよおお〜!」
冗談じゃないんだけど。
次の皇帝を巡って争いをするなんて、不毛でしかないのに。身を投げろだとか、どっかの馬の骨を連れてくるだとか。
最悪、最低、大災害!
どこのどいつだよおっ。私を巻き込もうとか言ったやつ!
「……嘆いてたって、しょうがないけどおっ」
膝から崩れ落ちてしまう。
絶望のあまり、ここで大泣きしてしまいたかった。さすがに、騒ぎになるので堪えるが。
「なんで、こんなことにい……」
私はぬいぐるみが好き。囲まれてもふもふしているのが好き。羽毛の温もりだらけの天国で、ぐうたらとだらけるのが大好き。
そんな、平和を愛する者であり、自室という楽園に引きこもり続けている存在。
通称、引きこもり皇女様。
小さな頃から、ずっとそうして生活していたせいで。
国の人々には顔も知られておらず、それどころか話題にすら上がらないほどの注目のなさ。
いいよね。平民はのんびりと呑気に、毎日を過ごすだけでいいのだから。
私も皇女じゃなくて。
農民とかに生まれてたら、国のしがらみに囚われることはなかったのかな。
今更、変えられることじゃないけれど。
「聞いた? 第三皇子様が、また下町の治安を維持するために、土地を買い取ったそうよ。しかも、貧民を住まわせてあげてるんですって」
「慈悲深いお方だわ……。元々の住民たちも、これならと納得してくれたのね」
兄上はすごいなあ。引きこもりの私とは違って、皆が成果を上げ続けている。
別に私が混ざらなても、国は回ると思うけどなあ。
だって、引きこもり皇女様だし。今までも、それでなにか問題があったわけでもないし。
…………私、いなくてもいいのでは?
そうだ。
「……逃げちゃえば、万事解決!」
そうと決まれば、行動は迅速に行うべし。
廊下を走る……と怒られるので。私は怒られない程度に早歩きして、自室へと急いだ。




