第1話 力こそが正義
私の引きこもりは、些細な一言から始まった。
「ミセーティニ、俺に力を示してみろ!」
お父様やお母様。皇宮を行き交う大人たちと私がすれ違うと、必ずしも「かわいい」とその容姿を褒められる。
まだ小さな子どもだってことも、あったと思う。
けれど、そんな甘やかされてばかりの環境に浸って、すっかりと毒気の抜けて育った私に、突然それは突きつけられた。
「お前は皇女のくせして、甘ちょろすぎる。この国では、そんなやつは力に打ちのめされるだけだ!」
皇宮の廊下、それもど真ん中で。
なぜか。
十歳以上も年上の兄上から、いきなり宣戦布告を受けてしまったのだった。
「あ、争うなんてふもーだと思いませんかあっ」
必死に声を上げて、抗議を唱える。
「このスキュイル帝国の国家理念を知っているだろう」
「こっか……?」
「力こそが正義。そう、この国では、なによりも力が第一とされている」
「力こそが、せいぎ……」
まだ八歳の幼い頭では、兄上のお言葉はよく理解できなかった。
でも、なにか怖いことを言っているのはわかる。
その告げられた言葉から漂う得体の知れない恐ろしさに、私の身体が震えていた。
「ぬいぐるみにかこまれて、一生をおしまいにします……」
外の世界が、そんな殺伐としているなら。
私は、大好きなぬいぐるみの海に埋もれていたかった。
だって、争い事に巻き込まれるなんて御免だ。それなら、大好きな物の中で共に一生を終えたい。
「なるほど。ミセーティニはぬいぐるみを武器にして、相手を屈服させるつもりでいると」
なにを言ってるの、この人。
考えること聞くことすべてが武闘に染められていて、兄上はもう手遅れかもしれない。
「試しに、見せつけてみろ。俺が安心できるように、お前の力を納得させるんだな」
私は周囲を見渡した。
ここは皇宮の廊下だから、普通にお仕事をしている使用人さんの姿も見える。お仕事があるせいか、子どもの戯れと思っているのか、使用人さんたちは私たちに干渉してこない。
その中で、私が。よくわからないけど、力を見せつけるなんてしたら。
悪くなるのは、私。怒られるのも、私では!?
「む、むりむりぃ!?」
兄上が、むっと口を尖らせる。
「諦めてどうするんだ。そんな弱気では、力に押し潰されてしまうぞ」
「あ、兄上はとてもすばらしいお方っ。わたしの力でかとうだなんて、そんなおこがましいのはできないですうっ!」
「ミセーティニ……。どこまでお前は、甘ったれているんだ」
気づいていないのだろうか。それとも、自分だけ説教から逃れようとでもしている?
とにかく、兄上は卑怯者だ。
もし私が力を示すことに成功したら。
その絵面は、周りからすると私が兄上を打ちのめしているだけでしかない。つまり、立ち向かった時点で、即刻アウト。
それでも迫り来る兄上に、私は背を向けて。
「おふとんの中にもぐらせていただきます!」
手のひらから生み出した極上の綿を、廊下のど真ん中、明らかに通り道の障害物になっているけれど。人がひとり分乗っかれるほど、大きなベッドに変えて、私はそのままふて寝した。
思わず、身体がとろけてしまいそう。それほどまでに、私の作り出したベッドは心地よかった。
兄上の言う殺伐としたものは嫌い。
私は皆から「かわいい」と言ってもらえたり、甘やかしてもらえたりする方が大好き。
だから、力なんて反対!
「寝るな! これはミセーティニのためでもあるんだぞ!」
兄上が私をモフモフなベッドから引き剥がそうと、引っ張ってくる。
意地でも、私はしがみつく。
嫌です! 力比べなんて、物騒なことはお断りします!
「一瞬で、これだけの綿を出せるんだ。もっと自信を持て!」
なににですか。
綿は誰かを傷つけるための物ではございません。
「なにをなさっているのですか!」
慌てる使用人さんの声が聞こえた。
やばい。怒られる。
こんな道のじゃまになることしてたら、どっちにしろ怒られるう……!
