第11話 ボスには筒抜けです
今、私たちは皇都を歩いているらしい。
らしい、というのは、私が綿に包まれているせいで、外の景色を確認出来ないためであり。イレアさん率いるテロリストたちとの会話を聞いて、予測するしかなかったからだ。
おそらく、相当におかしな光景が広がっていると思う。
謎の綿を抱えて歩いてる集団なんていたら、私だって怪訝を覚えて距離を取るのが想像できてしまう。
「お外に出たはいいけど、特に目的は決めてないのよねえ……。これじゃ、本当にただのお散歩だわ」
「平和で、とても良いことなので続行しましょう!」
「こういうことになると、元気でいっぱいね」
綿越しだから、声が籠っている。それでも、その声に呆れの色が滲んでいるのを逃さなかった。
だって、私は平和主義を掲げるこの国の屈指の引きこもり皇女様。
争い事よりも穏やかな行いを推奨するのは当然で。
「お日様に照らされながら寝ると、とても気持ちよく寝れますので。皇帝を目指すよりも、皆さんで仲睦まじく添い寝することをおすすめします!」
要するに、テロリストの毒気を抜いてしまおう作成である。
「まったく、そうやっておサボりしてられるほど世間は甘くないのよ?」
イレアさんは、否定的のようだけど。
「さすが、皇女様は考えることが違うぜ。力で張り合うくらいなら、内側から掴みに行くってことか」
「またあの極上のベッドで眠れるなら、案外悪くはないのかもな」
付き添いの部下たちからは好評のようだった。
もしかすると、私の平和思考が広まり始めているのかもしれない。これは、とっておきのチャンスなのでは?
「い、今なら、あのモフモフの綿をお作りできますよ! ほら、一緒にモフモフに包まれましょ〜?」
「な、なんという悪魔の囁きなんだ……」
歩幅に合わせて揺れ動いていた空間が、ぴたりと動きを止めて静かになる。
あまりにも魅力的な誘惑だったようだ。
部下の方は、平和的な私と同調できる素質があるかもしれない。
なんて、考えていたら。
突如として、私を大きな揺れが襲いかかった。あまりにも抗うことのできない振動には勝てず、ひとりだけの空間の中で私は綿に埋もれることとなった。
衝撃は綿のおかげで吸収されたので、痛むことなくすんだけれど。な、何事……?
「私の部下なんだから、泥棒なんて悪い子は感心しないわね。いつまでもその中に隠れてると、皇都の中心で私が暴れちゃうわよ?」
それは大変な大事件だ。
慌てて、私は綿の中から頭だけを出す。
光の遮断された空間に引きこもっていたせいで、顔を出したら太陽の光に目が眩んでしまった。眩しさを感じながらも、私はなんとか顔を上げる。
目の前には、飴を片手に構えながら私を見下ろすイレアさんがいた。
「あっはは。皇女様が子羊みたくなっちゃった」
周囲を見渡してみると、確かにここは皇都の中心部だった。
賑やかな街並みに、行き交う市民の人たち。私にはあまり馴染みのない光景で、少し視線を奪われてしまった。
皇宮で働いている人と比べると、服装も雰囲気もまったく違う。
力こそ正義とか言ってる国だけど、街の中は思っていたよりも平和そうに見えるような。
「てめえ! 今ぶつかっただろ!」
やっぱり、そんなことないかも。
よく耳を澄ましてみれば、時々ざわめきに混じって怒号が聞こえてくるではないか。
「今日は騒がしい日だな。せっかくの外なのに、ちょっと気分が落ちるぜ」
「張り詰めるのもほどほどにしてほしいよな」
テロリストたちに、同感だった。
我ながら。なんて恐ろしい国なんだ、と私は頭を引っ込めたくなる。
「こんなんで怯えるなんて、よっぽど甘々な環境の中で育ってきたのね」
「ど、怒鳴り声が聞こえて怖くなるのは普通だと思いますけど……」
「そうかしら? 街を歩いてると、見物くらいの頻度で聞こえてくるわよ」
私の国、もしかして治安悪すぎ……?
