第14話 パワハラには癒しを与えよう
正直に言ってしまえば、私はまったく現状を理解しておりません。なぜかは知らないけれど、私を先頭に奥にあるという工房へと赴くこととなってしまった。
問題なのは、先頭に立つのが私で進んでいるとの点だ。
そう。
「私がボスみたいじゃないですか!? 首謀者と思われるのは御免です!」
「この作戦の要なんだから、当たり前でしょ?」
イレアさんは、平然と言ってのける。
なるほど〜。それなら、前線に立たされるのも納得してしまうような……って!
「騙されませんが!?」
いけない。
危うく、イレアさんの思考に飲み込まれかけた。
「もう、手強い子ね〜。残念な事実を教えてあげるとするなら、私の言葉に嘘が混じってないってことかしら」
「す、素直に協力すると思いですか」
「してくれないなら、無理強いをしなくちゃいけなくなるけど」
そう言ってチラつかせるのは、ひとつのナイフだ。
そんな物を懐に隠し持っているあたり。やはり、この人はテロリストなのだと再確認させられた。
そして私は、人質。
今、この場に置かれた状況から考慮しても、従う以外に選択肢はないのだろう。
「……わかりました」
渋々ではある。
けど、イレアさんから聞いた内容の通りなら、これは悪質な労働を強いられている人たちに快眠を届ければ終わるのだ。
暴力を振るうのではなく、平和に改心させるだけ。
それならば、私だって付き合ってあげることに異論を唱える必要性はなかった。
「決まりね。じゃあ、作戦の流れだけど……」
イレアさんの言葉が、途切れてしまう。
けれど、そこに浮かんでいたのは苦悶ではなく、イタズラ娘のようなあどけない笑みだった。
「向こうから、お出迎えしてくれるみたいよ?」
ガチャリ、バタン!
受付の奥から、そんな音が鳴り響いた。同時に、隣にいた従業員さんが青ざめた顔で慌て始める。
「ど、どうしよう。私を怒りに来たんだ!」
そうして現れたのは、同じく従業員と思われる男の人だった。
私たちがいるのに気がついた男は、店内をじっくりと視線を巡らせて、観察する。なにが不満だったのか、思いっきり舌打ちをしたかと思いきや、ドシドシと足音を立てて私たちに近づいてきた。
「なにをサボっているんだ! お客様がいるというのに、商品が売れていないではないか!」
「も、申し訳ございません!」
同じ仕事場の仲間を理不尽に怒鳴りつけて、頭を下げさせる。
目の前にて行われるのは、そういう古典的なパワハラだ。
不思議と、私は怖いとは思わなかった。代わりに感じたのは、イレアさんの地獄耳が本当だったことへの驚き。
そして……。
「どうして、怒るんですか」
私はパワハラをする男の従業員さんを、一欠片も言い訳ができないようにしっかりと視界に捉えた。
そこに浮かぶのは、明らかに外部に向けるためだけに作られた笑顔。
「失礼いたしました。こちらは新人でして。代わりに、わたくしが対応させていただきましょう」
気さくな従業員かのように振る舞っているけれど。
忘れてはいけない。お隣にある仕事の仲間を、なにも悪いことをしていないのに怒鳴りつけていた。
どうして?
甘やかされてばかりだった私には、そんなことをしようと思う理由がわからなかったのだ。
「感心できない七変化ねえ。仮にも、客人の目の前でやることじゃないわ」
「そんなことしたら、可哀想です」
男は、営業スマイルを崩すことなく宥めるように言った。
「すみません。これも、そういう教育方針でして……」
けれど、微かに言葉が引きづっていた。
本当になにも思うことがないなら、そんな反応をすることもないはず。ということは、怒鳴ることになにかしら思うことがあるということ?
「ふーん。じゃあ、あなたにとっては、それが教えられた正しいやり方なのね?」
「不快にさせてしまったことを、ここにお詫び申し上げます。今後は、このような事態にならないよう細心の注意を払いますので……」
「あーもう、そんな堅苦しい謝罪なんていらないの」
飴を舐めながらも、イレアさんは落ち着いていた。男の律儀な謝罪の言葉にため息をこぼし、決して怒るような真似はせず……。
いや、よく見ると口を尖らせている。
飴を舐めているのは、乱れた心を落ち着かせるため?
イレアさんも男も、どちらもポーカーフェイスを貫いていて、巧妙な戦いが繰り広げられているようだった。
「お客様。誠に失礼なのは承知ですが、お買い物をされないのでしたら、ご退店いただきたく……」
「じゃあ、なにか買えば、滞在を許してくれるのね?」
男の眉が、一瞬だけピクリと動きを見せた。
「……でしたら、わたくしがご相談に乗らせていただきましょうか?」
声もうわづっていて、そこには感情が滲み始めていた。
ああ、そうか。
この人だって、なにか嫌なことを経験していないわけじゃないのだ。理由もなしに誰かを怒鳴るなんて、やっぱりするわけがない。
「でしたら!」
私は大きく広げた腕の中に綿を生み出して、床の上に叩きつけた。
「八つ当たりしてしまいたいほどにお疲れなんだったら、この綿をおすすめします! 私のお手製の綿ですから、とっても極上の寝心地ですよ!」
「すみませんが、店内で魔法を扱うのは……」
「お仕事、お辛いですか?」
男は、まるで「は?」とでも言いたそうに目が大きく見開かれる。
「大丈夫です。この私が許可を出すんですから、サボったところで怒られはしませんよ?」
「このお方は、第七皇女であるミセーティニ様よ? ミセーティニ様から直にお許しを頂けるなんて、ずいぶんと幸運じゃないかしら?」
続けて、男はポカンと口を開けていた。
けれど、すぐに姿勢を整えて。
「こ、これはとんだご無礼を……! 店内では、思う存分にしていただいて構いません!」
態度の変わりようがすごい。
でも、それならまずは一緒に、ぬくぬくとお昼寝でも……。
と、思ったけれど。そんな雰囲気じゃなさそう。
男が、新人だという従業員さんに耳打ちしていた。慌てて受付の奥に消えて行こうとした新人さんを、引き止めたのはイレアさんだ。
「私たちも、奥に連れて行ってもらえる? ……それはそれとして、ここの仕事って、相当真っ黒なのねえ」
イレアさんの言葉に男は笑顔を作りながらも、小さく汗が滲んでいた。
「圧をかけちゃダメですよ! ほら〜、お辛いことは、この綿で眠ればすべて忘れられちゃいますよ〜?」
「お、恐れ多く……」
「ご遠慮なさらずに。えいっ!」
ごねる男の背中を押して、無理やり綿の上に押し倒してやった。
すると、触れた途端に、ハッと目を強ばらせてちょっと怖くなるけれど。
次の瞬間には、とろけた顔で綿を満喫していた。
お気に召したようで、なによりである。これで、少しは癒されてくれるといいのだが。
「こ、これは一大事だ!」
ところが。なにを思ったのか、立ち上がっては受付の奥へと消えていく姿を追って、私たちも受付の中に新人の従業員さんに入れてもらう。
そこには、ひとつの扉が見えた。
扉に駆け寄った男は、そのままバアン! と勢いよく開いたのであった。