兄上に掴まれていた私は、使用人さんのおかげで解放された。
自由になり。私はベッドの上で、頭を抱えて身体を丸くして。
次に繰り出されるかもしれない、とても怖いお説教の言葉に震えていた。
けれど、使用人さんは優しく目線を合わせて。
「さあ、第一皇子様の方は諌めておきますから。落ち着いてください」
あれ、怒られない……?
なんだか、安心してしまって。
「おそと、こわい。わたし、力ばかりのせかいより、ずっとぬくぬくしていられるせかいがいい」
私はベッドにしがみつきながら、泣き言をこぼした。
その言葉が、よっぽど衝撃だったみたいで。
目の前にいる、私を宥める担当の使用人さんだけじゃない。ちょっとした騒ぎに駆けつけた周囲の人たちまでもが、なせが口を開けてぽかんと呆けている。
「なんと……。ミセーティニ様は、この国の現状について重大なご不満を抱えていたのですね!」
はい?
「今すぐ、そのご意向を皇帝陛下にもお伝えいたしましょう」
待って、それはまずいのでは?
「あ、あのおっ……。できれば、それはやめてもらいたいのですけど……」
「なにを仰いますか。あなた様の意思は、もっとも最優先されるべき事項なのですよ」
私の意思が、肝心の私を放ったらかしにして広まっていこうとしている。
どうしよう!?
お父様とお母様だって、この国を治めていられるだけの脳筋な頭をお持ちの人たち。私が平和な世界がいいと言っていると知られたら、それはもうとんでもない武闘の道への補正、つまりお勉強が始まるのでは。
「ほう、国そのものを動かそうとするとは。これが、お前のやり方ということか……」
「あ、兄上ええ……! なんか、おおごとになってませんかあっ」
「お前は今まで甘ったれた環境にいたからな。これからは、俺たちと同じ世界へと一歩を踏み出すのだ」
使用人さんたちが忙しく廊下を行き交う中、私はその場に崩れ落ちた。
ああ、モフモフのお布団が気持ちいい。
じゃなくて。
私、駆り出されるの!? じゃあもう、甘やかしてもらえないということ?
ヤダヤダああ……。
「もう今日で、わたしのへいわはおわるんだあ。明日から、のーきんにされるんだあ……」
私が、嘆いていると。
「こら、ミセーティニ様をいじめてはいけません!」
「そうですよ。こんなかわいい女の子に、なんてことを告げているのですか!」
「皇帝陛下にも、お説教をしてもらいましょう!」
兄上が、使用人さんたちに鷲掴みにされる。
「なにをする! うわあ、連れていくなあ……!」
相手が皇族だなんてお構いなしに、兄上は引きづられていった。
私を優先しすぎて、敬うことすら忘れてしまっているくらいだから、あの人たちも一緒にお叱り受けちゃうのかな。それって、私のせいでは?
「ミセーティニ、周りの力で蹂躙するなんて卑怯だぞお……」
ご、誤解をされているような気が。
「ま、まってください!? べんめーしないとおっ」
「ああっ、なんてかわいらしい……。弁明だなんて、ミセーティニ様のすることではありませんよ」
そう言われて、立ち上がろうとしたところを寝かしつけられてしまった。
「お望みがあるなら、なんなりと申し付けてくださいね」
「絵本を持ってきましょうか? 読み聞かせをしてさしあげますよ」
いつの間にか、廊下では私の甘やかしタイムが始まっていた。
「あれ、なんかもり上がってるうっ……?」
なんか、大変なことになっちゃったあ。
私のせいで、兄上はお叱りを受けることになって。しかも、お祭り騒ぎを起こしちゃって。
なぜ、こんなことになったのか。
モフモフのベッドの上で、私は泣きそうになっていた。綿にしがみついていると、だんだんとすべてから逃げられそうな気がしてくるような気分に。
そうだ。
私はこの日、決意した。
殺伐とした世界に駆り出されるくらいなら、お部屋の中で一生ぬいぐるみに囲まれて暮らすと。
こうして、私は引きこもりになったのであった。




