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第六節「大望」と「僥倖」

30分毎回遅れちゃうすみません本当に

軍議から三日が過ぎた。

 王城は以前にも増して慌ただしくなっていた。

 文官達は走り回り、伝令はひっきりなしに出入りする。兵士達の訓練も明らかに厳しくなっていた。

 王都の人々は気付いていない。

 だが城の中では、確実に戦争への準備が始まっていた。

 そして――


「あーーーーーー!飽きた!」


 執務室にルーナの声が響いた。

 文官達が一斉に顔を上げる。


「ルーナ様?」

「まだ半分も終わってませんぞ」

「あと二十七件残っておるのです」

「逃げないでください」


 逃げる気満々だった。

 ルーナは椅子の背もたれに身体を預け、大げさに天井を見上げる。


「人はどうして…働くんだい」

「仕事が終わってから考えてください」

「…冷たい」


 誰も同情しない。

 どうやら日常らしい。

 ルーナは助けを求めるように視線を泳がせ――

 部屋の隅で本を読んでいたノームと目が合った。


「ノーム」

「嫌だからな」

「まだ何も言ってないのに?」

「どうせろくなことじゃねぇだろ」

「さすが私の家臣だ鋭いねぇ」


 褒められている気がしなかった。

 ルーナは立ち上がる。

 そして机を叩いた。


「よし! 王都に行こう!」

「仕事しろよ」

「夜には戻るから!」

「仕事しろって」

「大丈夫!」

「何がだよ」


 その時だった。

 文官達が一斉にため息を吐く。

 まるで諦めたように。

 年配の文官が前へ出た。


「三時間です」

「え?」

「三時間だけなら許可します」


 ルーナの目が輝いた。


「本当!?」

「その代わり、必ず戻ってください」

「もっちろん!」


 絶対怪しい。

 ノームはそう思った。

 だが文官達は慣れているらしい。

 すでに説得を諦めていた。


 一時間後。

 ルーナとノームは王都の大通りを歩いていた。

 ルーナは王女らしい服ではなく、町娘のような服装に着替えている。

 髪も後ろでまとめていた。

 それでも目立つ。

 隠しきれない何かがある。


「変装の意味ある?」

「うーん…ある!」

「どこが?」

「王冠付けてないし」

「そこじゃねぇだろ…」


 ルーナは笑った。

 大通りには人が溢れている。

 露店、酒場、行商人。

 昨日と変わらない平和な景色。

 ルーナは楽しそうに歩いている。

 まるで本当にただ遊びに来ただけみたいだ。


「お、パン屋さん」


 気付けば店先へ向かっていた。

 ノームが止める間もない。


「こんにちはー!」

「あらいらっしゃい」


 店主の女性が笑顔で迎える。

 ルーナは普通に会話を始めた。

 最近の売れ行き。

 小麦の値段。

 客足。

 世間話のように聞こえる。

 だがノームは気付いていた。

 ルーナは全部覚えている。

 聞いたことを一つ残らず。

 店を出た後、ノームは聞いた。


「何してたんだ」

「聞き込みだよ聞き込み」

「は?」

「王都の景気調査」

「パン買いながら?」

「うん」


 意味が分からない。

 ルーナはけろりとしていた。


「こういうの、大事なんだよ?」


 そう言って次は肉屋へ向かう。

 その次は鍛冶屋。

 その次は市場。

 気付けば二時間近く歩き回っていた。

 ノームは少しだけ理解する。

 ルーナは遊んでいるようで遊んでいない。

 楽しんでいるようで、ちゃんと見ていた。

 人を、街を、国を。


 夕暮れ。

 二人は丘の上から王都を見下ろしていた。

 赤く染まった街並みが広がっている。

 風は涼しかった。


「なぁ」


 ノームが口を開く。


「なんでそんな事するんだ?」


 ルーナは振り返らない。


「何が?」

「王都回って、聞き込みってのしてさ」

「さぁね」

「誤魔化すなって」


 ルーナは少しだけ考える。

 そして小さく笑った。


「ガルディアスたち将軍は国境を守るでしょ?」

「まぁ、そうだな」

「ツヴァイツは王城を守る」

「そうだな」


 ルーナは街を見下ろした。

 灯りが少しずつ増えていく。


「でもさ」


 声が少しだけ静かになる。


「守るって、結局この人達を守るってことなんだよ」


 市場で笑っていた商人。

 走り回る子供達。

 夕飯の支度をする家族。

 ルーナはそれら全てを見ていた。


「だから忘れたくないんだ」


 ノームは何も言えなかった。

 ルーナは続ける。


「地図だけ見てると分からなくなるからね」


 その横顔はどこか寂しそうだった。


 王城へ戻る頃には空は暗くなっていた。

 正門を抜けた瞬間。

 何かがおかしいと気付く。

 兵士達が慌ただしく動いていた。

 伝令も走っている。

 昼間とは明らかに違う。

 ルーナの表情が変わる。


「……何かあったね」


 数秒後。

 一人の兵士が駆け寄ってきた。


「ルーナ様!」

「どうしたの?」

「西部より急報です!」


 兵士は息を切らしながら報告する。


「ヴェルンティア軍の追加集結を確認!」


 ルーナの目が細くなる。


「…数は」

「推定十二万」


 ノームが息を呑む。

 十万でも多いと思っていた。

 それがさらに増えた。

 兵士は続ける。


「さらに国境付近で橋梁の建設も確認されています!」


 沈黙。

 ほんの数秒。

 だが長く感じた。

 やがてルーナは静かに言った。


「……来るね」


 その声から笑みは消えていた。

 王都の夜風が吹く。

 遠くで鐘の音が鳴った。

 誰も知らない。

 この平和な王都に向かって、戦争が近付いていることを。

 そしてルーナは西の空を見つめる。


「……僥倖。必ず勝鬨をあげてやる」


 まるで、その先にいる敵の姿を見ているかのように。

 戦争まで、もう長くはなかった。


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