『増えてたってよ』前編
午後の陽射しがゆっくり傾きかけた頃、
恵子は洗濯物を抱えて庭に出た。
ちょうど冬と春のあいだの、空気がまだ冷たさを残している季節。
風は弱く、けれど長袖を干したらすぐにパタパタ揺れる程度には吹いている。
(今日は思ったより乾いたな)
そう思いながら、物干し竿からハンガーを外したそのときだった。
足元のあたりで「コロン」と小さな音がした。
見下ろすと、
白猫が1匹、庭石の上に座って、こちらをじっと見上げていた。
「……え? あら」
突然すぎて、恵子は一瞬固まった。
が、その白猫は何の警戒心もなく、
恵子の足元にふんわりと近づいてきて、
すり、と足に頬を寄せた。
「あらあら……かわいいじゃないの、あんた」
猫は返事のように鼻を小さく鳴らし、
恵子の動きに合わせて体を揺らした。
首の下を撫でると、思いがけないほど喉を鳴らした。
その音が、意外なほど重たくて、温かくて——
恵子は思わず笑ってしまった。
(こんな人懐っこい野良猫、いる?)
「ちょっと待ってね、台所にカリカリ残ってたと思うから」
恵子は急いで家に戻り、
タッパーに入れてあった少しの猫用フードを持って庭に戻った。
白猫は恵子の戻りを待っていたかのように座っていた。
フードを置くと、
白猫は嬉しそうに小さく声を出し、
こくこく首を動かしながら食べ始めた。
そのかわいさに、恵子はつい頬を緩めた。
(……癒されるわね、猫って)
その日の夕飯のとき、恵子は美咲に話した。
「今日ね、庭に猫が来たのよ。白くて、すごくかわいいの」
美咲はテレビを見ながら、
「へぇ〜? うち猫来る家やった?」と軽く返した。
まさか、この“ほのぼの”が続くと思っていた。
——この時点では。
---
翌朝。
朝日の角度が昨日より少し低くなっている。
恵子がカーテンを開けると――
「あれ……?」
庭にいたのは、
昨日見た白猫と、
まったく同じ白猫が“もう1匹”。
同じ白、同じ模様、同じ目の色。
しっぽの長さまでそっくり。
二匹とも恵子の動きにあわせて
同じタイミングで耳をピクッと動かした。
(……え?)
美咲がトーストをかじりながら覗き込む。
「わ、二匹になってるやん」
「ねぇ……これ、昨日の子……だよね?」
「その子やろ。友だち連れてきたんちゃう?」
「……友だちにしては……似すぎてるのよ」
「まぁ猫ってそんなもんやって〜。
増えてたってよ〜ってやつやん」
美咲のノリにつられて、
恵子も笑い返す。
でも胸の奥には
何かざらざらした感覚が残った。
---
三日目。
洗濯物を取りに庭へ出た恵子は、
乾いたタオルを抱えたままその場に固まった。
3匹。
昨日の2匹+完全同じ姿の猫がもう1匹。
全員、同じ角度で日向に座り、
首を傾ける速度まで一致している。
(昨日、似てるなとは思ってたけど……)
近づいても逃げる気配がない。
むしろ“待っていた”ようにも見える。
恵子はしゃがみ込み、試しに手を振ってみた。
3匹は同じテンポで瞬きをした。
「……ちょっと、気味悪いわよ……」
そのとき。
道路の向こう、電柱の影に
黒いジャケットの男が立っていた。
庭の猫3匹と同じ方向を
無表情に、微動だにせず見ている。
視線を感じた恵子がそちらを向いた瞬間、
男は静かに歩き去った。
(……誰?)
不思議に思いながらも、
恵子は洗濯物を抱えて家に戻った。
最後に振り返ると、
白猫3匹は変わらぬ姿勢で恵子を見ていた。
まるで“見送っている”ように。




