第13話 過酷な労働に安らぎを
「そこ、鍛造の音が甘いぞ。集中しろ!」
「刃の強度が基準値に達していないじゃないか。これでは売り物にすらならないと、言われなきゃわからないのか?」
「目標は百本以上だ! こんなペースじゃ、終わるのに三日かかってしまうぞ!」
悪意に塗れた声ばかりが聞こえてきて、耳がキンキンする。
「お客様、お気に召されたようでしたら、ご相談に乗りますよ」
ぼうっとお店に並んだ商品を眺めているフリをして耳を澄ましていると、従業員と思わしき人に声をかけられた。
気のせいだろうか。目の下に、クマが見える気も……。
「ずいぶんと、作りが良かったから。思わず見入ってしまっていたわ」
うっかりしていた、というような笑みを作ってみせる。
なるべく不自然に思われないような振る舞いをしながら、私は店内を観察していく。
お店の外装に内装、やはりどこを見ても、一般人には普通の武具屋としか思えないような構えである。受付担当の人も、お客様として訪れる者には良心的な接待で対応してくれる。
けれど、私の耳の中では絶えることなく罵声が響いていた。
受付の奥。おそらく、壁を挟んだ先には従業員だけが入れるスペースが用意されている。
そこが、武具を作るための工房だ。
聞こえてくる罵声の発生箇所に、違いない。
部下たちにも、この声は聞こえていないらしいし。
無駄にお金をかけて、客には絶対に聞こえないように防音を施してあるのかもしれない。
表向きは、善良な店構え。けれど裏では、嬉々として搾取をしているなんて。
相当、悪趣味なお店だと思った。
「ここで売られているのは、良質な物ばかりね。なにか秘訣があるの?」
少しだけ、試してみよう。
「当店の品物は、腕利きの職人によって作られる自家製の物しか取り扱っておりませんので。そのため、在庫には限りがありますが、随一の技術が練り込まれているのです」
「……へえ」
無理な労働を強いるからこそ、その分だけ提供される商品の質は高くなる、と。
まさに、悪徳商法による巧妙な商売そのものだ。
私はポケットから飴を取り出して、口に咥える。舌から全身に染み渡ってくるのは、とても渋くて苦みのある味だ。
「お客様、店内でのご飲食は……」
世直しのために行動するのは、とても面倒だけど。
この飴を舐めると、やってやろうという気持ちが溢れてくるのだ。
「さっきの言葉。素晴らしいことのように思えて、聞こえはいいけど……」
懐から取り出したのは、一本のナイフ。
それを従業員の首元に添えて、私は優しく笑いかけた。
「誇るものには、気をつけたほうがいいわよ?」
従業員は、突然の出来事に酷く動揺していた。
「お、おお金ですか!? 商品ですか!? お望みなら、すぐにご用意いたしますうっ」
足は震えているし、顔を見れば今にも泣いてしまいそうなほどに瞳が潤んでいる。
こういった場には遭遇したことのない、いわゆる社会に出たばかりの人だったのかもしれない。少し可哀想ではあるが、目的のためなら慈悲は捨てるべきだ。
「あなたは、ここで働くことを幸せに思うかしら? 見たところ、窮屈としか思えない場所だけど」
「こ、このお店はとてもアットホームな仕事場です!」
確信した。
そのセリフが飛び出てくる場所は、確実に悪質な所だというのはお決まりなのだ。
「安心して。お金を盗んだり、あとは鮮血が飛ぶような野蛮な真似はしないと約束するから」
「こ、この状況で!?」
この状況だからこそ。
「怖いわよね、逃げたくなっちゃうわよね。私の言う通りにしてくれるなら、安らぎとはなにかを教えてあげるけど」
「な、なにをすればよいのでしょう……」
「奥の部屋へと通すこと」
従業員の表情が、驚きに染まる。
「あなたたち、過酷な労働に追われているでしょう?」
通信魔道具のスイッチを押して、部下へと合図を送る。
すると、入口から人間サイズの大きな綿が担ぎ込まれてきた。
その中では、ミセーティニ様が眠っているらしいが。外にいる私たちからすると、ただのベッドでしかない。
「これはね、とっておきの寝具なのよ。目にクマを作ってしまうほどお疲れのあなたには、ぜひお試しいただきたいわ」
ゴクリと、唾を呑み込む音が聞こえた。
食いついてはいるみたいだが、こうして脅してしまっているせいか、疑心の目を向けられている。
実践してみせた方が、早いか。
私はナイフを下ろして、綿を椅子にする。
フワフワとしているが、完全に沈みはしない。その中心には、確かに芯となる物が存在していることが感じ取れた。
「ほら、遠慮ならいらないわ」
飴の苦味を舌で感じながら、私は従業員をベッドに誘う。
「今なら、仕事に縛られることなく、思う存分に安らげるわよ?」
その言葉の魅力に惹かれてか。
恐る恐るながらも、従業員は綿に手を伸ばす。罠がないかを警戒するその姿に、そそっかしくなった私は背中に触れて綿へと押し込んだ。
そこからは、早かった。
「なんて心地のいいくつろぎ加減なの! 最後に味わったのは、この職につく前だったかな……」
「そうでしょ? うちでも屈指の好評が寄せられるほどだもの」
反応は上場。やはり、利用できるだけの価値はあるし、絶対に皇帝にさせたいと思わせてくれる秀逸な腕前だ。
どう叩き起して、世間を見せてあげよう。
そうすれば、少しは皇帝になる気が起きてくれるだろう。
そのとき。
椅子にしていた綿が、ボコボコとお腹の中にいる赤子のように暴れだし……。
「重た〜い! だれえ、私の安眠をじゃましている人!」
「な、中から人が!?」
綿が爆発して、辺りに散らばる。
背中を衝撃が押し寄せて、私はベッドの上から追い出されながらも、足先を揃えて着地する。隣では従業員が床に叩きつけられていた。
綿毛の雨が振る中、大きなベッドから生まれたのはミセーティニ様だった。
「こ、ここはどこ!?」
本当に寝ていたのかは知らないが、どうやらなにも把握していないらしい。
ずいぶんと呑気ではあるが、ちょうど良かった。お手並み拝見、というわけだ。
「お目覚めなら、さっそく働いてもらうから。寝起き気分でいる場合じゃないわよ」
「へ? こ、これからなにを行うつもりで……」
「忘れたの? ここで悪徳な労働を強いられている人たちを、ミセーティニ様の力で世直しするんでしょ」
私はポカンとしている従業員を、舐めていた飴で指し示しながら告げる。
「満喫してくれたってことは。言う通りに、してくれるのよね?」
その言葉に、従業員は怯えながらも頷いた。




