第15話 今こそ、一矢報いる時
開かれた扉の奥に広がっていたのは、なんとも心苦しい労働の監獄だった。
カンカンと鉄を打ち付ける人たちは、目にクマを作りながらも、一心に叩き続けている。そして近くでは監視役と思われる厳格な雰囲気の人たちが、がんばっているのにも関わらず、「まだ足りない!」「もっと力を入れろ!」と厳しく指導をしていた。
これが、労働……?
こんな無理強いをするような場所を、国はずっと支援してきたし、なにも改善していなかったのか。
引きこもりだったせいなのか、本当に把握していないだけなのかは知らない。でも皇女として、申し訳ない気持ちを覚えた。
「た、大変だ! 皇女様が、俺らに休暇を与えに来てくださった!」
「なにをバカげたことを抜かしているんだ。さっさと仕事に戻れ!」
男がまず話しかけたのは、監視役と思われる厳格な人物だった。
見た目通りの冷たさで、聞く耳など持つ必要もないと告げるように男のことを手を払ってあしらう。
「ずうっと、聞こえてはいたけど……。実際に見ると、見事に悲惨な現場ね」
隣で、イレアさんが飴を味わいながら話しかけてくる。
「よ〜く見るといいわ。これが、この国の現状ってことね」
「地獄耳を持ってるって、言っていましたよね。もしかして、至る所でこのような声が聞こえてきたり……?」
「大正解。どう? 少しは、私に同情してくれてもいいのよ?」
テロリストだからと、野蛮な怖い人だと思っていたけれど。それは偏見による誤解だったと、私はイレアさんを真の意味で理解できたような気がした。
皇帝にされたり、国に反乱を起こされたりするのは困る。
「でも、この惨状を見ておいて、手を貸さないのは皇族としての恥!」
そうと決まれば、まずは必要な道具を揃えなければ。
「なにか、声を大きくする道具ってありませんか」
「残念だけど、ないわね。がんばって声を張り上げられるように、応援ならしてあげるけど」
「そ、それは必要ないです……」
そうですよね……。こんな場所に、筒とかあるわけないですよね……。
私は深く息を巡らせて、ぐっとお腹に力を入れた。よし、引きこもりの底力でなんとかしてみせるぞお!
そうして気合いを入れていると、隣から「そうだ」なんて声が聞こえてきて……。
「にっ——!?」
口の中に広がる苦味に、悲鳴を上げそうになるが。
その喉まで出かかった悲鳴を糧に、私は声を張り上げてみせた。
「突然、失礼いたします! この労働、スキュイル帝国の第七皇女である私、ミセーティニが。今すぐにでも中止命令を下します!」
今の私を鏡で見たら、きっとすごくしかめた顔が写るに違いない。
おかげさまで、思っていたよりも大きな声を出すことはできたけど。できたけれど、あとで思いっきり文句を言ってやりたい気分だ。
「なんだ……?」
「皇女だって? いや、そんなことよりも仕事をしなければ」
「納期は明日だというのに、これじゃ終わらない……」
労働者たちには、私の声はまったくもって届いていないみたいだった。というか、幻聴だと思われているのかも。
そう考えないと、私の心がチクチク痛くなってしまう。
「なんだお前たちは。ここは部外者は立ち入り禁止なんだから、さっさと出ていけ!」
「あら、皇女様に向かって不躾な言いようじゃない」
「はあ? そんな出まかせに騙されるほどバカと言いたいのか」
監視役のひとりが、私たちに気がついて近づいてきた。
ほ、本当なんだけどな。
やっぱり、顔も知られていないような私じゃ、信じてもらえないらしい。
「ミセーティニ様、強行するわよ!」
「はい? だ、ダメですよ。乱暴なことをしたら、人のこと言えなくなっちゃいますよ!」
「乱暴は乱暴でも、これからすることは痛くないでしょ?」
どういうことかと、私は首を傾げる。
「私には、その力は使えないし。だから、あとは丸投げするわね」
そう言い残して、イレアさんはお店の方に消えてしまった。
あれ、なんか。今から、ひとりで悪質労働と戦うことになってない!?
私だけじゃ、なにも……。
「おい、そこ! なに寝てやがる!」
心が痛い。労働している人たちの目には、揃いも揃ってクマができているではないか。
もしかして、ろくに睡眠も取れていない?