「まじか。ボスの世界ってそんなに物騒なんだな」
「想像もしたくない地獄だな……」
その言葉に、私は首を傾げた。
イレアさんに耳に届くのなら、部下の人たちだって同じぐらいに聞いてるはずでは。
「イレアさんはたくさん聞いてるんですよね? 部下の人は、外に出る機会が少なかったりするんですか?」
だから、問いかけてみた。
「ん〜っ、どうしようかしら……」
謎に、イレアさんは口元を腕で支えて考え始める。
いったい、今の質問のどこに悩む要素が。
「まあ、いいわ。教えてあげる」
答えはすぐに決まったようで、ポケットから取り出した飴を舐めながら、イレアさんは答えてくれた。
「私はね、地獄耳を持ってるの」
「へ、へえ。地獄耳ですか……。そういえば、なんか呟いてたのを聞いた覚えが」
「だから、陰口とか叩いたらすぐに把握できるから、肝に念じておくのよ? 焼き石の刑とかにしてあげるわ」
「こ、怖っ!? 絶対、言いません!」
「まあ、それは冗談だとして……」
冗談の内容が過激すぎて、さすがテロリストをやっているだけあると思った。
本当に、実際に行動に移されない保証もないので。気をつけて生きていこう。
「例えば、今いる場所から南の方。どこかしらで、悪質労働者が権力を振りかざしてるみたいね」
イレアさんは、飴で指し示しながら話し続ける。
「東の方面では、今日もか弱い平民に対して、搾取を行う声が聞こえるわ」
す、すごい……。
私は、当然ながらまったく聞くことができないので、その地獄耳が嘘をでっち上げているわけではないのなら、本当にすごい特技だ。
「どうして、その力を持っておきながらテロリストに?」
「だからこそ、よ? テロリストである私たちならば、そんな地獄の惨状を壊せるもの」
「か、過激なことをしなくても。自警団とかになれば、取り締まれるのでは……」
「私の耳は、聞きすぎちゃうの」
その言葉の意味がわからなくて、私の脳内には疑問が浮かび上がる。
「つまりは、証拠を作れないということ。だから法的な手段では、国を変えられないってわけなのよ」
な、なるほど。
一般論としては終わってるのに、理にかなった動機ではあるのが不思議だ。
でも、それなら。
イレアさんは、本気で淘汰されるだけの世間を変えたいからテロリストとして活動してるってことだよね。その純粋な気持ちはぜひとも応援したいし、私だってそんな世の中にいい気はしない。
なにか、平和的に解決できる方法があれば力になれるのに。
「どう? 世の中を少しは知れて、皇帝になるためのやる気は出てきたかしら?」
それはちょっと。
皇帝になったら執務に追われることになるし、私ではすぐに下克上されてしまいそう。
そうしたら、気が休まらない日々が重なって疲れてしまうことになる。
皆で、ずっと穏やかに寝ていられるというのなら大歓迎だけど。
そうか。
「ピリピリしているのは、きっとお疲れだからですよ! テロをするなら、暴力を振るうんじゃなくて、もっと平和なテロをしましょう!」
イレアさんたちテロリストが、瞳を丸くした。
「へえ。じゃあ、例えばどんなこと?」
やばい。言っておきながら、なにも考えてないのがバレてしまう。
「え〜っと、強制的にベッドに連行とか……?」
イレアさんが、高らかに笑いだした。
「いい案ね。ちょうどいい機会だし、今から悪徳商法の世直しにでも行くわよ!」
「ええっ!? ほんとにやるつもりですか!?」
「あら、言い出しっぺなんだから、しっかりと働いてくれるでしょ?」
「…………はい」
圧に負けて、頷いてしまった。私の敗北です。
そのことを確認したイレアさんは、連れのテロリストたちに私を担がせて、「しゅっぱ〜つ!」と元気に駆けていった。