そんなの、可哀想。
寝るという行為は、人生で一番の安息を感じられる時間なのに。
ウジウジと怯えている場合じゃない。
私は、手のひらをぎゅっと握りしめる。
「私と一緒に、ぐうたらしませんか?」
虚ろな瞳で、黙々と作業に取り組む人たち。
そんな人たちに向かって、私は精一杯の労いを与えられるように、安心してもらえるように、声をかけた。
「そんなに嫌なら、逃げちゃいましょう。弾圧されてばかりの環境より、お気楽でいられる場所で安寧に過ごしたいですよね?」
「そんなものはいらない。そんな贅沢、俺らには許されていないんだ……」
「じゃあ、私が許可を出します!」
手のひらから、モクモクと綿を生み出す。それは成長し続け、やがて大きな地を這う雲へと変わる。
一向に成長は止まる気配がなく、そのまま労働者たちまでも呑み込んでしまいそうだ。
「さあ、思いっきり寝ちゃってください!」
どうですか!
なんて、少し誇ってみせるけれど。
「そう言っておきながら、お前も搾取するのだろう!」
私に向けられたのは、疑心暗鬼の眼差しだった。
この人たちは安息を感じることすらもできずに、これまでを過ごしてきたのだと思うと、私はなにを引きこもっていたのかと自分を責めたくなる。
私だけが、呑気にぬくぬくを感じるなんて。
それこそ、皇族の恥晒しというもの。
「嫌なことに耐える必要はありません。世の中、それがすべてではないのです。人とは、必ず尊重されるべき自由があるのですから」
虚ろだった労働者たちの瞳に、光が走った。
「許されるのか……? 俺らだって、尊重されていいのか……?」
私は、勢いよく微笑んでみせる。
疲れ果ててしまったこの人たちが、安心できるように、心からの笑みを浮かばせてみせた。
「さあ、立ち上がりましょう! 今こそ、力ばかりの世の中に反旗を翻す時です!」
労働を行う手は、とっくに止まっていた。
カンカンと打ち付けていたハンマーは、労働者たちの手のひらの中で力強く握りしめられている。
どんな状況でも、決して手放すことはないその姿は。まさに、労働をする者の振る舞いとしては最高の鑑ではあるけれど……。
「天使だ……。天使が助けに来てくれたんだ!」
私の言葉がよほど感極まったのだろうか。
膝をついて、ハンマーを空へと掲げて祈りを捧げていた。
まあ、救われてるならいいか。
「おい、なにをサボってやがる!」
厳格で威圧的な声が、労働者たちを鋭く貫いていく。
「ちょ、ちょっと怒らないでください! 皆さんは、もうお疲れなんですから。今から私が、安らぎのひとときを提供するんです」
「ああん? こいつに、そんなものが許されるはずが……」
「このクソ上司……。お前だけが楽できる環境を、許してなるものか!」
立ち上がった労働者たちは、決意を固めた顔を浮かべていた。その手で、力いっぱいにハンマーを握りしめて、監視の人を睨みつけている。
……あの、なにをするおつもりで?
「うおおお! こんな仕事場、今日で辞めてやるうう——!」
ドドド! なんて音と共に、監視の人たちは部下である労働者たちに襲われて。あっという間に、山のように生き埋めにされてしまった。
山の中で、「やめろ!」「誰か、助けッ!」なんて声が聞こえてくる。
「ま、待って!? そんなことをしたら危ないですから、今すぐ中止してえ!?」
どうしよう。どう言い逃れしても、この状況に誘導したのは私としか言えないんだけど!?
イレアさんは、引っ込んじゃったし。従業員さんたちな、たった今、仕事の上司をボコボコにしてる最中だし。
こんなことするつもりじゃ。
「私も、人のこと言えなくなるじゃないですか!?」
とにかく。
私が招いてしまった種は、自分で片付けなければ。というか、バレる前に証拠を隠滅するのだ。
「ぬくぬくしましょう、ね? えーいっ、平和になれ〜!」
腕の中に大きな綿を抱えて、私は血気盛んな労働者たちにぶつけていく。
そうして、事態は徐々に鎮まることとなった。




